気温を0.85℃下げるために5300兆円かける「脱炭素化」は必要か

2024年05月23日 08:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

エネルギー基本計画の主要な目的はエネルギーの安定供給のはずだが、3.11以降は脱炭素化が最優先の目的になったようだ。第7次エネ基の事務局資料にもそういうバイアスがあるので、脱炭素化の費用対効果を明確にしておこう。

ChatGPT

「2050年ネットゼロ」のコストは34兆ドル

まず「2050年ネットゼロ」には、どの程度のコストがかかるのか。これについてはIEA(国際エネルギー機関)の毎年4.5兆ドル(30年間で135兆ドル)がよく使われる数字だが、今週出たブルームバーグの推計によると、そのコストは25年間で34兆ドル(5300兆円)だという。

Bloombergより

上の図の左が通常の採算ベースで投資した場合のコストで181兆ドル、右が2050年ネットゼロ(カーボンニュートラル)を実現する投資のコストで215兆ドル。差額の34兆ドルが、ネットゼロのための(政府補助などによる)投資コストである。

では脱炭素化にはどんなメリットがあるのだろうか。通常シナリオだと地球の平均気温は、2050年に工業化前から2.6℃上昇するが、ネットゼロだと1.75℃上昇におさえられるという。つまり34兆ドルかけて0.85℃の効果しかないのだ。

Bloombergより

最近は公共投資でも費用便益分析をする。費用対効果(C/B)が大事で、これが1より大きい(費用が便益を上回る)プロジェクトは実施してはいけない。脱炭素化の費用は日本のGDPの9年分だが、便益は東京都と香川県ぐらいの温度差だ。誰が考えても

費用>>>便益

つまり2050年ネットゼロは実施してはいけないプロジェクトである。

最適な気温上昇は2100年に2.6℃

では費用対効果が最適となるのは、どの程度の脱炭素化か。これについては気候変動の経済学でノーベル賞を受賞したノードハウスが、彼のモデルを改訂した2023年の研究がある。それによると最適(費用=便益)となる水準は、2100年に2.6℃上昇する場合である(2050年では2℃上昇)。

Barrage-Nordhaus

そのコストはどれぐらいだろうか。こちらは炭素税で計算しているが、最適の場合でも125ドル/トン、現在価値で59ドル(9000円)である。これはガソリンに換算するとリッター21円ぐらいだ。

Barrage-Nordhaus

ネットゼロ(T<1.5℃)にするためには、4185ドルの炭素税が必要になる。経済的に無理のない炭素税(9000円程度)だと2100年に気温は2.6℃ぐらい上昇するが、2050年ネットゼロを無理に実現しようとすると、その70倍のコストがかかるのだ。

それによって避けられる被害は、先進国ではほとんどない。北半球では凍死が減り、農産物の収穫が増えるメリットのほうが大きい。地球温暖化はグローバルサウスの問題なのだ。

熱帯を救うためには、開発援助で食料や医療援助をすれば数百万人の命を救うことができる。地球の平均気温を0.85℃下げるのとどっちが大事か、熱帯の人々に聞いてみればわかる。

日本が莫大なコストをかけて脱炭素化をやっても国益にはならず、熱帯の人々の利益にもならない。それより途上国が気候変動の被害に適応する援助をしたほうがいい。それがCOP28で損害と賠償損害と賠償としてグローバルサウスが求めたことだ。

脱炭素化とエネルギー安定供給はトレードオフになっているので、国民にとって最適のエネルギーミックスを考えることが大事だ。まずこういう目的関数の設定を考え直してはどうだろうか。

This page as PDF

関連記事

  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告では地球温暖化はCO2等の温室効果(とエアロ
  • 最近にわかにEV(電気自動車)が話題になってきた。EVの所有コストはまだガソリンの2倍以上だが、きょう山本隆三さんの話を聞いていて、状況が1980年代のPC革命と似ていることに気づいた。 今はPC業界でいうと、70年代末
  • 化石賞というのはCOP期間中、国際環境NGOが温暖化防止に後ろ向きな主張、行動をした国をCOP期間中、毎日選定し、不名誉な意味で「表彰」するイベントである。 「化石賞」の授賞式は、毎日夜6時頃、会場の一角で行われる。会場
  • 杉山大志氏の2023年2月4日付アゴラ記事で、電力会社別の原子力比率と電気料金の相関が出ていました。原子力比率の高い九州電力、関西電力の電気料金が相対的に抑えられているとのことです。 この記事を読みながら、その一週間前に
  • 東芝の損失は2月14日に正式に発表されるが、日経新聞などのメディアは「最大7000億円」と報じている。その原因は、東芝の子会社ウェスティングハウスが原発建設会社S&Wを買収したことだというが、当初「のれん代(買収
  • 3月30日、英国の政財界に激震が走った。インドの鉄鋼大手タタ・スチールの取締役会がムンバイで開かれ、同社が持つ英国の鉄鋼事業を売却処理するとの決議を行ったと発表したのである。
  • 企業で環境・CSR業務を担当している筆者は、様々な識者や専門家から「これからは若者たちがつくりあげるSDGs時代だ!」「脱炭素・カーボンニュートラルは未来を生きる次世代のためだ!」といった主張を見聞きしています。また、脱
  • 今度の改造で最大のサプライズは河野太郎外相だろう。世の中では「河野談話」が騒がれているが、あれは外交的には終わった話。きのうの記者会見では、河野氏は「日韓合意に尽きる」と明言している。それより問題は、日米原子力協定だ。彼

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑