映画「パンドラの約束」(上)【改訂】 — 米環境派、原子力否定から容認への軌跡

2013年10月21日 14:30
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経済ジャーナリスト

【映画「パンドラの約束」は来春、日本で公開される。配給・問い合わせはフィルムヴォイス社。このほど、ストーン監督が来日し、東京で試写会があった。以前掲載の筆者記事を改訂する。近日中にストーン監督のインタビューをGEPRに掲載する。】


写真1・チェルノブイリを取材する「パンドラの約束」のロバート・ストーン監督。

原子力を題材にしたドキュメンタリー映画「パンドラの約束(Pandora’s Promise)」を紹介したい。かつて原子力に対して批判的な立場を取った米英の環境派知識人たちが、賛成に転じた軌跡を追っている。

この映画は今の日本に役立つ議論の材料を提供するであろう。日本では福島原発事故の後で、原子力の信頼が失墜して、批判を含めさまざまな議論が噴出した。また原子力政策の混乱が続いている。この映画の主張は原子力推進だが、提示された論点は、原子力についてどの立場の人にも意味のあるものだ。

1・はじめに

パンドラの約束は、ロバート・ストーン監督によって製作され、今年1月に米国のサンダンス映画祭で初演された。その後6月に全米で公開され、日本では来春公開の予定だ。

映画のメッセージで主なものは3つだ。

①地球規模の問題の解決に原子力の利用は有効な手段である。特に、新興国の経済成長と人口の急増に伴うエネルギー需要の急増、貧困状況を改善するための安いエネルギーの提供、大気汚染と気候変動の抑制という問題を解決できる。もちろん原子力は完璧ではないが、それのメリットを考えれば、使うべきエネルギー技術だ。

②原子力発電や放射能は危険という情報が米国社会にあふれている。それは単純な見方だ。放射性物質は適切に管理すれば、人体への影響はほとんどない。東西冷戦といった時代背景のもと、核兵器への恐怖を煽る偏向した情報によって、誤った考えを抱く人が増えてしまった。

③原子力にはイノベーションの可能性がある。福島で事故を起こしたのは1960年代に構想された旧型の軽水炉だ。現在の原子炉は安全性が高まっている。また現在、日米で構想されているプルトニウムを使う一体型高速炉(IFR)が実現すれば、使用済核燃料や核兵器に搭載されているプルトニウムを燃料源にすることができる。そのために各国が保有する放射性物質を減らせる。
(参考・ウェブ原子力辞典ATOMICA「IFR(一体型高速炉)/MFC(金属燃料サイクル)の開発の現状」GEPR記事「安全性の高い原発「高速炉」– 再評価と技術継承を考えよう」)

ストーン監督は試写会で、次のメッセージを述べた。「日本の皆さんの福島事故への怒り、困惑は当然と思う。しかしそれで進歩を止めるべきではない。日本の人々は優秀で、世界有数の最新技術を持つ。事故の経験を活かしながら、原発設備の取り替え、そして日本企業が多くの関連技術を持つIFRの開発に力を注ぐべきだ。中国がこの分野に積極的に進出しようとしているが、私を含め世界の多くの人は、原子力の平和利用の実績を重ねた日本から技術を買いたいと思うだろう。私は日本の人々を信頼し、期待している」。


写真2・ブラジルでの盗電(貧困者が電線から勝手に電気を引っ張る状況)の状況。張り巡らされたのは電線。 パンドラの約束、公式ホームページより。

2・映画の背景

ロバート・ストーン監督は環境問題などのドキュメンタリー映画で知られる。近年まで核兵器と原子力の利用に反対の立場だった。しかしエネルギー・環境問題を調べるうちに、原子力の利用が妥当と考えるようになった。考えはゆっくりと変わったそうだ。変化のきっかけは、その地球規模の気候変動、エネルギー不足の問題に、解決策は現時点で原子力利用しか思いつかないためだという。

この映画の主なスポンサーは、個人の投資家、例えばマイクロソフトの共同創業者ポール・アレン氏などであり、原子力業界からの支援は一切受けていない。

映画は、監督と同様にかつては原子力に反対する立場にあり、後にその主張を原子力支持に変えた5名の人物が原子力をめぐる論点について語る。そして、その間に米国での反原発運動、米政府の動き、福島第一原発の近く、そして1986年に大事故を起こしたチェルノブイリ近郊の情景を織り込んでいた。

5人の知識人の中には、環境活動家であるスチュアート・ブランド氏も登場する。彼はアップルのCEOだったスティーブ・ジョブス氏が生と死、若者の未来について語ったスタンフォード大学卒業式スピーチをきっかけに再評価された「ホールアース(全地球)カタログ」を制作した。最終号に掲載されていたキャッチコピー「Stay Hungry, Stay Foolish」(貪欲であれ、愚直であれ)をジョブス氏は引用した。


写真3・スチュアート・ブランド氏。
(Wikipediaより)

その他は、英国のジャーナリストで、気候変動問題などで著述活動を続けるマーク・ライナス氏(ライナス氏の著書「原子力2・0」の池田信夫氏による書評)。ピュリッツァー賞受賞作「原子爆弾の誕生」などで知られる米国のジャーナリストのリチャード・ローズ氏。米国の民間エネルギーシンクタンク、ブレークスルー研究所のマイケル・シェレンバーガー氏、米国の作家であるグィネス・クレイブンズ氏など、英語圏で著名な人々だ。

3・映画からのメッセージ

そして主張のポイントは以下の通りだ。

〈大気汚染・気候変動の問題〉

▼ 現状の風力、太陽光などの自然エネルギーは、化石燃料や原子力でつくられる膨大な量の電源の代わりになることは不可能である。自然エネルギーは供給が不安定で、逆にガス火力のような化石燃料によるバックアップが必要となる。

▼化石燃料の使用、特に石炭による大気汚染の影響による死者は毎年世界では数万人単位で発生している。原子力発電に起因する放射線による死亡者数は、米国ではゼロ、多くの国でも同様だ。原発は、人体への影響という観点から考えれば主要なエネルギー源では風力に次ぐ安全性で、パネルの製作段階で多くの化学物質を使用する太陽光よりも安全と言える。

▼原子力は、気候変動の原因である二酸化炭素をほとんど排出せずに、かつ大きな需要に対してエネルギーを供給できるもっとも効果的な手段である。電力需要は、今後2100年までに現在から3倍程度に増大する。それに対応できるエネルギー源は原発しかないだろう。化石燃料の使用拡大を止めなければ、環境破壊、エネルギー不足、気候変動が悪化してしまう。

〈放射性物質による人体への影響〉

▼低線量被ばくに焦点をあて世界各地でのサーベイメータによる自然放射線の測定結果を実際に数値で見せた。チェルノブイリ原発近郊や福島第一原発近郊の避難区域の放射線の線量率は、そのほとんどの場所で他の地域と大差がない。

▼事故後1年(撮影当時)が経過した福島第一原発近郊を取材。原発事故に直面した福島では、健康被害の可能性はほとんどない。それなのに人々は避難を強制され、毎日表示されるガイガーカウンターの数値に囲まれ、除染作業で住民帰還のめどは立たない。過剰な安全策の採用された福島の放射線防護対策を批判的に紹介している。

▼チェルノブイリ事故後に、近隣30キロ圏内には退避が命令された。しかし、その近くの村には数百人規模で旧住民が帰還した。それら人々に健康被害は現時点で観察されていない。GEPRで紹介した国連など8機関とロシアなど3カ国の共同調査報告「チェルノブイリの遺産」を引用しながら、直接の影響による死亡者は56人で、「100万人が死んだ」などとする欧米で広がった情報はデマだと指摘した。

▼放射性廃棄物は、一人当たりの生涯の電力使用量で考える際に、原子力発電で生まれるものはゴルフボール程度の箱一つ分にすぎない。一方で石油では8万キロリットルも必要になる。そして放射性廃棄物は管理が可能で、原子力発電のメリットと比べ考えると、深刻なものではない。

〈世界各地の放射線量〉

映画では映画での放射線の線量率測定の様子が紹介された。単位はマイクロシーベルト/1時間(以下、「マイクロSv/h」と表記)。0・11マイクロSv/hが約1ミリSv/年に相当する。自然(宇宙線、大地、食べ物、呼吸など)からの受ける放射線量は、合計で2・4ミリSv /年(世界平均)になる。


写真4・ニューヨーク・タイムズより。この映画で掲載された、アメリカなど6カ所の放射能測定値。福島の0・1〜0・2マイクロSv/hより、多い場所も、少ない場所もある。

▼ブラジルのガラパリの海岸:30マイクロSv/h。自然放射線が高い地域として有名だが、天然の放射性物質(鉱石)を多く含む砂浜での撮影であり、同地域でも特に線量率が高い場所と推測。住民が普通にその海岸で遊んでいる光景も紹介した。

▼福島第1近郊の避難地域:0・1〜0・2マイクロSv/hの範囲。局所的に線量率が高い場所(40マイクロSv/h)が存在することも紹介した。

▼チェルノブイリから約100キロメートル離れたキエフ:0・2マイクロSv/h。チェルノブイリ原発構内:3・7マイクロSv/h

▼ 米国から日本への飛行機内:2・2マイクロSv/h。

これらから考えると、福島原発事故による周辺の放射能で、それによる健康被害の可能性は大変低いと指摘した。

〈原子力と恐怖〉

▼米国で行われる反原発デモを紹介していた。私(記事筆者)には日本の反原発デモと非常に似ており、興味深く思えた。恐怖を強調し、派手なプラカードが掲げられ、絶叫調の演説が繰り返される。日本で講演してデマを拡散したヘレン・カルディコットという反原発活動家の女性が映って「チェルノブイリで100万人が死んだ」と煽っていた。ストーン監督が彼女に「主張の根拠は」とたずねると、それを示さずに怒り出した。感情的な対応も日本の運動家によく似ていた。

▼ 米国の民主党は、政策の合理性ではなく、原子力の利用すべてに消極的な面がある。「人々の恐怖感に過剰に反応し、共和党に対抗するために原子力に消極的な民主党の政策は愚かしい。政争とは関係なく原子力利用を考えるべきだ」という、リチャード・ローズ氏の言葉を紹介していた。日本の政界と、米国でも事情は似ているようだ。

以下「(下)賛成、反対の二分論の克服を」に続く。

(2013年10月21日掲載)

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