原子力停止、石炭火力縮小、洋上風力推進で、いったい何兆円かかるのか

2020年10月28日 10:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

菅首相の所信表明演説を受けて、政府の温暖化対策見直しの作業が本格化すると予想される。いま政府の方針は「石炭火力発電を縮小」する一方で「洋上風力発電拡大」する、としている。他方で「原子力の再稼働」の話は相変わらずよく見えない。

北九州市沖の洋上風力発電(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構サイトより:編集部)

北九州市沖の洋上風力発電(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構サイトより:編集部)

話が複雑なことは百も承知で、「それで一体幾らお金はかかるのか?」という、シンプルだが重要な問いに、最もシンプルな概算で答えよう。 

以下では、2030年代のある1年」を想定して費用を概算する。 

データとしては、透明性・再現性の観点から、一貫して政府資料を用いる。なお計算の詳細については研究ノートにまとめてあるので参照されたい。

1 原子力が再稼働しないことのコスト

原子力発電は9月末現在、合計で3308kWった。このうち稼働中は僅か441kWで、残りの2867kWは停止中である。これを再稼働すると、必要な燃料費は3391億円である一方で、発電される電力には26223億円の価値がある。差し引き、再稼働しないことで、年間22832億円の便益が失われている

2 非効率石炭火力の9割減のコスト

日本政府は非効率な石炭火力発電の縮小について検討している。具体的な規模についてはその結果を待つことになるが、一部の報道にあるように仮にその9割が削減されるならば、どうなるか。

対象となっている非効率石炭火力の発電電力量は 1650kWhであるこの9割は1485kWhである。既設の発電設備なので、これで発電するための最低限の費用は燃料費と運転維持費の合計であり、それは政府資料によれば6.8/KWhとなる。

この費用を、発電される電力の価値から差し引くと、非効率石炭火力の9割減で失われる便益は年間7128億円となる。 

3 洋上風力1000KWのコスト

日本政府は洋上風力発電の拡大についても検討している。そこでは、2030年までに1000KWという目標が言及されている。これは幾らかかるだろうか。

洋上風力の発電コストは高く、政府資料では30.3~34.7/kWhとなってい

1000KWを建設すると発電コストは年間8541億円となる他方で発電される電力の価値は2628億円しかない。

両者を差し引くと、5913億円となる。つまり洋上風力1000kWの建設によって年間5900億円が失われる。 

4 おわりに

以上の試算に沢山のご意見があることはよく承知している。だが、敢えて数字を示すのは、結論というよりは、問題の規模感を示すこと、及び、注意喚起の為である。

明らかに、原子力の再稼働の便益は巨大である。石炭火力の廃止のコストも大きい。洋上風力も、相当なコストダウンが実現しないと、新たなコスト要因になってしまう。

既に再生可能エネルギーの賦課金は年間2.4兆円を超え、増え続けている。今後も政策が原因でエネルギーコストが嵩んでゆくと、日本経済へのダメージはますます大きくなってしまう

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 2月の百貨店の売上高が11ヶ月振りにプラスになり、前年同期比1.1%増の4457億円になった。春節で来日した中国人を中心に外国人観光客の購入額が初めて150億円を超えたと報道されている。「爆買い」と呼ばれる中国人観光客の購入がなければ、売上高はプラスになっていなかったかもしれない。
  • 九州電力の川内原発の運転差し止めを求めた仮処分申請で、原告は最高裁への抗告をあきらめた。先日の記事でも書いたように、最高裁でも原告が敗訴することは確実だからである。これは確定判決と同じ重みをもつので、関西電力の高浜原発の訴訟も必敗だ。
  • 原子力問題は、安倍政権が残した最大の宿題である。きのう(9月8日)のシンポジウムは、この厄介な問題に新政権がどう取り組むかを考える上で、いろいろな材料を提供できたと思う。ただ動画では質疑応答を割愛したので、質疑のポイント
  • 7月15日、ウィスコンシン州ミルウオーキーで開催された共和党全国党大会においてトランプ前大統領が正式に2024年大統領選に向けた共和党候補として指名され、副大統領候補としてヴァンス上院議員(オハイオ)が選出された。 同大
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 エネルギー問題を議論する際には、しばしば供給側から語られる場合が多い。脱炭素社会論でも、もっぱら再エネをどれだけ導入すればCO2が何%減らせるか、といった論調が多い。しかし、そ
  • 国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。 国民民主党は、電気代高騰対策として「再エネ賦課金の徴収停止」による電気代1割強の値下げを追加公約として発表しました。家庭用電気代の約12%、産業
  • 中国の原子力発電は米国より遥かに安い。衝撃的な図が公開された。 図は、サブスタックのEnergy Bad Boysによるものだ。わりと最近に出来たブログだが、毎回とても印象的な図を掲載してくれていて重宝する。 図の元のデ
  • 2020年はパリ協定実施元年であるが、世界はさながら「2050年カーボンニュートラル祭り」である。 パリ協定では産業革命以後の温度上昇を1.5度~2度以内に抑え、そのために今世紀後半に世界全体のカーボンニュートラルを目指

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑