「グリーン・ニューディール」で喜ぶのは誰か
アメリカ議会では、民主党のオカシオ=コルテス下院議員などが発表した「グリーン・ニューディール」(GND)決議案が大きな論議を呼んでいる。2020年の大統領選挙の候補者に名乗りを上げた複数の議員が署名している。これはまだドラフトの段階だが、公式サイトによると次のような目標を「10年以内に実現する」ことを連邦政府に求めるものだ(今は一時的に削除されている):
- 電力を100%再生可能エネルギーで供給する
- すべての住宅や建物のエネルギー効率を改善する
- 製造業や農業の温室効果ガス排出をなくす
- 自動車や航空機など交通機関の温室効果ガス排出をなくす
すべての自動車や航空機から温室効果ガスをなくす(eliminate)というのは、ガソリン自動車やジェット機を廃止し、電気自動車や電車に変えるという意味らしい。この案では同時に次のような「貧困除去計画」を掲げている:
- 職を求めるすべての人の就労を保障する雇用保障
- すべての国民へのベーシック・インカムの保障
- すべての国民への医療保障
これは法案ではないので、法的拘束力はない。共和党は全面的に反対しており、民主党の中でもペロシ下院議長は「グリーンの夢」と呼ぶなど、否定的な意見が少なくない。しかし大衆レベルでは支持が広がっており、これが大統領選挙の争点になる可能性もある。
米メディアの反応も、おおむね冷笑的だ。たしかに地球温暖化は現実の問題であり、緊急の対策が必要だが、全米の電力を10年で100%再エネに変えるには、少なくとも年間2.9兆ドルかかる、とWSJは評している。これは連邦政府の税収に匹敵する。
ベーシック・インカムのコストは所得の保障額によって違うが、すべてのアメリカ国民に年間1万ドルを保障すると3.3兆ドルかかる。
しかしGNDが高くつくことは、民主党にとっては短所ではなく長所である。これは1930年代のニューディールと同じく、政府支出を増やして雇用を創出することが目的だからだ。
財源は明記されていないが、オカシオ=コルテスは「所得税の最高税率70%」を主張している。彼女は「政府支出はドルを印刷すればいくらでも増やせる」という経済理論(MMT)の信奉者である。
上院では共和党が多数なので、この決議案が成立する見通しはない。その内容が荒唐無稽であるばかりでなく、ルーズベルト大統領の登場した大恐慌の時代とは違って、今はこのように大規模な財政政策の必要な状況ではないからだ。
GNDをもっとも喜んでいるのは、トランプ大統領である。オカシオ=コルテスは「民主社会主義」を標榜するバーニー・サンダースの支持者であり、民主党がこのように極左的な方針に傾斜すると、政治的にはトランプ大統領の再選に有利に働く。彼はこれを「すばらしい!」と歓迎している。
I think it is very important for the Democrats to press forward with their Green New Deal. It would be great for the so-called “Carbon Footprint” to permanently eliminate all Planes, Cars, Cows, Oil, Gas & the Military – even if no other country would do the same. Brilliant!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) February 9, 2019
GNDが予想外に大きな反響を呼んでいるのは、貧富の格差が拡大するアメリカが「社会主義化」する兆候かもしれない。それがトランプ再選を助ける結果になるとすれば、日本国民としてはありがたくない決議案である。

関連記事
-
熊本県、大分県を中心に地震が続く。それが止まり被災者の方の生活が再建されることを祈りたい。問題がある。九州電力川内原発(鹿児島県)の稼動中の2基の原子炉をめぐり、止めるべきと、主張する人たちがいる。
-
過去の気温上昇について、気候モデルは観測に比べて過大評価していることは何回か以前に書いた(例えば拙著をご覧頂きたい)。 今回は、じつは海水温も、気候モデルでは熱くなりすぎていることを紹介する。 海水温は、気候システムに余
-
北海道大停電について「出力ではなく周波数が問題だ」というデマが流れているので、テクニカルな話だが、事故の経緯をくわしく見てみよう。苫東厚真の3基は一挙に止まったわけではなく、地震直後には1号機が動いていた。読売新聞による
-
前稿において欧州委員会がEUタクソノミーの対象に原子力を含める方向を示したことを紹介した。エネルギー危機と温暖化対応に取り組む上でしごく真っ当な判断であると思う。原子力について国によって様々な立場があることは当然である。
-
“ドイツのソフトな全体主義化”。陰謀論だと言われることは承知の上で、随分前からこの問題に言及してきた。ドイツで起きる出来事を真剣に定点観測するようになってすでに20年あまり、政治や世論の転換前の兆候として、メディアで使わ
-
アメリカ共和党の大会が開かれ、トランプを大統領に指名するとともに綱領を採択した。トランプ暗殺未遂事件で彼の支持率は上がり、共和党の結束も強まった。彼が大統領に再選されることはほぼ確実だから、これは来年以降のアメリカの政策
-
ここ数回、本コラムではポストFIT時代の太陽光発電産業の行方について論考してきたが、今回は商業施設開発における自家発太陽光発電利用の経済性について考えていきたい。 私はスポットコンサルティングのプラットフォームにいくつか
-
杉山大志氏の2023年2月4日付アゴラ記事で、電力会社別の原子力比率と電気料金の相関が出ていました。原子力比率の高い九州電力、関西電力の電気料金が相対的に抑えられているとのことです。 この記事を読みながら、その一週間前に
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間