原発がミサイル攻撃されたらどうするか
全国知事会が「原子力発電所に対する武力攻撃に関する緊急要請」を政府に出した。これはウクライナで起こったように、原発をねらって武力攻撃が行われた場合の対策を要請するものだ。
これは困難である。原子力規制委員会の更田委員長は国会で「攻撃を受けても核爆発のような被害をもたらすわけではないが、著しい環境汚染を引き起こす」と説明し、「対策は事実上ない」と答えた。

チェルノブイリ原発(iStock)
爆撃するなら原発より東京のほうが合理的
しかし原発攻撃は、現実には大きなリスクではない。ロケット弾ぐらいでは原子炉は破壊できないので、破壊するなら巡航ミサイルだが、これには目的に的中させるミサイル誘導技術が必要である。原子炉のような小さな標的に命中させて破壊する誘導技術は、中国も北朝鮮ももっていない。
やるなら1981年にイスラエル軍がイラクの原子炉を爆撃したように、爆撃機から落とすしかない。イスラエルの場合は建設中の原発を爆撃したのだが、稼働中の原発を破壊すると環境汚染が起こるだけで、効果は少ない。
核ミサイルなら命中させなくても原子炉を破壊できるが、このときは核爆発の被害のほうがはるかに大きいので、わざわざ原発のある人口密度の低い地域を核攻撃することは考えられない。
だから原発は、標的としては合理的ではない。規制委員会の田中前委員長が発言して問題になったように「原発をねらうより東京のど真ん中に落としたほうがよっぽどいい」のである。
不合理な「テールリスク」に備える戦時体制
このように原発攻撃は不合理だが、プーチンをみればわかるように、侵略戦争を仕掛ける独裁者は合理的ではない。こういうリスクをどう考えるかは、通常の安全審査とは別の問題である。
いま各地の原発で審査が行われている特重(特定重大事故等対処施設)は、テロや戦争を想定した対策だが、ミサイル攻撃には耐えられないので、航空機が落ちる程度の衝撃に耐えられるかどうかを審査している。
こういうテールリスクを考えると、原発だけではなく、都市近郊にある危険物もチェックする必要がある。たとえば東京湾のLNG(液化天然ガス)貯蔵基地を爆撃すれば、ガスが半径数kmに拡散し、大爆発を起こすので、戦術核兵器ぐらいの効果はある。
つまりミサイル攻撃に対する対策を考えることは、戦争に対応する戦時体制を考えることと同じなのだ。戦争こそ究極のテールリスクである。
「特重」の審査は原発の運転とは切り離せ
通常の正規分布に従うリスクは「ハザード×確率」という期待値で考えることができるが、戦争の起こる確率は正規分布に従わないので、期待値が存在しない。こういう場合は、万が一起こったときの最悪の被害を最小にするミニマックス原理で考えるしかない。
軍備もミニマックス原理だが、それをどのぐらいの規模にするかは期待値では決まらない。それはフランク・ナイトのいう不確実性だから、事前にリスクを計算できず、政府が決断し、それが誤っていた場合には政権を変えるしかない。
だが少なくともいえるのは、最適値はゼロリスクではないということである。原発のリスクをゼロにする簡単な方法は、すべての原発を廃炉にすることだが、日本では1人も死んでいない原発事故のリスクをゼロにするために原発を止め続けることには合理性がない。
特重はテロや航空機の墜落というさらに確率の低いテールリスクを対象にしているので、それがすべて終わってから運転しろというのは、戦時体制ができるまで飛行機も新幹線も運行するなというに等しい。
維新も提言しているように、設置変更許可の出た原発は特重と切り離して再稼動し、運転しながら審査すればいいのだ。それが原子炉等規制法の想定している手続きである。
関連記事
-
はじめに 地球温暖化に関する情報発信のあり方が、近年大きく変容している。 従来は科学者や教育機関が中心となって行ってきた知識の普及が、いまや国家機関や国際組織による「ナラティブの構築」と「異論排除」の政治的ツールと化しつ
-
トランプ途中帰国で異例のG7に 6月16-17日にカナダのカナナスキスで開催されたG7サミットは様々な面で異例のサミットとなった。トランプ大統領はイラン・イスラエル戦争によって緊迫する中東情勢に対応するため、サミット半ば
-
(前回:米国の気候作業部会報告を読む④:人間は気候変動の原因なのか) 気候危機説を否定する内容の科学的知見をまとめた気候作業部会(Climate Working Group, CWG)報告書が2025年7月23日に発表さ
-
福島第一原子力発電所の事故処理、特にその技術的課題に世間の耳目が集まる一方、その地域に住む人々の暮らしについては見過ごされがちである。しかし私には、事故を起こした原子力発電所とともに生きた経験がある。
-
小泉・細川“原発愉快犯”のせいで東京都知事選は、世間の関心を高めた。マスコミにとって重要だったのはいかに公平に広く情報を提供するかだが、はっきりしたのは脱原発新聞の視野の狭さと思考の浅薄さ。都知事選だというのに脱原発に集中した。こんなマスコミで日本の将来は大丈夫かという不安が見えた。佐伯啓思・京大教授は1月27日付産経新聞朝刊のコラムで「原発問題争点にならず」と題して次のように書いた。
-
(前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難①) 田中 雄三 トレンドで見る発展途上国のGHG削減 世界銀行の所得分類 GHG排出量に関するレポートは、排出量が多い国に着目したものが一般的ですが、本稿では、国の豊かさとの関
-
以前、「再エネ拒否データベース(Renewable Rejection Database)」をロバート・ブライスが発表したことを書いた。 世界で広がる再エネ拒否事例1104件のデータベース これは、再エネ事業が地元の反対
-
菅直人元首相は2013年4月30日付の北海道新聞の取材に原発再稼働について問われ、次のように語っている。「たとえ政権が代わっても、トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです」と、自信満々に回答している。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














