エネルギー問題を「経済問題」として考えよう
今年も3・11がやってきた。アゴラでは8年前から原発をめぐる動きを追跡してきたが、予想できたことと意外だったことがある。予想できたのは、福島第一原発事故の被害が実際よりはるかに大きく報道され、人々がパニックに陥ることだ。これは1979年のスリーマイル島事故のときも、1986年のチェルノブイリ事故のときもそうだった。
意外だったのは、その心理的な影響が8年たっても衰えないことだ。これはアメリカよりヨーロッパに近い。スリーマイル島の被害は何もなく、チェルノブイリ事故による晩発性障害(放射性物質による発癌率の増加)の死者は50人しか確認されていないが、事故の当時は全ヨーロッパで「死の灰が降り注いだ」というパニックが起こり、その影響で今も反原発運動が続いている。
日本で反原発運動が2000年代まで盛り上がらなかった原因は、電力会社の政治力もあろうが、何といっても事故がなかったという実績が大きい。それを3・11が台なしにしてしまった。本来は、この時期に安全基準の見直しをすべきだった。
何がもっとも危険な電源かを客観的データで比較すると、次の図のように明らかに石炭火力である(Our World in Data)。発電量(TWh)あたりの死者は、炭鉱事故と大気汚染を含めて24.62人(褐炭は32.72人)だ。原子力は今までの事故の死者をすべて合計しても0.07人/TWhと、石炭の1/350以下である。

したがって原子力か火力かは人命の問題ではなく、経済問題である。今後、温室効果ガスの排出を削減するためにも、火力発電は増やすことができない。再生可能エネルギーで電力を100%安定供給することは不可能なので、残る選択肢は原子力しかないが、いまだに多くの国民はそう考えていない。

3月9日、釜石のラグビー場で子どもたちと交流した安倍首相(官邸サイト:編集部)
もう一つ意外だったのは、安倍政権がこの問題から逃げたことだ。2012年末に自民党が政権を取ったときが、原発の問題をリセットする最大のチャンスだった。法的には再稼働するのが当然で、今井尚哉秘書官は3・11のときの資源エネルギー庁の次長だったので、それを知っていたはずだ。
ところが安倍政権はこのチャンスを見送り、再稼働問題は膠着状態に陥った。当初は「1基の審査を半年で終える」という原子力規制委員会の話を真に受けて甘くみていたのかもしれないが、現実には(法的根拠のない)県知事の拒否で暗礁に乗り上げ、自民党も逃げ腰になった。
そのうち反原発が野党の最大の結集軸になり、保守側にも小泉純一郎氏のように反原発に参入する政治家が出てきた。彼は「一度起こったら取り返しがつかない」というが、事故で死んだら取り返しがつかないのは自動車も飛行機も同じだ。原子力だけは特別だと思い込むのは、単なる錯覚である。

小泉元首相(YouTubeより:編集部)
しかし政治的には、これは正しい。人々は感情的な「速い思考」で恐怖を感じると、それ以上は考えないからだ。科学的な「遅い思考」にはコストがかかり、ほとんどの国民は科学的データや確率で考える訓練を受けていない。小泉氏の話には、確率という言葉さえ出てこない。
経団連の中西宏明会長が「エネルギー政策のあり方をめぐって国民的な議論が必要だ」と呼びかけたが、小泉氏のような感情論はいくらやっても無駄だ。エネルギー問題を議論するなら、経済問題として数字を出して議論すべきだ。
小泉氏は「原発を全部止めて100%再エネにする」というが、そのコストは何兆円かかるのか。電気代は何%上がるのか。製造業の国際競争力は何%下がるのか。温室効果ガスは何%減らすのか。国民がそのコストを知った上で負担する覚悟があるなら、「原発ゼロ」も一つの選択肢である。
関連記事
-
以前にも書いたことであるが、科学・技術が大きく進歩した現代社会の中で、特に科学・技術が強く関与する政策に意見を述べることは、簡単でない。その分野の基本的な知識が要るだけでなく、最新の情報を仕入れる「知識のアップデート」も
-
NHK 3月14日記事。大手電機メーカーの東芝は、巨額損失の原因となったアメリカの原子力事業を手がける子会社のウェスチングハウスについて、株式の過半数の売却などによってグループの連結決算から外し、アメリカの原子力事業からの撤退を目指す方針を明らかにしました。
-
去る6月23日に筆者は、IPCC(国連気候変動政府間パネル)の議長ホーセン・リー博士を招いて経団連会館で開催された、日本エネルギー経済研究所主催の国際シンポジウムに、産業界からのコメンテーターとして登壇させていただいた。
-
気候科学の第一人者であるMITのリチャード・リンゼン博士は、地球温暖化対策については “何もしない “べきで、何かするならば、自然災害に対する”強靭性 “の強化に焦点を当て
-
表題の文言は、フランス革命を逃れて亡命してきた王侯貴族たちを、英国人が揶揄した言葉である。革命で人民が求めた新しい時代への要求からは何事も学ばず、王政時代の古いしきたりや考え方を何事も忘れなかったことを指す。 この文言は
-
ヨーロッパで、エネルギー危機が起こっている。イギリスでは大停電が起こり、電気代が例年の数倍に上がった。この直接の原因はイギリスで風力発電の発電量が計画を大幅に下回ったことだが、長期的な原因は世界的な天然ガスの供給不足であ
-
ロシアのウクライナ侵攻という暴挙の影響で、エネルギー危機が世界を覆っている。エネルギー自給率11%の我が国も、足元だけではなく、中・長期にわたる危機が従前にまして高まっている。 今回のウクライナ侵攻をどう見るか 今回のロ
-
シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ IPCCでは北半球の4月の積雪面積(Snow
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















