原発がミサイル攻撃されたらどうするか

2022年04月02日 22:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

全国知事会が「原子力発電所に対する武力攻撃に関する緊急要請」を政府に出した。これはウクライナで起こったように、原発をねらって武力攻撃が行われた場合の対策を要請するものだ。

これは困難である。原子力規制委員会の更田委員長は国会で「攻撃を受けても核爆発のような被害をもたらすわけではないが、著しい環境汚染を引き起こす」と説明し、「対策は事実上ない」と答えた。

チェルノブイリ原発(iStock)

爆撃するなら原発より東京のほうが合理的

しかし原発攻撃は、現実には大きなリスクではない。ロケット弾ぐらいでは原子炉は破壊できないので、破壊するなら巡航ミサイルだが、これには目的に的中させるミサイル誘導技術が必要である。原子炉のような小さな標的に命中させて破壊する誘導技術は、中国も北朝鮮ももっていない。

やるなら1981年にイスラエル軍がイラクの原子炉を爆撃したように、爆撃機から落とすしかない。イスラエルの場合は建設中の原発を爆撃したのだが、稼働中の原発を破壊すると環境汚染が起こるだけで、効果は少ない。

核ミサイルなら命中させなくても原子炉を破壊できるが、このときは核爆発の被害のほうがはるかに大きいので、わざわざ原発のある人口密度の低い地域を核攻撃することは考えられない。

だから原発は、標的としては合理的ではない。規制委員会の田中前委員長が発言して問題になったように「原発をねらうより東京のど真ん中に落としたほうがよっぽどいい」のである。

不合理な「テールリスク」に備える戦時体制

このように原発攻撃は不合理だが、プーチンをみればわかるように、侵略戦争を仕掛ける独裁者は合理的ではない。こういうリスクをどう考えるかは、通常の安全審査とは別の問題である。

いま各地の原発で審査が行われている特重(特定重大事故等対処施設)は、テロや戦争を想定した対策だが、ミサイル攻撃には耐えられないので、航空機が落ちる程度の衝撃に耐えられるかどうかを審査している。

こういうテールリスクを考えると、原発だけではなく、都市近郊にある危険物もチェックする必要がある。たとえば東京湾のLNG(液化天然ガス)貯蔵基地を爆撃すれば、ガスが半径数kmに拡散し、大爆発を起こすので、戦術核兵器ぐらいの効果はある。

つまりミサイル攻撃に対する対策を考えることは、戦争に対応する戦時体制を考えることと同じなのだ。戦争こそ究極のテールリスクである。

「特重」の審査は原発の運転とは切り離せ

通常の正規分布に従うリスクは「ハザード×確率」という期待値で考えることができるが、戦争の起こる確率は正規分布に従わないので、期待値が存在しない。こういう場合は、万が一起こったときの最悪の被害を最小にするミニマックス原理で考えるしかない。

軍備もミニマックス原理だが、それをどのぐらいの規模にするかは期待値では決まらない。それはフランク・ナイトのいう不確実性だから、事前にリスクを計算できず、政府が決断し、それが誤っていた場合には政権を変えるしかない。

だが少なくともいえるのは、最適値はゼロリスクではないということである。原発のリスクをゼロにする簡単な方法は、すべての原発を廃炉にすることだが、日本では1人も死んでいない原発事故のリスクをゼロにするために原発を止め続けることには合理性がない。

特重はテロや航空機の墜落というさらに確率の低いテールリスクを対象にしているので、それがすべて終わってから運転しろというのは、戦時体制ができるまで飛行機も新幹線も運行するなというに等しい。

維新も提言しているように、設置変更許可の出た原発は特重と切り離して再稼動し、運転しながら審査すればいいのだ。それが原子炉等規制法の想定している手続きである。

This page as PDF

関連記事

  • 先日のTBS「報道特集」で「有機農業の未来は?」との特集が放送され、YouTubeにも載っている。なかなか刺激的な内容だった。 有機農業とは、農薬や化学肥料を使わずに作物を栽培する農法で、病虫害に遭いやすく収穫量が少ない
  • 経済産業省で12月12日に再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会(以下単に「委員会」)が開催され、中間とりまとめ案が提示された(現在パブリックコメント中)。なお「中間とりまとめ」は役所言葉では報告書とほぼ同義と考え
  • GX推進法の改正案がこの5月に可決され、排出量取引制度の法制化が進んでいる。教科書的には、「市場的手段」によって価格を付けるのが、もっとも経済効率が良いことになっている。 だが、日本の場合、排出量取引制度は、既存の制度に
  • 「再エネ100%の日」って何だ? 2025年5月21日付の日本経済新聞に、「東北地方、再エネ発電量急増で出力制御が頻発 電力需要の伸び低く」という記事が掲載されていました。記事の要旨は、「燃料費ゼロの太陽光発電が捨てられ
  • 2月のドイツ総選挙においてフリードリッヒ・メルツ氏が率いるCDU/CSU(キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟)が勝利(得票率2021年時24.2%→28.5%)を収める一方、現政権を構成するSPD(社会民主党)(25
  • 日本の化石燃料輸入金額が2023年度には26兆円に上った(図1)。これによって「国富が流出しているので化石燃料輸入を減らすべきだ、そのために太陽光発電や風力発電の導入が必要だ」、という意見を散見するようになった。 だがこ
  • 時代遅れの政治経済学帝国主義 ラワースのいう「管理された資源」の「分配設計」でも「環境再生計画」でも、歴史的に見ると、学問とは無縁なままに政治的、経済的、思想的、世論的な勢力の強弱に応じてその詳細が決定されてきた。 (前
  • 米国農業探訪取材・第3回・全4回 第1回「社会に貢献する米国科学界-遺伝子組み換え作物を例に」 第2回「農業技術で世界を変えるモンサント-本当の姿は?」 技術導入が農業を成長させた 米国は世界のトウモロコシ、大豆の生産で

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑