外務省有識者会合のエネルギー提言への疑問

2018年02月28日 11:30
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東京大学大学院教授

有馬純 東京大学公共政策大学院教授

2月16日、外務省「気候変動に関する有識者会合」が河野外務大臣に「エネルギーに関する提言」を提出した。提言を一読し、多くの疑問を感じたのでそのいくつかを述べてみたい。

再エネは手段であり目的ではない

エネルギー政策の基本は3E(Energy Security (エネルギー安全保障)、Economic Efficiency (経済効率)、環境(Environment)の3つのEとS(Safety:安全性)のバランスを追求することである。石油、天然ガス、石炭、原子力、再エネはそれぞれの面で強みと弱みを有しており、これらを組み合わせていくのが基本である。再エネはエネルギー政策の目的を実現するための手段の一つではあるが、それ自体が目的ではない。懇談会の提言を読んでいると、再エネ推進が自己目的化しているように思われるのである。

再エネは国産エネルギーであり、温室効果ガスを排出しないという強みを有する。コスト高が課題であったが、近年、再エネの発電コストが世界的に大きく低下しているのは朗報である。再エネのコストが更に低下し、更に間欠性のある再エネの導入拡大に伴う系統安定コストを含めても、従来の電源と遜色ないものになれば、化石燃料、原子力に取って代わる存在となり、世界のエネルギー温暖化問題の解決に大きく貢献するだろう。しかし野心的な再エネ導入目標を掲げればコストが低下し、利便性が増大するというものではない。コストが低下するから再エネの導入が拡大するのである。

米国のシェールガス革命や英国の90年代のdash for gasは安価な国産ガスが石炭を代替したため、温室効果ガスの削減とエネルギーコストの低下という二重の配当を享受することができた。エネルギー転換の成功事例といって良い。これに対して原子力のフェーズアウトを強行し、FITを通じて再エネの強制導入を行ったドイツでは、原子力のシェアの低下と再エネのシェア上昇には成功したものの、褐炭発電所拡大による温室効果ガスの増大と電力コストの上昇を招いている。ドイツのエネルギー転換は彼らが自負するように成功しているかは疑問である。エネルギー転換は、経済的メリットの裏打ちがあって初めて成功するのであり、コストを度外視して理念的に特定のエネルギー源を推進もしくは排除すればよいというものではない。

経済効率の視点が欠けていないか

提言は我が国の2030年の電源ミックスで再エネのシェアが22-24%となっているのは低すぎると批判する。他方、26%を占める石炭火力については温暖化対策に逆行する、座礁資産化するとの理由で段階的廃止を主張する(日本の石炭火力が座礁資産化するとの議論については、「オックスフォード大の座礁資産論に異議有り」[注1]を参照ありたい)。提言が批判する石炭火力新設計画の相当部分は原発再稼動の先行きが不透明な中で、安価なベースロード電源のセカンドオプションとして検討されているものであり、石炭火力新設を最小限に抑えるには原発の再稼動を着実に進めることが最も有効である。にもかかわらず、提言においてはエネルギー自給率向上、電力料金低下、温室効果ガス低下の同時達成のカギを握る原子力再稼動については一言の言及もなく、原子力の新増設は明確に否定される。つまるところ提言の中核は石炭、原子力を封印し、再エネのシェアを格段に引き上げることである。

その論拠は「世界的に再エネコストは低下しており、従来電源とも競争力を有するようになってきた」ということだが、再エネのコストには地域性があり、その経済性は各国の自然条件等に左右される。残念ながら日本の太陽、風力のコストは国際水準よりも1.5~2倍高いのが現状であり、国際的にも割高なFIT価格が何よりの証拠だ。「再エネが従来電源に遜色ない」というならば、FITを廃止してもよいはずだが、再エネ推進論者は「日本での再エネ拡大は緒についただばかりである」との理由でFITの維持を主張する。世界でコスト低下が進んでいても、日本でコスト低下が遅れているのであれば、手段としての価値に限界が生ずる。更に他国とのグリッド接続のない日本では、変動性のある再エネ電力で余剰が生じた場合は他国に引き取ってもらい、不足の場合は輸入するというドイツのような低コストのオプションを有していないため、系統安定コストもかかる。

こうした実情を顧慮せず、低コストの石炭や原子力を「封印」しつつ、再エネの導入量をひたすら拡大すれば、既に巨額になっているFIT賦課金が更に拡大し、系統安定コストの増大もあいまって主要国の中で最も高い日本の産業用電力料金は更に上昇することとなろう。そうなれば国際競争力への悪影響が生ずることは明らかだ。提言に欠けているのはそうした経済効率性の視点である。

再エネへの投資は「未来への投資」であり、国内にお金が回るのだから化石燃料輸入代金とは異なるという議論がある。確かに再エネ投資が行われれば当該セクターが潤うし、関連した雇用も生まれるだろう。しかし電力コストが上昇し、産業競争力を低下させれば当該部門はともかく、経済全体ではマイナス効果が生ずる。またドイツと同様、FIT導入後、太陽光パネルの輸入比率は急増しており、当該セクターでの雇用創出効果も相当割り引かねばならないだろう。筆者はFITで割高な再エネを遮二無二導入するよりは、世界的な再エネコスト低減がもっと進んでから、もっと割安なコストで導入促進したほうが経済合理的であるとすら考える。

再エネを中核としたエネルギーミックスの提言が経済合理性を持つためには、発電コストと系統安定コストを含め、日本の割高な再エネのコストが大きく低下することが必要だ。それならば、コストを度外視して再エネ導入量拡大を目的とするのではなく、再エネ発電コスト、系統安定コストの引き下げ目標を設定すべきであろう。再エネコストが世界市場並みに低下するのであれば、4番バッターとして再エネ導入量をどんどん拡大すればよい。逆にそうならないのであれば、コスト面で限界のあるオプションとして他の電源と組み合わせて使っていくしかない。再エネは手段であって目的ではないからだ。

途上国への高効率石炭火力支援は停止すべきか

提言の再エネ中心主義は日本のエネルギー外交にも及び、途上国支援は省エネと再エネ開発を中心とし、石炭火力輸出への公的支援は速やかに停止すべきであると主張する。筆者は途上国支援において再エネを重視することについて、それが相手国のニーズに合致するものであれば大いに進めたらよいと考える。しかし各国の政策担当者は温暖化防止以外にもエネルギーアクセス、供給安全保障、経済発展等、様々な課題に直面している。アジア諸国のエネルギー政策担当者と話をすると、彼らにとって無電化地域の国民に電気を届けることは温暖化防止よりもはるかに重要なミッションであることがわかる。彼らも石炭の環境負荷については十分承知しているが、「石炭をクリーンに使え、というならばわかるが、石炭を使うな、では話にならない」と言う。昨年11月の東アジアサミット首脳会合議長声明ではエネルギーアクセス、低廉なエネルギー供給と石炭のクリーンな利用の重要性が明記されている[注2]。

IEAの2017年版世界エネルギー見通しでは、2度を十分下回るというパリ協定の目標と整合的とされる持続可能シナリオ(Sustainable Development Scenario)であってもアジア太平洋地域の2040年の発電電力量に占める石炭のシェアは39%を占める。途上国支援は環境保護に配慮しつつ、相手国のニーズに応じたものでなければならない。そもそも高効率火力輸出は提言のいう「省エネ支援」の一環のはずである。日本が高効率石炭火力への公的支援をやめたらアジアの途上国は域内に潤沢に存在する石炭利用を断念し、天然ガスや再エネ利用を拡大するのだろうか。むしろ現在の低効率の石炭火力を使い続けるか、より安価な低効率石炭火力技術を採用することになろう。

再エネ支援を拡大しようとの方向性は良い。再エネのコストが大幅に低下し、途上国にとって石炭よりも、魅力的なオプションになるのであれば何の問題もない。しかし現実がそこまで到達していないのに理念的に「省エネと再エネ以外は支援しない」というのは先進国の独りよがりでしかない。各国の実情に応じた低炭素化の支援を行うべきだろう。

また「新しいエネルギー外交」が再エネを重視する余り、資源外交の役割を軽視しているように響くのも気にかかる。IEAの2017年版の世界エネルギー見通しでは、上述の持続可能シナリオ(Sustainable Development Scenario)であっても日本の一次エネルギー供給に占める化石燃料のシェアは49%となっている。化石燃料依存が続く限り、資源外交の重要性が減ずるとは考えられない。

提言は「世界で低炭素化のルールメーキングが行われており、再エネ拡大による低炭素化が進まなければ日本企業のビジネス展開が困難になる」と述べている。その暗黙の前提は世界の政府・企業がパリ協定の1.5度から2度目標達成を至高の価値とし、世界レベルの炭素価格や炭素に着目した国境調整措置が主要国で導入される等、高度の国際連携が成立していることだ。筆者は世界が脱炭素化に向けて進むことは間違いないし、低炭素化が競争力の指標の一つになるであろうとことは確実だと考えている。しかし各国のNDC合計と1.5度~2度目標が想定する世界全体の削減パスとの乖離は非常に大きく、「削減の便益はグローバル、削減コストはローカル」という温暖化問題の本質と各国の固有の政治経済情勢を考えれば、冒頭に述べたような想定は現実的ではないと考えている。

例えば提言が主張するように再エネ電力比率が高く、カーボンフットプリントの低い欧州諸国の製品は国際市場で本当に有利に評価されることになるのだろうか。同等の性能・価格であればカーボンフットプリントの低いものが優先される可能性はあるだろうが、割高であってもカーボンフットプリントが低ければ優先されるかどうかは疑問である。この議論が成立するならば、最近、再エネ導入を進めているとはいえ、今後とも全体としての炭素比率が相対的に高い中国やインド等の新興国は国際競争で欧州諸国に敗れることになる。欧州委員会もエネルギーの高コスト化による国際競争力への影響を心配する必要はないだろう。しかし筆者は再エネ中心の低炭素化を進めている欧州企業の将来がかくもバラ色だとは思わない。依然として性能・コスト競争が国際競争力の中核になるはずであり、何より今後の世界市場の拡大の中核をになう途上国において割高だがカーボンフットプリントが低い(再エネフットプリントの高い)製品が優先されるとは想定しにくい。当たり前のことだが、再エネを中核に低炭素化を進め、国際競争力を維持するためには再エネ発電コスト、系統安定コストが大幅に低下させることが不可欠だということになる。

パリ協定と再エネだけでエネルギーを語れるのか

以上、懇談会提言について感じた疑問点を並べてみた。全体に共通する問題点はパリ協定に基づく世界全体の低炭素化、再エネ中心主義を中心とする世界観が全ての議論の前提となっていることだ。提言が主張するように再エネ導入を拡大すればエネルギー安全保障も経済成長も温暖化防止も八方うまくいくならば誰も苦労はしない。提言は「エネルギーのことをエネルギーだけで考える時代は終わった」と述べている。確かにエネルギーを取り巻く環境は変わってきている。しかしエネルギーは経済社会の基盤である以上、エネルギー安全保障、経済性、環境保全のバランスが必要との基本は変わらない。「エネルギーのことをパリ協定と再エネだけで考える時代」が来たとは考えられないのである。

 

[注1] 日本における石炭火力座礁資産論の疑問点については「オックスフォード大の座礁資産論に異議有り」を参照ありたい。

[注2] 「COP23と石炭叩き」参照

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