環境・エネルギー問題はトレードオフである
米軍のイラク爆撃で、中東情勢が不安定になってきた。ホルムズ海峡が封鎖されると原油供給の80%が止まるが、日本のエネルギー供給はいまだにほとんどの原発が動かない「片肺」状態で大丈夫なのだろうか。
エネルギーは「正義」の問題ではない
今週からアゴラ経済塾「環境・エネルギー問題を経済的に考える」が始まる。わざわざ「経済的に」と断ったのは、この種の問題は「生命」や「正義」で論じられることが多いからだ。
かつて水俣病の時代には環境問題は生命の問題であり、チェルノブイリ事故のころ原子力は生命の問題だったが、今はそうではない。地球温暖化は海面が何cm上がるかという問題であり、福島第一原発事故では放射能で1人の生命も失われなかった。

(グレタさんFacebookより)
グレタ・トゥーンベリのように「温室効果ガスを減らすことが至上命令で、どんな貧乏になってもいい」という子供もいるが、普通の大人はそうではない。それは環境影響と経済性のトレードオフという経済問題なのだ。
その答は理論的にはわかっている。環境に及ぼす外部不経済を内部化し、それを合算した社会的コストを最小化するのだ。エネルギーのような公共インフラには外部性が大きいため、通常の市場経済では解決できない。
この社会的コストを計算して最適化することが政府の役割だが、そのとき大事なのは延べ発電量で考えることだ。たとえば「原発事故が一度起こったら日本は終わりだから原発ゼロにすべきだ」という小泉元首相の話は、1回の事故の被害だけを考えているが、過去50年間の発電量に対する被害を考えると、図のように石炭が圧倒的に大きい。

この図はチェルノブイリ事故の被害に対して、石炭と石油の採掘事故と大気汚染による死者を示したものだ。地球温暖化の被害は入っていないが、それでも延べ発電量(TWh)あたりの死者は原子力がはるかに少ない。
原子力は1回の事故の被害は大きいが、発電量も大きいので、TWh当たりでは相対的に安全なのだ。日本のように原発を止めて石炭火力を動かすと、温暖化や大気汚染の健康被害は確実に増える。
では経済性はどうだろうか。次の図は総合資源エネルギー調査会の計算した電源別のコスト(2015年)だが、原子力は約10円で太陽光の半分以下である。

ここでも原発の延べ発電量が非常に大きいことがきいている。たとえば福島第一原発事故の処理費用は約20兆円だが、原発が2010年以前と同じように運転できれば、40年間の総発電量7TWhで割ったコストは0.3円である。
電力会社への「ただ乗り」が終わる
再生可能エネルギー(太陽光・風力)は、設備ができれば燃料費はゼロだが、夜間や風のないときは使えない。今はその不安定性を電力会社がカバーしているが、今年4月から始まる発送電分離では、送電網のコストを発電業者が負担しなければならない。
この不安定性のコストがどれぐらいになるかは計算がむずかしいが、一つのモデルとして再エネと蓄電池だけで発送電を行うと想定してみよう。これも資源エネルギー庁の計算だが、今と同じような安定性を確保して発送電するには54~95円/kWhかかる。これは今の電気料金の3倍以上である。

つまりいま再エネが安いように見えるのは、電力会社のインフラにただ乗りしているからにすぎない。これまではそれに加えて固定価格買取(FIT)で利益が保証されていたが、FITはまもなく終わる。
今後どうなるかは不確定な要因が多いが、間違いなくいえるのは、1種類のエネルギーですべてまかなうことはできないということだ。電力は一次エネルギーの25%にすぎないので、再エネ100%にしてもCO2排出はゼロにならない。
特に今年のように中東情勢が不安定になってくると、石油や天然ガスへの依存度は低くしなければならない。他方でCO2を考えると、石炭も増やせない。ベースロードは原子力で、ピークロードは再エネでという組み合わせになるだろう。
以上は一つの例題だが、イデオロギーや正義感で一つのエネルギーだけに依存することは危険である。非化石燃料を増やしながらエネルギーコストを増やさない、多様なポートフォリオが必要である。
関連記事
-
電力業界では良くも悪くも何かと話題に上ることが多い「発電側基本料金」だが、電力ガス取引等監視委員会の制度設計専門会合を中心に詳細な制度設計が進められている。 また、FIT電源に対する調整措置についても、2019年の12/
-
前回に続いてルパート・ダーウオールらによる国際エネルギー機関(IEA)の脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)批判の論文からの紹介。 A Critical Assessment of the IE
-
気候危機説を否定する内容の科学的知見をまとめた気候作業部会(Climate Working Group, CWG)報告書が2025年7月23日に発表された。 タイトルは「温室効果ガス排出が米国気候に与える影響に関する批判
-
2022年の世界のエネルギー市場はウクライナ戦争に席巻された。ウクライナ戦争の出口が見えない状況下で、2023年10月にはイスラム組織ハマスがイスラエルへの越境攻撃を行った。イスラエルがハマス、およびその背後にいると言わ
-
アメリカのトランプ大統領が、COP(気候変動枠組条約締約国会議)のパリ協定から離脱すると発表した。これ自体は彼が選挙戦で言っていたことで、驚きはない。パリ協定には罰則もないので、わざわざ脱退する必要もなかったが、政治的ス
-
米国では発送電分離による電力自由化が進展している上に、スマートメーターやデマンドレスポンスの技術が普及するなどスマートグリッド化が進展しており、それに比べると日本の電力システムは立ち遅れている、あるいは日本では電力会社がガラバゴス的な電力システムを作りあげているなどの報道をよく耳にする。しかし米国内の事情通に聞くと、必ずしもそうではないようだ。実際のところはどうなのだろうか。今回は米国在住の若手電気系エンジニアからの報告を掲載する。
-
EV補助金の打ち切り…その日は突然訪れた 12月17日、夜7時のニュースをつけたら、「EVの補助金は明日から中止されることになりました。あと5時間です」。 寝耳に水。まるでエイプリスフールだ。 政府はいくらお金がないとは
-
日独エネルギー転換協議会(GJTEC)は日独の研究機関、シンクタンク、研究者が参加し、エネルギー転換に向けた政策フレームワーク、市場、インフラ、技術について意見交換を行うことを目的とするものであり、筆者も協議会メンバーの
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















