英国「牛肉禁止」で脱炭素への庶民の反乱が始まる

2021年05月28日 07:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

エリートが勝手に決めた「脱炭素」目標の実現のための負担が明らかになるにつれて、庶民の不満が噴出しつつある。

naumoid/iStock

警鐘を鳴らすのはイギリスの右寄りタブロイド紙Daily Mailである(記事記事)(イギリスの新聞事情についての分かりやすい解説はこちらこちら)。

イギリスではBBCなどのプロパガンダによって「気候危機説」が広く信じられるようになった。BBCは最近では2050年には気候危機でスポーツが出来なくなるというキャンペーンを張っている。

今年末の国連気候会議(COP26)で議長国を務める予定なこともあって、2035年のCO2等の数値目標を1990年比で78%削減まで深堀りした。政府は世界一深堀りしたと自慢しているが、これは現時点からでも60%の削減だ。あと15年でこれを達成するのはどう考えても無理だ。

その無理を具現化するための政策の検討が進むにつれて、庶民に対して莫大な負担を求めるものであることが明らかになってきた。

Daily Mailによるとイギリスで検討中の政策には以下がある:

・2033年までに新しい化石燃料車(ハイブリッド車を含む)を禁止する

負担――現在、英国で電気自動車を購入するには平均44,000ポンド(678万円)かかる。

・2028年までに石油焚きボイラー、2033年までにガスボイラーの販売を禁止する。すべての家を断熱する。

負担――1世帯あたり10,000ポンド(154万円)以上かかる 。

・今後10年間で肉と乳製品の消費量を5分の1に削減

負担――???

牛肉と羊肉は英国の国民食だ。これを禁止するとなると、負担はもう金銭では計り知れない。

なぜ肉まで減らすか疑問に思われるかもしれない。じつは牛肉は一食当たりのCO2等の排出が最大で15kgと最も多いからだ。BBCは図を書いてこれを説明している

なぜ食生活まで影響が及ぶかというと、CO2等の排出の3分の1以上は食品供給に関係するものだからだ。石油から肥料や農薬を作り、エサのトウモロコシを作って牛を育て、加工して輸送し、冷蔵・冷凍して、店舗に並べて販売して・・・といったことをすると、エネルギーを多く使い、CO2等が排出される。牛は特にエサが大量に要るうえにゲップやオナラもする。

だから78%削減とか脱炭素とかいうと、肉も食えなくなるのだ。

ちなみに図で下から3つめのTofuは1食あたりのCO2等排出が極めて少ない。日本のトウフ業界にはビジネスチャンス到来か!?――イギリス庶民がおとなしく牛肉を止めればの話だが。まあ、本当に禁止したら暴動だろうね、きっと。

地球温暖化のファクトフルネス

This page as PDF
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • ロシアのウクライナ侵攻という暴挙の影響で、エネルギー危機が世界を覆っている。エネルギー自給率11%の我が国も、足元だけではなく、中・長期にわたる危機が従前にまして高まっている。 今回のウクライナ侵攻をどう見るか 今回のロ
  • 日本の核武装 ロシアのウクライナ侵攻で、一時日本の核共有の可能性や、非核三原則を二原則と変更すべきだとの論議が盛り上がった。 ロシアのプーチン大統領はかつて、北朝鮮の核実験が世界のメディアを賑わしている最中にこう言い放っ
  • 2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、様々な面で世界を一変させる衝撃をもたらしているが、その中の一つに、気候変動対策の世界的な取り組みを規定するパリ協定への悪影響への懸念がある。 人類が抱える長期の課題である
  • 以前書いたように、再生可能エネルギー賦課金の実績を見ると、1%のCO2削減に1兆円かかっていた。 菅政権が26%から46%に数値目標を20%深堀りしたので、これは年間20兆円の追加負担を意味する。 20兆円の追加負担は現
  • 第6次エネルギー基本計画の検討が始まった。本来は夏に電源構成の数字を積み上げ、それをもとにして11月のCOP26で実現可能なCO2削減目標を出す予定だったが、気候変動サミットで菅首相が「2030年46%削減」を約束してし
  • 政府はプラスチックごみの分別を強化するよう法改正する方針だ、と日本経済新聞が報じている。ごみの分別は自治体ごとに違い、多いところでは10種類以上に分別しているが、これを「プラスチック資源」として一括回収する方針だ。分別回
  • 9月29日の自民党総裁選に向け、岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏、野田聖子氏(立候補順)が出そろった。 主要メディアの報道では河野太郎氏がリードしているとされているが、長らくエネルギー温暖化政策に関与してきた身からすれ
  • 文藝春秋の新春特別号に衆議院議員の河野太郎氏(以下敬称略)が『「小泉脱原発宣言」を断固支持する』との寄稿を行っている。その前半部分はドイツの電力事情に関する説明だ。河野は13年の11月にドイツを訪問し、調査を行ったとあるが、述べられていることは事実関係を大きく歪めたストーリだ。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑