エネルギー危機の東欧諸国がEUの脱炭素政策に異議申立て

2022年01月08日 07:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

EUのエネルギー危機は収まる気配がない。全域で、ガス・電力の価格が高騰している。

中でも東欧諸国は、EUが進める脱炭素政策によって、経済的な大惨事に直面していることを認識し、声を上げている

Leestat/iStock

ポーランド議会は、昨年12月、EUのエネルギーシステムが「新しい気候政策手段の採用と実施に伴い、ポーランドにとって大きな脅威となった」とする決議を採択した。

隣国のチェコでも、閣僚たちが、エネルギー価格の急上昇を警告し、この冬、電気をつけ家を暖かく保つための化石燃料の使用に対して、EUがより寛大な態度をとるよう要請した。

現在の危機の要因は複数指摘されている。パンデミックの規制が緩和されて経済活動が予想以上に再開されたこと、エネルギー市場の自由化に伴い天然ガスの在庫が減少していたことなどである。

だが何よりも、天然ガスへの依存度が高まったのは、EUの脱炭素政策の結果だ。石炭火力発電を減らし、出力が不安定な再生可能エネルギーを大量導入したことで、両者の代わりに天然ガス火力に依存せざるを得なくなった。

これは大きな地政学的影響を伴う。EUの天然ガス供給量の約半分はロシアからのものだからだ。

かくして、欧州の電力供給の主導権はクレムリンに奪われつつある。かつてソ連に支配された苦い経験を持つ東欧諸国は、EUで策定された脱炭素政策のせいで、ロシアの地政学的脅威が高まることを警戒している。

EUは排出権取引制度(ETS)を採用しているが、これによって石炭、次いで天然ガスが、経済的に不利になっている。長期的には、EUはエネルギー市場から化石燃料を完全に排除することを目指している。

当然のことながら、このETSは、化石燃料への依存度が高い東欧の加盟国では非常に不人気だ。

チェコでは、全エネルギー生産量の半分以上を化石燃料が占めており、ポーランドでは80%以上となっている。

今後、エネルギー市場がますます制約され、ロシアが供給を支配するようになる。これは悪夢だ。

欧州委員会は、ETSを強化・拡大することに熱心だ。だが東欧諸国は、そのツケを払わされるのは自分たちだという事実に気づいている。

チェコのカレル・ハブリチェク産業貿易相は、国内で代替エネルギーが化石燃料に取って代わるには20年はかかるだろうと警告した。

ポーランドでは、今年初めにEUが褐炭を産する巨大なトゥルフ炭鉱の閉鎖を指示したことで、マテウス・モラヴィエツキ首相が「エネルギー災害」と「巨大な社会問題」が生じる、と警告した。

これらの国々は、今後数十年にわたり、多かれ少なかれ、化石燃料に依存することにならざるを得ない。ETSによって石炭の経済性はますます悪化し、天然ガスの供給はプーチン大統領のコマとなる。アジアとの経済競争も激化している。東欧諸国は将来を不安視している。

なお悪いことに、ETSではCO2価格が高騰し、エネルギー危機に拍車をかけている。

昨年末に開催されたEU首脳会議では、ポーランドはETSの完全な停止を要求した。チェコのアンドレイ・バビシュ首相は、エネルギー危機を打開するためとして、4億単位の排出権を市場に放出することを要求した

これらの国々は、化石燃料の価格が高騰し、入手が困難になった結果、経済的な大惨事に直面していることを認識している。チェコでは、昨秋に大手電力会社のボヘミア・エナジー社が倒産。100万件の顧客が契約切り替えを余儀なくされた。

今のところ西欧諸国は化石燃料からの脱却に積極的だ。だが中・東欧諸国こそが、真っ先にこの巻き添えとなって、経済的な打撃を受けてしまうのだろうか。

クリックするとリンクに飛びます。

「脱炭素」は嘘だらけ

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 東日本大震災を契機に国のエネルギー政策の見直しが検討されている。震災発生直後から、石油は被災者の安全・安心を守り、被災地の復興と電力の安定供給を支えるエネルギーとして役立ってきた。しかし、最近は、再生可能エネルギーの利用や天然ガスへのシフトが議論の中心になっており、残念ながら現実を踏まえた議論になっていない。そこで石油連盟は、政府をはじめ、広く石油に対する理解促進につなげるべくエネルギー政策への提言をまとめた。
  •   会見する原子力規制委員会の田中俊一委員長 原子力規制委員会は6月29日、2013年7月に作成した新規制基準をめぐって、解説を行う「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方に関する資料」を公表した。法律、規則
  • 東洋経済オンラインに掲載された細野豪志氏の「電力危機に陥る日本「原発再稼働」の議論が必要だ」という記事は正論だが、肝心のところで間違っている。彼はこう書く。 原発の再稼働の是非を判断する権限は原子力規制委員会にある。原子
  • EU農業政策に対する不満 3月20日、ポーランドのシュチェチンで農民デモに遭遇した。主要道路には巨大なトラクターが何百台も整然と停まっており、その列は延々と町の中心広場に繋がっていた。 広場では、農民らは三々五々、集会を
  • アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」を公開しました。 今回のテーマは「固定価格買取はどこへ行く」です。 再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)は大幅に見直されることになりました。今後の電力供給や電気料
  • 前回、改正省エネ法やカーボンクレジット市場開設、東京都のとんでもない条例改正案などによって企業が炭素クレジットによるカーボンオフセットを強制される地盤ができつつあり、2023年がグリーンウォッシュ元年になるかもしれないこ
  • 経済産業省は、電力の全面自由化と発送電分離を行なう方針を示した。これ自体は今に始まったことではなく、1990年代に通産省が電力自由化を始めたときの最終目標だった。2003年の第3次制度改革では卸電力取引市場が創設されるとともに、50kW以上の高圧需要家について小売り自由化が行なわれ、その次のステップとして全面自由化が想定されていた。しかし2008年の第4次制度改革では低圧(小口)の自由化は見送られ、発送電分離にも電気事業連合会が強く抵抗し、立ち消えになってしまった。
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 これまで3回にわたって、筆者は日本の水素政策を散々にこき下ろしてきたが、日本政府はまだ全然懲りていないようだ。 「水素に賭ける日本、エネルギー市場に革命も」と言う驚くべき記事が

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑