欧州エネルギー暴騰で肥料工場の生産が7割も激減

2022年09月15日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

igorartmd/iStock

前回、非鉄金属産業の苦境について書いたが、今回は肥料産業について

欧州ではエネルギー価格の暴騰で、窒素肥料の生産が7割も激減して3割になった。

過去、世界中で作物の生産性は上がり続けてきた。これはひとえに技術進歩のお陰だが、とくに窒素肥料の効果は大きかった。

窒素肥料は、大気中に豊富に存在する窒素から、高温・高圧の化学反応プロセスを経てアンモニアを合成するという「ハーバー・ボッシュ法」によってもたらされた。

20世紀初頭のドイツ化学産業は世界一だった。その歴史の中でも燦然と輝く偉業がこの窒素肥料合成であった。

この技術の恩恵で、その後世界人口は大幅に増加したにも関わらず、今日に至るまで人々の栄養状態は劇的に改善してきた。

さてこの窒素肥料製造の工程には大量の天然ガス(ないしは国によっては石炭)を使用する。

欧州、特にドイツでは、従前はロシアのパイプラインによる安価な天然ガスを利用して窒素肥料を生産してきた。

だがいま、EUの天然ガス価格は、2年前の15倍にもなった。これは米国の10倍の価格である。

これでは全く国際競争力が無いため、欧州の窒素肥料工場は停止し、生産が激減した訳だ。

欧州肥料協会(Fertilizers Europe)は、欧州機関とEU加盟国に対し、この肥料産業の危機を回避するために早急に救済措置を取るよう要請している

そして問題は欧州に止まらない。世界全体で肥料供給が不足し、国際価格が暴騰している。

理由のひとつは欧州の工場停止で、欧州は肥料の純輸入国になりつつある。これに加えて、ロシアのウクライナ侵攻によって、ロシア・ウクライナ両国からの肥料輸出も滞っている。

世界市場での肥料価格の暴騰の影響を日本も受けている。JA全農は6~10月の肥料価格を大幅に引き上げた

だがもっとも煽りを受けるのは、貧しい国々になりそうだ。

国際肥料協会によれば、アフリカの何百万人もの人々がすでに飢餓に直面している。そのような状況において、来シーズンの世界の肥料供給は7%減と予測されている

貧しい人々にとって、高い肥料を買うことの経済的負担は大きい。のみならず、もし買い負けて肥料が手に入らなければ、作物も育たず、食料が確保できなくなる。

欧州の窒素肥料産業は、政府の救済によって企業体としては生き長らえたとしても、ロシアからの安い天然ガスはもはや供給されない。

操業を続けたければ、少なくとも今後数年は、高騰した液化天然ガスを輸入して肥料生産をすることになるが、ガスも電力も価格が暴騰し供給が不足している欧州で、果たしてそのような判断になるだろうか。

すると欧州の窒素肥料工場の操業停止はしばらく続くのではないか。

その後も、欧州の産業は高いエネルギーコストに直面することになる。脱炭素政策も追い打ちをかける。窒素肥料産業は、発祥の地である欧州から無くなってしまうのかもしれない。

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • 2025年5月2日、ゴールデンウィークの最中、秋田市内の風力発電所でブレード(羽根)が折れ、一部が落下して近くを歩いていた男性に直撃し、死亡するという痛ましい事故が発生した。これを受け、他の風力事業者は自社設備に問題がな
  • 先日、グテーレス国連事務総長が「地球は温暖化から沸騰の時代に入った」と宣言し、その立場を弁えない発言に対して、多くの人から批判が集まっている。 最近、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の新長官として就任したジム・ス
  • 1月9日放映のNHKスペシャル「2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」は「温暖化で既に災害が激甚化した」と報道した。前回、これは過去の観測データを無視した明白な誤りであることを指摘した。 一方で、
  • 2012年9月19日に設置された原子力規制委員会(以下「規制委」)が活動を開始して今年の9月には2周年を迎えることとなる。この間の5名の委員の活動は、本来規制委員会が行うべきと考えられている「原子力利用における安全の確保を図るため」(原子力規制委員会設置法1条)目的からは、乖離した活動をしていると言わざるを得ない。
  • はじめに:電気料金の違い 物価上昇の動きが家計を圧迫しつつある昨今だが、中でも電気料金引上げの影響が大きい。電気料金は大手電力会社の管内地域毎に異なる設定となっており、2024年4月時点の電気料金を東京と大阪で比べてみる
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 エルニーニョ現象、ラニーニャ現象は、世界の気象を大きく変
  • バズフィードとヤフーが、福島第一原発の処理水についてキャンペーンを始めたが、問題の記事は意味不明だ。ほとんどは既知の話のおさらいで、5ページにようやく経産省の小委員会のメンバーの話が出てくるが、海洋放出に反対する委員の話
  • 不正のデパート・関電 6月28日、今年の関西電力の株主総会は、予想された通り大荒れ模様となった。 その理由は、電力商売の競争相手である新電力の顧客情報ののぞき見(不正閲覧)や、同業他社3社とのカルテルを結んでいたことにあ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑