東海地震のリスクをどう考えるか・2【アゴラ・シンポ 第1セッション要旨】
アゴラ研究所、またその運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)は、9月27日に静岡市で常葉大学と共催で、第3回アゴラ・シンポジウム『災害のリスク 東日本大震災に何を学ぶか』を行った。(映像セッション1)
畑村洋太郎氏の講演「東日本大震災に何を学ぶか」を受けて始まった(記事・「講演要旨」)第1セッション「東海地震のリスクをどう考えるか~東海地震は本当に起こるのか、震災の経験を含め、その対策を考える」の概要を紹介する。セッションは映像では講演の後、40分ごろから。
参加者は畑村洋太郎(東大名誉教授、政府福島原子力発電所事故調査・検証委員会委員長) 、池田浩敬(常葉大学教授・社会環境学部長)、後藤大輔(鈴与・危機管理室長)、西澤真理子(リテラジャパン代表 リスクコミュニケーション・コンサルタント)の各氏。司会は、池田信夫アゴラ研究所・所長が務めた。視聴者はニコニコ生放送で、約3万人となった。
「リスクを受け入れない」問題
池田(アゴラ)・畑村先生の講演は印象的な言葉と学びの多い意義深いものでした。参加者の皆さんに、自己紹介と、講演のコメントをいただきたいです。
西澤・(同氏ポジショニングペーパー「専門家の陥る数字と論理の罠−効果的なリスコミとは?」)
(写真2・西澤氏)
私は社会学を学び、英国とドイツに研究者として留学した後で、リスクコミュニケーション・コンサルタントとして活動しています。畑村先生の話を聞き、リスクを評価することの難しさを改めて感じました。
福島原発事故の後で私は同県飯舘村のリスコミのコンサルタントを、震災の半年後からおよそ半年間務めました。避難した女性、特に若いお母さん方は、6か月経過してもパニックに陥っている方が多かったのです。「1ミリシーベルト(mSv)は危険」「放射能はゼロでなくてはいけない」という考えが強固に脳裏にあったのです。
これは当然でしょう。放射能について何も知らないところに原発事故が起き、突然危険と言われ、避難指示があり、逃げ出しました。はじめに恐怖があったので、リスク感覚が狂ってしまったのです。
多くの専門家が、福島で放射能について福島で説明をしました。皆さん、一生懸命説明してくれるのです。しかし言っていることが私も、聞く人も分かりません。シーベルト、ベクレルの違いから始まり、放射線の影響を述べて、そして大丈夫というのです。しかし終わった後で参加者に聞くと「分からなかった」とか「ラドン温泉の話しか覚えていない」などの感想でした。
人々は生活の中で、原発事故の後でどのような影響があるのかを知りたかったのです。「子どもの健康への影響」とか、「三陸沖のわかめを食べて大丈夫か」などです。
私もリスコミのために、いろいろなことを試みました。円卓にして、腑に落ちるまで話し合うということもやってみました。他のリスクと比較を試みると、理解が深まりました。お母さんたちや周囲のママ友にも聞いてみました。身近な食材が、説明で印象に残ったようです。
例えば、ポテトチップス1キログラムには400ベクレルのカリウム40が含まれています。「何百ベクレル、食材で検知された」という報道が繰り返されましたが、身近な食材と比較すると、とても小さい量です。
何が危険なのか。リスクを比較し、分かってもらうことは、本当に難しいことでした。畑村先生の指摘のように事前にリスクを知らせることが、対策に必要であると思います。
後藤・私は静岡市に本社がある鈴与の危機管理室長です。今の仕事は事業継続計画や、災害などの危機対策を行うことです。鈴与は物流・海運を中心に140社あります。前職は海上自衛官でした。
(写真3・後藤氏)
畑村先生の話で印象に残ったのは「平時と有事」の違いでした。自衛隊は、有事を想定して組織がつくられています。しかし民間の場合には、企業活動と有事の間の切り替えが、難しい点があります。
避難経路、組織編成、準備に何が必要かを考え、東日本大震災の経験、さらに対策を計画し、訓練などを行っています。
池田(常葉大)・(同氏のポジショニングペーパー「東日本大震災の経験を減災に活かす」)
(写真4・池田氏)
私は、建築・都市計画が専門ですが、防災の研究も行っています。今は岩手の復興支援と静岡の自治体での防災計画にも関わっています。
行政も東日本大震災の経験を活かして「減災」という考えを取り入れるようになりました。災害をゼロにするという想定は行わなくなりました。畑村先生の考えの方向に少しずつですが動いています。しかし、まだ十分に考えが取り入れられたとは言えません。
東日本大震災の経験を学ぶことはとても大切です。しかしその知恵を、静岡を含めてどの場所でも、どのように防災計画に落とし込むかは、大変難しいことです。リスクの評価、また危険をどこまで許容するかで、対応が違うためです。その意見集約、またコンセンサスも違ってきます。
例えば、日本では震度5の地震は頻繁に起こります。それに耐える家をつくるのは簡単に合意できます。しかし震度7の地震はなかなか起こりませんが、それに対応するにはコストがかかります。その揺れへの対策も「絶対家が壊れないようにする」「壊れても住めるようにする」「壊れるのは仕方がないが中にいた人の命を守る」では対策が異なるわけです。
震災・津波で生死を分けたリスク認識
畑村・リスク認識について、一つの考える材料を示しましょう。三陸の岩手県大槌町(おおつちちょう)の津波で、どの場所で人が亡くなったのか、私が地元の消防と協力して地図にしたのです。行政が防潮堤を超えて津波が来る最大の高さと想定していた場所の周辺で、多くの人が亡くなっています。自分で考えず「大丈夫だ」と逃げなかった人が亡くなっています。逆に自分で考え、逃げた人は助かっていました。国は今、15メートルの防潮堤を造るとしていますが、次の地震と津波が来る時には「防潮堤があるから逃げないでいいんだ」と判断して、死んでしまう人がいるかもしれないのです。
池田(常葉)・岩手県山田町で私は津波の調査をしましたが、まったく同じことが起きていました。そこでは過去に明治三陸津波、昭和三陸津波よりも今回の津波の方が高かったのです。あと10数m避難すれば助かったのに避難せずに、亡くなった方もいました。助かった方にインタビューをすると「一生懸命避難していたら、『何やっているの?』って笑われた。こんなところまで来ないから、御茶でも飲んでいけと言われた」と。お茶を飲んでいたその方が亡くなっていた例もありました。
畑村・原発事故後の対応も問題な点があるのです。福島の飯舘村では、国が除染をやるのを3年も待っています。生活破壊によるストレスで健康被害が出ています。早期帰還のために、私は除染の方法を考えました。放射能でダメなのは表土の2㎝ぐらいで、5㎝ぐらい掘って、その土を穴に埋めて上からキレイな土を被せればいい。セシウム137は水に溶けず、土壌に吸着します。地下水が汚染されることもありません。飯舘村で実験をしたところ、放射能はまったく他の場所に出てきませんでした。これは環境省の研究機関も、研究し、専門家は知っていることです。
だから全部除染をしようという現在の政策は無駄で間違っていると言えるでしょう。ところが「知らない」「聞いてない」と、担当者は言うのです。聞きたくないから聞かないとしか思えないのですがね。事故前に「原子力は安全です」と嘘を言った事も問題ですが、事故の対策も嘘の連続になっているのです。
池田(アゴラ)・1mSvの除染も、誰が決めた訳でもないのになし崩し的に実施されています。これは日本特有の問題でしょうか。
畑村・どの国でも似たようなおかしさはあります。日本人が悪いとか、誰が悪いとは、私は言いたくない。しかし日本の原子力をめぐる事故対策、またその後に問題があることは確かでしょう。IAEA(国際原子力委員会)が福島の原発事故の報告書をまとめています。まもなくできるのですが、そこで執筆者のフランス人とウィーンで議論をしました。日本の原子力には、あいまいで問題があると指摘していました。フランスは日本とは違い、議論を最後に決まったら、決まったことについての議論は出ないし、その状況を改善することを考えるそうです。
(写真5・畑村氏)
福島事故前、JOC事故(1999年)の時にアメリカの原子力の専門家と話しました。日本の技術者は自分の意見を明確に言わないし、話し合っても安全をどう考えるのか見えてこない、非常に心配だと言われました。
池田(アゴラ)・原子力のリスクを、他の国では、どのように受け止めているのでしょうか。西澤さんは研究者としてドイツ在住が長いし、また後藤さんは企業の防災対策を考えています。その立場からコメントを。
(写真6・池田信夫氏)
西澤・ドイツは原発を2020年までにゼロにすることを決めています。チェルノブイリ事故前後から続く、脱原発をめぐる長い議論があって、それで決めています。議論が長すぎるという面もありますが、危険について真正面から議論し、誰かがやってくれるという人任せはないです。みんなで決まったことの責務は果たそうとします。
後藤・津波や原子力を調べていますが、津波は想定できるものの、原子力は広がりが大きすぎますし、想定の範囲が不明です。原子力では、実際に何をしたらいいのか分からない面があります。
(取材・編集 石井孝明 アゴラ研究所フェロー)
(2014年10月20日掲載)
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