電力逼迫:停電の危機はこの先も絶えず続く
『羽鳥慎一のモーニングショー』にみられる単純極まりない論調
東京電力管内で電力需給逼迫注意報が出ている最中、今朝(29日)私はテレ朝の「羽鳥慎一のモーニングショー」をみていました。朝の人気番組なので、皆さんの多くの方々もご覧になられたでしょう。
今私たちが直面している『電力不足〝スワッ停電かぁ!〟』という国家的な危機をいかに乗り切るかがメインテーマでした。
しかし、解説者とパネリストを見た途端に「あっ、こりゃだめだぁ」と嘆息しました。パネルの一番右側の阿部敏樹氏がマトモそうだったのですが、番組の進行の空気感に合わせた発言に自粛シフトしていったように私の目には映りました。
私はかつてこの番組に出演したことがありますので、どうのように番組が構成されていくのかについては、その構成の基本的な考え方と実際の番組進行の〝肌感〟をある程度は知っているつもりです。
番組の構成の背景にあるのは、自然エネルギー財団のような「自然エネルギーで全て賄える」という楽観論であり、さらには「自然エネルギーで全てを賄わなければいけない」というグリーン至上の教条主義であるのです。
過去10年で、太陽光や風力などの自然エネルギーの実態は明々自白になったのではないでしょうか。
- 自然エネルギーは、お天気まかせ風まかせの不安定電源なので化石燃料火力発電による調整・バックアップが欠かせません。その結果、自然エネルギーを増やせば増やすほどCO2をバカスカと大気中に放出しています。また、発電コストが火力発電バックアップ分上昇します。
- 自然エネルギーは、勝手に必要量以上を発電してしまったり、またその逆に発電しなかったりするので、配電系に周波数の不安定な状態をやすやすと引き起こすのです。その結果、自然エネルギーを増やせば増やすほど停電が頻発してしまうという厄介な事態を招いています。
私は3.11後も相変わらず原発の真っ当な利活用を訴え続け、自然エネルギー派との討論の席では「原子力による発電比率は少なくとも40%は必要」と述べていましたので、聴衆を驚かせ怒らせた挙句にこいつは「原発右翼だ」とレッテルを貼られてしまいました。
私は原子力学者になる前の物理学徒時代に、当時の通産省が進めていたサンシャイン計画やムーンライト計画に大いに関心を寄せていました。そして、自然エネルギーの教祖エイモリー・ロビンスの教義である「ソフトエネルギー・パス」(時事通信社 1979)が発売されると飛びついて買って熟読しました。
サンシャイン計画は1974年に始まりリニューアルを経て2000年に終了しました。その主要テーマは、太陽光発電(パネルおよび集光型)、風力発電、石炭の液化、地熱利用、水素エネルギーでした。四半世紀にわたる研究開発でわかったことが二つあると私は考えています。
- いずれも日本の地政学的特徴に見合った開発でなければ大して役に立たない。
- 破壊的イノベーションはこれまでのところなかった。今後もなさそう。
後者の事例で言えば、シャープが世界に先駆けて太陽光パネルを開発したのは1959年でした。当時の変換効率(発電効率)は9%、現在は約12%程度です。最近のもっとも優れたパネルで22%(東芝製)とされています。
つまり、50年かけて倍になりました・・・ということです。とても残念ですがその程度なのですね。
地政学とは地理学と政治学の統合学ですが、地理学的に見て日本の風況は欧州の一部の国々(ドイツ、デンマーク、スペイン、英国など)に比べてとてもとても貧弱なのです。ですから欧州の風力発電の成功例は私たちにはあまり役に立ちません。
それなのに無理をすれば、それは多大なツケを生んで、最終的には国民につけまわされてくるのです。それは、いまや年間3兆円にも膨らんだ再エネ賦課金を見れば明らかではないでしょうか。再エネ賦課金はこれからもどんどん膨らんでいくということに制度上なっています。
太陽光パネルの急速な普及は国富の流出を招いただけではなく、地政学的なリスクにいまやなっているといえるでしょう。上海電力のメガソーラーにまつわる疑惑はその悪例であり、それは実は氷山の一角に過ぎないのです。
その地政学的に特異な日本の立場を真っ当に勘案しますと、日本が持続的な発展を続けて行くためには『自然エネルギーも!原子力も!!』という方針を現実的かつ着実に進めて行くほかないと私は考えています。
モーニングショーの論調は、① 電力逼迫状況を克服するためには、なお一層の自然エネルギー(太陽光、風力)の普及、② この機に乗じた原発再稼働はケシカランという2点に集約されると思いました。これはもうお見事!自然エネルギー派にとっては福音ともいえる素晴らしい内容というほかないでしょう。
しかし、このような単純極まりない論調は視聴者を不幸な方向に導くのみならず、日本の地政学的なリスクを増長させエネルギー安定供給のみならず国家の安全保障にも大きく影を落として行くことになるのではないでしょうか。
私たちを苦しめている真相はなにか
電力逼迫、広域停電は、病院などの命に関わる社会インフラが突然機能停止になる事態を招きます。また、いま政府が進めている節電要請は、酷暑のもとでの熱中症の増加を推奨しているようなものです。熱中症は死に至る病です。死に至らずとも深刻な後遺症が残ったりします。節電ポイントを差しあげますから節電しなさいというのは、自らの政策の失敗を棚に上げて私たちに死に至る労苦を押し付けるような方針であって愚策の極みです。国民を愚弄しているんじゃないでしょうか。
今度どのようにすれば、私たちは電力逼迫という『死の淵』から逃れられるのか。4つの側面から一緒に考えていきたいと思います。
1. 電力自由化と自然エネルギー
現在私たちが置かれている電力不足の根本原因は、連日の高温気象が招いたものではありません。電力システム改革つまり電力の完全自由化と脱炭素政策で自然エネルギーつまり再生可能エネルギー(太陽光、風力)の増強に急激に舵をきったことが最も深刻な根本原因になっています。
その好例が、2019年のCOP25において『気候行動ネットワーク(CAN)』から当時の小泉進次郎環境大臣が『化石賞』を受賞に見られます。この不名誉な受賞の結果、単純にも石炭火力の急速な廃止に政策転換したのです。石炭火力は今はまだ生き残っていますが、2030年までに全廃という方針を決めたのです。慌てふためいて短慮に走ったのですが、ご本人はどうもその自覚がないようです。
今回の停電危機を乗り切るためには、東京電力管内の老朽化して廃止寸前の姉崎火力発電所(LNG 60万kw)が急遽現役復帰させられることになりました。これは必要な電力の0.6%程度で、いま私たちは5%ほどの電力が不足しているわけですから、焼け石に水程度の効果しかありません。
このような事態に至ったのは、あくまでも国が電力自由化の制度設計を根本的に見誤ったことと、またそれに加えて自然エネルギー派に圧されて石炭火力発電の急速な廃止に舵を切ったことが原因のすべてなのです。ですから、事業者には責任はなく、このような電力逼迫の事態に至った責任はすべて国にあります。
2. 原子力の再稼働
いま私たちの日常としてあるこの電力不足は向こう10年以上は継続します。なぜなら、仮に今国が方針変換して、火力発電を新設しようとしても事業者が資金繰りして、許認可をへて、建設から運開する期間を考えればそれくらいの期間がかかってしまうからです。
最も手っ取り早い電力不足解消方法は、原子力発電の再稼働を急がせることです。なぜなら、現在17基の原子力発電所が再稼働しても良い状況にあります。しかし、そのなかでこれまでに稼働の実績があるのはわずかに10基。さらに驚くべきことは実際に動いている原子力発電所は様々な事情で5基程度です。17基が通常通り動けば、日本の全電力の10%以上が賄える予測です。そうすれば、少なくともいまの電力不足は一気に解決に向かうでしょう。
再稼働が順調に進まないのは、原子力発電を止めてやがては廃止に追い込むことを目的に作られた原子力規制委員会が大きな障がいになっています。原子力規制委員会は政府の〝3条委員会〟という極めて独立性の高い組織です。今の過剰な規制をなんとかするには大臣クラスでは何もできないので、岸田首相がイニシャティブを発揮しない限り原発の稼働は一向に進みません。つまり、電力逼迫の解消は岸田首相の手の中にあるということです。
経産大臣はせいぜい節電ポイントのようなもので、国民に広く節電要請をするのが関の山で、根本的な解決は何もできないのです。
そして、今から10年後そしてさらにその先を見据えればより安全でよりコスト低下が見込める新型の原子力発電所の建造に、今すぐにでも踏み切っていくのが良いのではないかと私は考えます。
3. 良い〝石炭〟火力発電
私は、昨年このアゴラで『良い石炭火力もある:教条主義的善悪二元論に囚われるな』という一文を公表しました。
今の欧米を中心とした、脱炭素の流れの考え方に忠実にしたがえば、〝二酸化炭素〟を大気中に放出しないのであれば石炭火力発電でも使っていいはずではありませんか?
日本には、そもそも従来の石炭火力に比べて二酸化炭素の排出量を20%も削減できて、天然ガス火力の二酸化炭素の排出量にも迫る『石炭ガス化火力発電(IGCC)』という独自開発の技術があります。これはそれこそかつてのサンシャイン計画で石炭をいかに効率よくかつ環境に優しく利用するかという方針のもとで編み出された日本の独創的システムです。
そしてさらに発生する二酸化炭素を回収して利用する技術であるCCUSの開発も進み現実味がいや増して来ています。
私は、10年後から先を見据えて、いますぐにこのIGCC―CCUS石炭火力発電の建造に舵を切って進めていかないといけないと思います。
日本はもっと強く自らの意思と発信力を持って『化石賞』に対抗する〝良い石炭火力〟へのシフトを世界に訴えていくべきだと考えます。それは発展途上国にとっても良い支援、つまり脱炭素の現実的な福音になるのです。そうしないと、かつての太陽光パネルのようにうまい汁はどこかの隣国に奪われていくに違いありません。
4. 電気料金の上昇
再生可能エネルギーで全電力需要を賄うのは、日本の国土制約から不可能だと考えてください。私は、『自然エネルギーも!原子力も!!』という信念から、自然エネルギーの拡充と準国産エネルギーの原子力は、独自のエネルギー資源に乏しい日本にとってはエネルギー安全保障により厚みを増していく上で欠くことの出来ない両輪だと考えています。
しかし、再生可能エネルギー増やせば増やすほど、電力料金は上昇し、今の電力料金は2倍以上になる可能性があります。しかも、それを短期に急速に進めようとすると異常な賦課金の徴収に繋がりますので、まったく得策ではありません。家計に優しくないのです。
自然エネルギー(再生可能エネルギー)は本質的に分散型エネルギーですので、それを集約して消費者に届けるためには、送電線を新設することが必要です。それには余計なお金がかかるのです。誰が負担するのか? 結局私たちに還わされるのです。
また太陽光発電は調子の良い昼間には馬鹿みたいにバンバンと過剰に発電しますが、夜間は発電量ゼロです。風力発電も同様です。風が吹かない日は必ずあります。自然エネルギーの有効利用のためには大規模な蓄電池が必要です。蓄電池はコストがお高い。そしてそれが劇的に安くなる見通しは今のところありません。
このようにして自然エネルギー増加を増加すればするほど、電気料金の上昇は今後とも延々と続いていくのです。
電気料金の上昇は日本の製造業を苦しめ家計に負担を強いて、すべての物価を押し上げることになるのです。
岸田首相の叡智と胆力
再生可能エネルギーだけで電力をすべて賄えるというようなニュアンスでものを言っている人たち、政党でいえば立憲民主、民間では自然エネルギー財団などは大嘘つきだ・・・とまでは言いませんが、ちょっとどうかしているのではないかな? と私は思います。
一時盛んに『原発ゼロ』を声高に主張していた小泉純一郎さんも、河野太郎さんも最近はダンマリを決め込んでいるようですね。
日本には自然エネルギーの推進も原子力の推進も欠かせないということです。そしてどちらも今ひずみがあります。自然エネルギーはその実力以上に急速に進めようとしていること。原子力は世界一厳しいと言われる新安全規制の審査を通過したにも関わらずまったく稼働していないということです。
岸田政権に期待したいのは、どちらもその実力に合わせた真っ当な運用をすべきなのではないでしょうか? それこそが政権運用のキモだと私は思います。岸田首相には是非その叡智と胆力を発揮していただきたく思います。
今、参議院選挙の真っ只中ですが、エネルギー・電力問題は必ずしもホットな争点にはなっていないようですが、私たち有権者は各党のエネルギー政策にもきっちりと目を向けた方が良いのではないかと思います。
そのことが家計を救い、この国の未来を拓いていくと私は思うのです。
そのためには私たち国民一人一人の叡智と胆力も問われていると思います。
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