資源エネルギーインフレはカーボンプライスの準備運動

2022年02月24日 07:00
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

champc/iStock

年明けからエネルギー価格が世界的に高騰している。その理由は様々な要素が複雑に重なっており単純には説明できないが、コロナ禍からの経済回復により、世界中でエネルギー需要が拡大するという短期的な要因に加えて、長期的な要因として、気候変動対策の強化が指摘されている。

従来から欧州がリードしてきた気候変動対策=ゼロカーボン運動に、昨年の米国政権交代で気候変動政策に前向きなバイデン大統領、ケリー特別補佐官が加わったことで、金融界に対する化石燃料に対するネガティブキャンペーンが高まって、世界的に資源産業の化石資源開発投資が絞られ、国際的なエネルギー関連企業が化石資源関連資産を手放す一方、COP26で石炭排斥運動が頂点に達したことによる相乗効果は無視できない。

減少する化石燃料投資

化石燃料は「燃料」である以上、需要地で燃やして使ってしまえば価値を失う消費財である。一方で供給の確保のために新たな油田やガス田を開発して、一定の供給力を維持する努力を怠れば、既存の油田やガス田は生産量が漸減し、やがて枯渇する。特に天然ガスのような気体燃料は、石炭のような固体燃料と異なり長期大量ストックに向かないため、常に「新鮮な」ガスをどこかで掘り続けなければ供給が途絶するリスクを伴う「生鮮食品」のようなエネルギーである。

それがIEAのレポート(World Energy Investment2021)によれば、2020年はコロナ禍の影響もあり、世界の石油、ガス資源の上流開発投資はコロナ以前の19年に比べて3割も落ち込んでおり、その傾向は21年も続いているという。

今や天然ガス生産で世界一となった米国でも、バイデン政権がスタートした21年に入ると資源会社がシェールガス田の開発投資を控えて様子見をするようになり、生産量の拡大は伸び悩んでいた。

そこに今回のウクライナ危機で、欧州の天然ガス需要の3割を供給しているロシアの天然ガス調達に政治リスクが発生し、急激な資源エネルギーインフレを引き起こしているというのが実情だろう。

エネルギー資源価格の急激な上昇は、各国政府に深刻な内政上の問題をもたらし、欧州各国では軒並み電力料金が高騰しており、英国では4月以降一気に4割以上の値上がりが予定されていて、深刻な政治問題となっている。多くの英国民が「エネルギー貧困」に追い込まれることが連日マスコミ報道されている。

自国で石油も天然ガスも賄えるはずの米国でも、国際市況に引きずられてガソリン価格が倍近くに高騰して社会問題となっており、11月の中間選挙を控えてバイデン政権は難しいかじ取りを強いられている。

各国政府はこうした目前の危機に対応するため、安全保障のために維持されてきた石油備蓄の放出や、燃料代、電気料金への補助金などでエネルギーコスト抑制にやっきになっており、日本でもガソリン代をリットル170円以内に抑えるため、政府が石油元売り会社に補助金を出し始めたが、たちまち2月に入って補助金上限の5円/リットルに達しそうな状況である。

ガソリンの補助金が意味するもの

ところでこの日本のガソリン料金の5円/リットルの補助金は、何を意味するのだろうか。ガソリンを燃やした際に出るCO2、つまり炭素強度は2.32kg-CO2/リットルであるから、実はガソリンに2160円の炭素価格を上乗せすすると、リットル当たり5円の値上げになると計算できる。

政府では日本の温案化対策計画が掲げた2030年に13年比46%のCO2削減を実現するために、カーボンプライシング政策(CO2排出原である化石燃料の使用にコストペナルティをかける政策)の導入の是非を議論しており、一部政治家も導入を強く推しているが、実際にガソリンに、例えば2000円のカーボンプライスを新たに課すということは、ガソリン代が恒久的に5円上がることを意味する。

目の前でガソリン代が高騰して国民が困窮するといって、国庫からリットル当たり5円の補助金を出して対策を進めている政府が、同時にガソリン代を5円上げるカーボンプライスの導入を検討するというのは政策的に矛盾しているのではないだろうか?

欧州の教訓を踏まえた政策を

カーボンプライスによりCO2排出のコストを消費者が実感して行動変容を促すというのが、いわゆる環境税の意義だとすると、今回のエネルギーインフレによるガソリン代の高騰は、将来の脱炭素に向けたカーボンプライシング政策の予行演習として、補助金でガソリン価格高騰を抑えるのではなく、国民にガソリン消費を抑えるハイブリッド車やEV等への乗り換えを呼びかけるというのが筋なのではないだろうか?

それが現実にできないということであれば、仮に現在の世界的なエネルギーインフレが何らかの理由で幸運にも収まったとしても、政府が人為的、政策的にガソリン代など化石燃料コストを引き上げることになるカーボンプライシング政策をあらためて導入することに、国民の同意は得られないだろう。

ちなみに欧州では、エネルギー供給の3割強を占める天然ガスの高騰と、想定外の再エネの不調(例年に比べて風が弱く風力発電の稼働が3割近く落ち込んでいる)が相まって、石炭火力の発電量が急増するという皮肉が起きている。

EUのカーボンプライシング政策の中心はEU-ETS(排出権取引制度)が据えられているが、電力部門は火力発電に必要なCO2排出量枠を全量、排出権クレジットで相殺する必要があるが、その排出権価格が、昨年春の€40/t-CO2から、今年に入って€90に高騰していて、€100に迫ろうとしている。

そこで天然ガス価格の高騰でうなぎのぼりの発電コストを抑えるために、相対的に安価な石炭火力発電で補填しようとしても、高騰する排出権を買って発電するために、電力価格はさらに高騰するという皮肉が起きているのである。

EU-ETSにおいて、排出権は市場で取引され、価格は投機的の対象として、不足が予想される時には価格上昇が加速する仕組みが組み込まれているため、価格変動が大きくなる。そうした投機的なカーボンプライスの影響が、生活必需品である電力価格を資源エネルギーインフレを上回ってさらに増幅するという市場メカニズムが、欧州市民の生活を圧迫しているのである。

こうした教訓を踏まえた上で、我が国はどのような「カーボンプライシング」を導入するべきか否か、よくよく考える必要がある。

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手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

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