除染目標は年5mSvに — 中西・池田対談【言論アリーナ要旨(上)】

2014年07月14日 23:00

本記、要旨(中)(下)

【記事のポイント】
1・現実的な目標値として、中西氏は除染目標を、年5mSvと提案した。
2・当初計画でも一人当たり5000万円かかる。コスパが良くない。さらに年1mSvまで下げるとなると、その費用は相当高くなるだけでなく、技術的限界を超える。
3・日本政府の示す被ばく線量は、実際よりも高く計測されている。

なぜ除染目標を変える必要があるのか

池田・本日は産業技術総合研究所のフェローの中西準子さんに出演いただきました。中西さんは、環境リスクの分析を日本で先駆的に行い、下水道行政、化学物質の管理、環境保全活動、そして公害対策について大きな影響を与えてきた科学者です。『原発事故と放射線のリスク学』(日本評論社)を今年3月に出版し、福島の原発事故対策について提言を行いました。まず、主張の内容を紹介いただけますか。

中西・提言の主要な部分は、除染の目標値を出したことです。年5ミリシーベルト(mSv)を目標にすべきと考え、それを主張しました。除染をめぐる国の方針があいまいで、各市町村が1mSvまでの除染を始めています。ところが、それを完全に実行することが難しく、避難をした皆さんが、いつの時点で帰ることができるのか、分からない状況になっています。

池田・健康被害はないと、国連やIAEA(国際原子力機関)が見解を発表する中で、かなり保守的な数字ですね。

中西・はい。年1mSvにすると、ほとんどの人がなかなか帰れません。簡単に除染はできません。この事実は、今では多くの人に共有されています。

しかし、実際に除染は進んでいるし、できれば事故がなかった状態にするという意見も根強い。ではどうすればよいのかを考えて、目標を出しました。

提言では、なるべく住民の方が早く帰れるようにすることを考えました。どの程度の放射線量で、住民の方の被ばく量がどれほどになり、どの程度の健康リスクになるのか。そしてその健康リスクは今まで私たちが受けてきた、他のリスクと比較するとどうなるのかを考えました。年5mSvなら、受けるリスクは、それほど異常なものではないと、考えたのです。

除染の費用は、当初の国の計画を実行するだけで、2兆円と推定されます。私の案でもその程度です。国は総額の推計を今でも計上していません。約9万人の人がかつて住み、国が全額負担するとした除染特別地域についてのものです。全員が帰ったとしても1人当たりの除染費用は5000万円程度になります。1mSvまでとなれば、どのくらいかかるか計算したことはありません、何故なら、技術的にもムリだからです。私の提案では、2兆円以内に抑えるとしています。

この年5mSvは1年間の被ばく量ということです。帰還するというのは長期に渡って被ばくすることです。15年の長期の被ばく量、また生涯の被ばく量の増加を健康被害の可能性がほとんどない100mSv以下に抑えることも考えました。時間が経過すれば、地域の放射線量は低下していきます。年1mSvが平常時の基準値ですから、最終的にそれになることも考慮しています。

リスクにはトレードオフがある

池田・それに対して、国の反応はどうだったのでしょうか。

中西・国からは直接の答えはありません。国の計算方式は外部空間線量で被ばく量を計算しています。各国際機関は個々の人の活動による被ばくを行うことを推奨しています。そうすると、日本の被ばく量は過大になっています。

それを考えると、国の基準での20mSvの被ばく量は実際には、7ー8シーベルトになります。ですから、私の提案は、今の政策と矛盾を起こすものでもありません。

これは政治家が1mSvを約束してしまったことが影響しています。一度、国は2011年秋の段階で、被ばく量を年20mSv、長期的に平時の1mSvにすると表明しました。ところが、各自治体が1mSvにしたいと要請し、当時の細野豪志環境大臣らも12年秋に認めてしまいました。

政治家も目標が低ければ、福島のためになると、軽い気持ちで言ってしまったのでしょう。しかし、これは東電の負担になり、また税金から東電を支援しているので、納税者全体の問題になっていくわけです。

池田・除染をめぐってはこうした科学的な提言を、そのまま受け止められる状況ではなくなっています。この問題は原発反対の政治的な主張がからみ、ややこしいものになっています。そしてリスクゼロという考えが強すぎること。それは被災者の方のためにも、日本全体のためにも、ならないでしょう。中西さんに出演いただいたのはリスクの捉え方をうかがいたいためです。

中西・リスクは、一つ引き下げると、別のリスクが高まってしまうことが多いのです。私たち研究者はこの現象に「リスク・トレードオフ」という言葉を使います。

例えば除染で考えてみましょう。目標値を下げれば、放射線による健康被害の可能性が少なくなり、いいではないかと、思うかもしれません。しかし、低くすればするほど、別のリスクが高まっています。除染の完了まで時間がかかるために、避難をした方が帰れません。コストもかかります。それによって被災地の生活、人々の生活が破壊されつつあるという問題がおきています。

全体のバランスを考えることが必要なのです。これは放射線だけではなく、私が研究してきた化学物質でも起こることです。

例えば、水道水を塩素で消毒すれば、発がん性の物質ができることは分かっています。しかし、現状では一定の割合でそれを含むことを、政府は法律で認めています。なぜ認めるのか。そうしないと、細菌感染のリスクを防ぐことができないからです。

また大気中には化学物質のベンゼンがある程度、含まれます。これには発がん性はあります。しかし、国は存在を認めている。なぜか。自動車の排気ガスにこの物質は含まれ、それをゼロにすることは自動車を止めることになるからです。

このように問題の解決では、バランスに配慮することが必要です。福島原発事故と除染の問題も、そういうことを考えないといけないでしょう。

「このぐらいのリスクなら許容できるのではないですか」というと、けしからんという考えに人は傾きがちです。しかし、そういう考えよりも、「このところで頑張り、受け入れる代わりに他のリスクが減らせ、全体では私たちの利益が増します」という意味の、前向きな考えと、リスクの評価を受け止めていただきたいのです。

ゼロリスクの追求は、他のリスクを増やす

池田・あらゆる問題で一つの側面での「ゼロリスク」の追求が、逆に私たちリスク全体を高める傾向があります。それを国が直視しないのは問題ではないでしょうか。

中西・そうですね。国は70年代から、化学物質や環境の規制を進めています。ところが、事実上はこうしたリスクの比較の結果、規制を取り入れているのに、それを明確にしませんでした。一見すると、「ゼロリスク」を追求しているようかの姿勢を示しているのです。よく使われるのが、「WHO(世界保険機関)のガイドラインにしたがって」という名目で、いつのまにか基準値を変えることが多いのです。あえて、それを説明すると、行政の担当者が攻撃されてしまうからかもしれませんね。

例えば、2001年に発生した狂牛病問題で、日本政府は牛の全頭検査という方針を定めました。それでリスクがゼロになるわけでもなく、また実現性も難しいのに、あたかもリスクがゼロになるような説明をしました。(注・実際に政府は実施を断念)

多くの人が、思わされたのか、勝手に思うのかは知りませんが。国はゼロリスクを追求しているように見せかけながら、実際にはそうでないことを隠し、政策を遂行しているのです。

池田・ゼロリスクを追求しても、逆にさまざまな別のリスクが存在します。

中西・はい。例えば、交通事故の可能性のある自動車などが、私たちの目の前を走っています。確率からすると、交通事故は人間が直面するリスクの中で高いものですし、大気汚染の原因でもあります。しかし、その廃止を主張する人はほとんどいません。都合の悪いものは見ないのです。ところがある現象が注目され、政治問題化されてしまうと、リスクゼロということが正しいと主張され、追求されてしまう。あるリスクを下げると、他のリスクが高くなると、常に配慮しなければいけません。

要旨(中)「「絶対反対」の運動に疑問」に続く。

(2014年7月14日掲載)

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