「賭け」にもならない無謀な日本の水素政策

2021年06月19日 07:00
松田 智
元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

これまで3回にわたって、筆者は日本の水素政策を散々にこき下ろしてきたが、日本政府はまだ全然懲りていないようだ。

水素に賭ける日本、エネルギー市場に革命も」と言う驚くべき記事が現れた。

その記事には、こうある。

水素エネルギーは長年、コストがかかりすぎて効率が悪く、現実的でないと一蹴されてきたが、日本は世界で最も大きな賭けの一つに打って出ている。

日本は今後30年間で事業活動に伴う二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするという目標を掲げており、そうした移行はその達成に不可欠だ。この賭けが成功すれば、世界のサプライチェーンの基礎作りにもなり、ようやく水素がエネルギー源として台頭し、石油や石炭が一段と脇に追いやられる可能性があると専門家らは話す。

・・と、こんな調子なわけだが、いやはや、突っ込みどころ満載で、何だか、真面目に応対するのも大人げなくて気恥ずかしいような気にさえなってしまう。

Petmal/iStock

そもそも、なぜ日本が水素への「賭け」に打って出なければならないのかが、分からない。「賭け」に打って出なければならぬほどに、日本は追い詰められているのか?何に?たかが世界の3%程度のCO2排出の日本が、なぜそんなに追い詰められるのか、理解できない。また「賭け」と言うからには、ハズレる可能性も考えているのだろうが、もしハズレたときには、どうするつもりなんだろうか?

なぜそんなことを言うかといえば、この「賭け」はハズレる可能性が極めて高いからである。

まず、文中にある「水素がエネルギー源として台頭し」というのが、致命的に間違っている。水素を石油や石炭などの一次エネルギー源と並べた時点で、この論者の無知ぶりが露呈している。水素がエネルギー「源」として台頭する事態は、何があっても、未来永劫やって来ない。

何度も言っているように、水素は電力と同じ二次エネルギーである。石油・石炭などの一次エネルギーから作られる、一種のエネルギー媒体であって、決してエネルギー「源」ではない。何から水素を得るかと言えば、化石燃料(実質的には天然ガス)か、水の電気分解が二大主流である。

このうち、化石燃料(や下水汚泥・牛糞等のバイオマス)を原料とする場合は、製造過程で必ずCO2が発生するので、脱炭素には貢献しない。弥縫策だが、CCS(CO2の回収・地下貯留)等を併用して、見かけ上CO2発生のない水素に仕立て上げたりもする。しかし、元々の原料が化石燃料の場合は「石油や石炭を脇に追いやる」など、到底できはしない。「天然ガスを使うから石油石炭を脇に追いやった」とか、その手の「ヤギさん論法」は願い下げにしていただきたい。

残るは、水の電気分解になるが、再三指摘しているように、電力(二次エネルギー)を使って生産する水素は三次エネルギーとなって目減りするから、必ず元の電力より高価になる。

また、水素はそのままではエネルギーとして使えず、燃やすか燃料電池で電力変換するしかないので、この段階でも目減りする。この2段階の目減りは、避けられない。

現在の課題がコスト高であり、技術進歩によってこのコストの壁が乗り越えられると言う考えは、甘い(と言うより、誤り・幻想)。変換のたびに必ず目減りするという熱力学の法則は、技術では乗り越えられないからである。技術には出来ることと出来ないことがある。科学技術が進めば何でもできると言う考えは、無知に基づく。

6月16日朝のNHK国際ニュースで、欧州を中心に再エネからの水素を使う「e-Fuel」が注目されていると伝えていたが、これは、上記2段階の間に、さらに液体燃料を造る段階を挟んだものと言える。典型的なのは、CO2とH2を反応させてメタン(CH4)を合成するメタネーションであるが、メタンはガスなので、もっと分子量の大きな炭化水素(CnHm)を合成して液体燃料を造る計画のようである。

いずれにせよ、これらは化学的にはCO2をH2で還元する操作であり、外からエネルギーを加えてやらないと反応は進まない。あれこれ複雑そうに見えても、本質は水素(H2)の消費であり、その水素を電力で造ったら、単なる電力消費(浪費)になるのは当たり前である。

アンモニアを燃料に使うのも、同様の考え方で、上記2段階の間にアンモニア合成が入る。できたアンモニアの保有エネルギーは、元になる水素の約半分になっている(途中の反応で使われて)。

図式的にまとめると、水素の利用法は大別して下記の2通りである。

  1. 再エネ電力 → 水素 → 燃料(メタン、炭化水素油、アンモニア) → 熱機関(エンジンまたは発電)
  2. 再エネ電力 → 水素 → 燃料電池 → 電力

となる。Aは3段階を経て、最後が熱機関だと効率が低いので、全体の効率は確実に20%を切る。途中の燃料製造でエネルギー消費が大きい場合には、全体のエネルギー収支が赤字になってしまう。Bは、以前書いたように各段階60%として、総合効率36%、Aよりはマシだがまあ酷い。実際には、水素の輸送・貯蔵でエネルギーをもっと消費する(主に高圧への圧縮動力)。

そんなことなら、再エネ電力で電気自動車を走らせる方が格段に効率的なことは自明である。なぜ、こんなに損に損を重ねてまで水素にこだわるのか、筆者には理解できない。そんなにまでして「脱炭素」を実現したとして、一体何が得られると言うのだろうか?

今や、脱炭素は、手段ではなく目的と化している。目的のためには手段を選ばず、どんな損をこいても脱炭素だと言っているみたいだ。本末転倒もここに極まれり、と言うほかない。なぜ、こんな思考停止に陥るのか?

「大逆転はここから始まる」トヨタがEVより”水素車”にこだわる本当の理由」によると「水素は地球上で最も豊富な元素であり、再生可能エネルギーと水があれば、使う場所で生産することができ・・」とある。そして「基本に立ち返って、水素は地球上で最も豊富な元素、というトヨタの着眼点が効いてくると筆者は考える。」と強調している。

しかし、この著者は科学を知らない。豊富に存在することと、エネルギーとして利用できることは全然違う。例えば大気や海水は豊富にあるが、エネルギー源ではない。この種の議論は、H2とH2Oの区別もつかないレベルの話であり、もし本当にトヨタがそんな理由で水素車にこだわっているとすれば、必ず失敗するだろう。

脱炭素は元々、化石燃料消費によるCO2排出を減らすこととして現れた。本質的に、エネルギーの問題である。そして、エネルギーに関しては、物理学や熱力学・化学などの法則を無視した議論は全て「おとぎ話」に過ぎない。水素に関しても、ブルーだのグリーンだの言っている前に、エネルギーがどれだけの損失になるか、よく勘定していただきたい(水素論者は、このエネルギー損失問題に一切触れないが、これは問題の本質から目を背ける行為である)。

今は、補助金が出ているから、色んな商社や企業が水素やアンモニア事業に手を出しているが、補助金が尽きたら、クモの子を散らすように手を引くだろう。

なぜなら、恐ろしく高い燃料や電力を買う人はいないので決して儲からず、この事業は赤字確実だから。

それを囃し立てている国営放送その他のマスコミも、罪は重い。税金のムダ使いに手を貸しているのだから。

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松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連

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松田 智
元静岡大学工学部化学バイオ工学科

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