日立はなぜ英国の原発建設を凍結したのか
はじめに
ひところは世界の原発建設は日本がリードしていた。しかし、原発の事故後は雲行きがおかしい。米国、リトアニア、トルコで日本企業が手掛けていた原発が、いずれも中止や撤退になっているからだ。順調に進んでいると見られていた英国での日立製作所(以下「日立」と称す。)ウィルヴァ・ニューウィッド原発までも暗雲が掛かってしまった。

ウィルファ原発(既存の原子炉、Wikipedia)
中西経団連会長は2019年1月15日に行われた記者会見で英国の原発について個人的な印象としたうえで「イギリス政府は、日立が求めてきた資金の融通について最大の譲歩をしたと思う」と述べる一方で日立以外の日本企業から計画への出資を求める調整は難航している認識を示した[注1]からだ。
本稿では日立が他企業からの出資にこだわる背景と、ウィルヴァ原発の収支見通しと、総事業費が3兆円の根拠を探る。
英国の要求には原発建設だけでなく35年間の運転も入っている
日本の原発建設はフルターン・キー方式と言って重電メーカーが建設した後、所有権を電力会社に渡し、その後の運転及び廃炉は電力会社のスコープだ。しかし、今回の英国・ウィルヴァ原発は建設だけでなく運転から廃炉まで全てを包含している。必要な技術は「建設」+「運転」である。
しかし、日立が持っている技術は「建設」だけである。「運転」技術は持っていない。総事業費約3兆円の3分の2は「運転」だからそのノウハウは重要である。そのノウハウを持つ企業の協力がないと3兆円のプロジェクトにゴーサインを出せない。日本で運転実績のあるABWRは4基ある。1996年に運開した東電・柏崎・刈羽6号機、1997年に運開した東電柏崎・刈羽7号機、2005年に運開した中部電力・浜岡5号機、そして2006年に運開した北陸電力・志賀2号機である。まさに2018年6月に日立が東電、中電、に出資協力を要請している[注2]。
しかし、両社は色よい回答をしていないようである。東電は2017年末に柏崎・刈羽6,7号機の適合性審査には合格しているが、再稼働はまだである。中部電力は浜岡3号機、4号機の適合性審査は行われているが、まだ1基も合格していない。つまり、両社は国内の原発が1基も再稼働していない。両社が日立に協力出来ないのはどうもこのためのようである。日立がゴーサインは出し渋っているのはどうもABWRの運転ノウハウを持つ両社からの協力が得られないためのようである。
総事業費3兆円は妥当である。安全対策は増額されていない。
まず、契約期間であるが、ヒンクリーポイントCの契約期間が35年とのこと[注3]なので、ウィルヴァも35年になる可能性が高い。したがって以下は契約期間を35年として試算する。
ウィルヴァ原発の総事業費が3兆円と報道されているが、その記事には「建設費」ではなく、「総事業費」と明記されている[注4]。2015年5月のMETI長期エネルギー需給見通しでは原子力発電所の建設費は120万kW,4440万円とされ、追加的安全対策費は601億円とされている。これが2基で3兆円になったのではないかと誤解されている。全くの誤解である。運転期間を上記の理由で35年とすれば、総事業費が3兆円というのは現状設計のままとしても至極妥当な見込みである。日本よりも安全対策費を見込んでいる可能性は低い。その根拠を以下に示す。
毎年の運転費はMETI長期エネルギー需給見通し[注5]によれば、年間819億円である。135万kW発電所2基の建設費は37万円/kWhとすれば4,995万円/基、2基で9,990億円となる。追加安全対策費は601億円とされているので2基では1,202億円である。固定資産税は1.4%とされているので毎年140億円である。廃炉費は運転終了時に716億円/基だから2基で1,432億円である。支出の総額は年3%で現在価値に割り戻すと3.3兆円となる。これは英国の試算値でなく、全てMETIの試算値を用いての試算だから、報道された英国側の総事業費見込み額3兆円は仮定条件が異なるものと思われるが、1割しか違わないので、英国の試算も経産省の試算と似たような条件を用いているものと考えられる。
安全性対策のために建設費が膨らんだのではないかとの邪推は、全く見当外れである。上記試算を表1及び図1に示す。
[注1] 2019.1.16NHKニュース「日立製作所 中西会長 英国での原発建設計画「調整 難しい」」
[注2] 2018.6.15日本経済新聞報道「中部電・東電などに出資打診 日立、英原発計画で」
[注3] FoE Japan 深草亜悠美「日立による英国ウェールズへの原発輸出コストとリスクは誰が負うのか?」,p.14,2018.11.14
[注4] 産経BIZ,「日立、英原発で本格交渉合意 事業費総額3兆円規模 英政府と枠組み折り合う」,2018.6.6
[注5] METI総合資源エネルギー調査会「長期エネルギー需給見通し小委員会(第9回会合)」資料2-3「各電源の諸元一覧」p.1-2

関連記事
-
原子力規制委員会により昨年7月に制定された「新規制基準」に対する適合性審査が、先行する4社6原発についてようやく大詰めを迎えている。残されている大きな問題は地震と津波への適合性審査であり、夏までに原子力規制庁での審査が終わる見通しが出てきた。報道によれば、九州電力川内原発(鹿児島県)が優先審査の対象となっている。
-
9月14日、政府のエネルギー・環境会議は「2030年代に原発ゼロ」を目指す革新的エネルギー環境戦略を決定した。迫りくる選挙の足音を前に、エネルギー安全保障という国家の大事に目をつぶり、炎上する反原発風に気圧された、大衆迎合そのものといえる決定である。産業界からの一斉の反発で閣議決定にまでは至らなかったことは、将来の国民にとって不幸中の幸いであった。報道などによれば、米国政府筋などから伝えられた強い懸念もブレーキの一因と いう。
-
東日本大震災で事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所を5月24日に取材した。危機的な状況との印象が社会に広がったままだ。ところが今では現地は片付けられ放射線量も低下して、平日は6000人が粛々と安全に働く巨大な工事現場となっていた。「危機対応」という修羅場から、計画を立ててそれを実行する「平常作業」の場に移りつつある。そして放射性物質がさらに拡散する可能性は減っている。大きな危機は去ったのだ。
-
大気汚染とエネルギー開発をめぐる特別リポート。大気汚染の死亡は年650万人いて、対策がなければ増え続けるという。近日要旨をGEPRに掲載する。
-
「死の町」「放射能汚染」「健康被害」。1986年に原発事故を起こしたウクライナのチェルノブイリ原発。日本では情報が少ないし、その情報も悪いイメージを抱かせるものばかりだ。本当の姿はどうなのか。そして福島原発事故の収束にその経験をどのように活かせばよいのか。
-
原発のテロ対策などを定める特重(特定重大事故等対処施設)をめぐる混乱が続いている。九州電力の川内原発1号機は、今のままでは2020年3月17日に運転停止となる見通しだ。 原子力規制委員会の更田委員長は「特重の完成が期限内
-
2014年6月11日付河野太郎議員ブログ記事「いよいよ電力の自由化へ」に下記のようなことが書いてある。
-
原子力規制委員会は、今年7月の施行を目指して、新しい原子力発電の安全基準づくりを進めている。そして現存する原子力施設の地下に活断層が存在するかどうかについて、熱心な議論を展開している。この活断層の上部にプラントをつくってはならないという方針が、新安全基準でも取り入れられる見込みだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間