「小氷河期」(1300-1917)は寒く異常気象も多かった
気候研究者 木本 協司
地球温暖化は、たいていは「産業革命前」からの気温上昇を議論の対象にするのですが、じつはこのころは「小氷河期」にあたり、自然変動によって地球は寒かったという証拠がいくつもあります。また、長雨などの異常気象も、この時期にはいまよりも多かったようです。
IPCCでは産業革命以降の地球温暖化を約0.8℃としておりますが、この大部分は小氷期からの戻りに過ぎないのかもしれません。
次の浮世絵は、歌川広重が描いた「東海道五十三次」(1833年刊行)のうちの有名な「蒲原夜之雪」です。蒲原は、静岡県の富士川河口にある町で、山奥ではありません。現在は温暖なこの地でも大雪が降っていたことが分ります。当時は太陽活動が低調で、1795-1830年はDalton極小期と呼ばれており、文化10年(1813)には大阪の河川が全て凍結したと摂陽奇観に記されています注1)。

歌川広重:東海道五十三次之内 蒲原夜之雪
拙著の『CO2温暖化論は数学的誤りか』(理工図書、2010、135-146頁)には中島陽一郎著『飢饉日本史』(雄山閣出版、平成八年新装版発行)から引用を行っていますが、「東海道五十三次」が刊行された1833年に、江戸で約1mの積雪があったと記載しています注2)。
気象予報士の饒村曜氏は2016年1月25日付の「日本の最低気温は八甲田山遭難の明治35年(1902)に記録」と題した投稿で、明治35年1月25日に北海道の旭川で-41℃が記録されたと述べています注3)。
1917年には、長野県の諏訪湖の氷上を複葉機が発着しており、当時は氷が厚かったことが分ります。次の写真を保有する八剱神社(諏訪市)の宮坂宮司は、近年は分厚い氷を見ることが少ないので「昔はこんなに氷が厚かったんですねえ」と言っているそうです。
諏訪湖は両岸から湖面が氷結し衝突してせり上がる「御神渡り」で有名ですが、近年の温暖化で2013年以降は見られませんでした。2018年は5年ぶりに全面氷結してせり上がり現象が見られ大きな話題となりました。2021年は1月に全面結氷して3年ぶりに「御神渡り」が見られるかと期待されましたが、寒さが長続きせず解氷してしまい、神事を司る八剱神社の宮坂宮司は「明けの海」を宣言しました。このように全面結氷に到らないことは、江戸時代初期の1600年代では100年間で1回しかなかったそうです。
昔の人の日記から小氷河期にあたる1830年代-1850年代の鹿児島地方の気候を復元する研究で、当時は大雨や長雨などの異常気象が多かったという結果が得られています注4)。
徳川家康の従弟(いとこ)で現代の愛知県に当たる三河国深溝(ふこうず)の領主だった松平家忠(1555-1600)は、天正5年(1577)に始まり、文禄3年(1594)まで続く「家忠日記」を残していて、その全編に次のような雨や雪の記録が満ちているそうです。
「夜雨はらはらとふる」「夜入むら雨」「あさ雨ちとふる」「雨ながながとふる」「雨降」
太陽物理学者で武蔵野美術大学准教授の宮原ひろ子氏らによる研究で、寒冷な気候が支配的だった小氷河期には雨が増えていたことが、伊勢神宮(三重県伊勢市)にあった杉古木(樹齢459年)の年輪中の酸素同位体比分析により明らかにされました。特に、「小氷河期の末期に当たる1780-1880年間の雨量増加が顕著だった」と指摘されています注5)。
欧州でも寒冷だった小氷河期に異常気象が多かったようで、1910年1月のパリで記録に残る大洪水が発生し、セーヌ河の水位が通常より8mも高くなりました。パリでは2016年5月にも大洪水が起きて「CO2温暖化が原因だ」と大騒ぎされましたが、セーヌ河の水位は通常より6.1m高くなった程度で、1910年1月の記録的洪水には及びませんでした注6)。
また最近発表されたA.モアら(2020)の研究によれば、1914年から1919年にわたる欧州での長雨などの異常気象が、第1次世界大戦の犠牲者の増加や1918-1920年に蔓延したスペイン風邪の世界的流行の誘因となった可能性があるとのことです注7)。
このように、小氷河期では、現在と気候が大きく違っていたようです。その要因のひとつとして、偏西風の吹き方が違っていた、という説があります。
気象庁の「桜の開花予想」を1951年に開始し、俳句の「季語辞典」を編纂した大後美保氏(1910-2000)は、「農業と科学」誌の昭和50年(1975)1月1日号に発表した「最近の世界の異常気象と農業」という論文で、ソ連の気象学者ゼルゼフスキーとチャブリギナによる偏西風の挙動に関する次図を紹介しています。

出典:「最近の世界の異常気象と農業」
これによると大正6年(1917)以前の小氷河期では、偏西風は南北流(meridional flow)が多く異常気象が起き易かったことが分ります。これに対し大正7年(1918)から昭和27年(1952)の期間は、偏西風は東西流(zonal flow)が主体で安定した温暖期でした。ところがそれ以降は、再び南北流が多い寒冷期になり「38豪雪」(昭和38年、1963)などの異常気象が起きました。
この図はやや古いのですが、その後の偏西風の動向がどうなっているのか、知りたいところです。
注1)須田滝雄著「太陽黒点の予言 解明された気候変動の謎」(地人書館、1976年初版、1980年2版)21頁
注2)「日本の気温推移と異常気象」https://ieei.or.jp/2020/10/expl201012/
注3)「テキサス大寒波もCO2温暖化が原因だって?」http://ieei.or.jp/2021/03/expl210315/
注4)https://core.ac.uk/download/pdf/144568735.pdf
注5)https://www.sankei.com/column/news/171004/clm1710040005-n1.html
注6)https://wattsupwiththat.com/2016/06/11/climate-blamed-for-worst-paris-floods-since-1910/
注7)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/09/post-94585.php
関連記事
-
「もしトランプが」大統領になったらどうなるか。よく予測不能などと言われるが、ことエネルギー環境政策については、はっきりしている。 トランプ公式ホームページに公約が書いてある。 邦訳すると、以下の通りだ。 ドナルド・J・ト
-
今、世の中で流行っているSDGs(Sustainable Development Goals)を推進する一環として、教育の面からこれをサポートするESD(Education for Sustainable Develop
-
サプライヤーへの脱炭素要請は優越的地位の濫用にあたらないか? 企業の脱炭素に向けた取り組みが、自社の企業行動指針に反する可能性があります。2回に分けて述べます。 2050年脱炭素や2030年CO2半減を宣言する日本企業が
-
今回も、いくつか気になった番組・報道についてコメントしたい。 NHK BS世界のドキュメンタリー「デイ・ゼロ 地球から水がなくなる日」という番組を見た。前半の内容は良かった。米国・ブラジルなど水資源に変化が現れている世界
-
かつて省エネ政策を取材したとき、経産省の担当官僚からこんなぼやきを聞いたことがある。「メディアの人は日本の政策の悪い話を伝えても、素晴らしい話を取材しない。この仕事についてから日本にある各国の大使館の経済担当者や、いろんな政府や国際機関から、毎月問い合わせの電話やメールが来るのに」。
-
経済産業省において10月15日、10月28日、と立て続けに再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会(以下「再エネ主力電源小委」)が開催され、ポストFITの制度のあり方について議論がなされた。今回はそのうち10月15日
-
CO2濃度を知っているのは10人に1人、半数は10%以上と思っている事実 2021~22年にかけて、短大生222人とその家族や友人合わせて計641人に、大気中の二酸化炭素濃度を尋ねた結果、回答者全体の約11%が0.1%未
-
16日に行われた衆議院議員選挙で、自民党が480議席中、294議席を獲得して、民主党から政権が交代します。エネルギー政策では「脱原発」に軸足を切った民主党政権の政策から転換することを期待する向きが多いのですが、実現するのでしょうか。GEPR編集部は問題を整理するため、「政権交代、エネルギー政策は正常化するのか?自民党に残る曖昧さ」をまとめました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















