東京都は海面上昇のみならず地盤沈下にも対策を

gyro/iStock
2022年11月7日、東京都は「現在の沿岸防潮堤を最大で1.4 m嵩上げする」という計画案を公表した。地球温暖化に伴う海面上昇による浸水防護が主な目的であるとされ、メディアでは「全国初の地球温暖化を想定した防潮堤かさ上げ」などと報道された。
しかしながら、計画案を丁寧に読んでみると、日本で起きている海面上昇の実態はよくわかっていないことがわかる。
気象庁によると、1906年からモニタリングしている日本沿岸の海面上昇速度は10 年~20 年または50 年ごとに大きく増減しており、世界平均海面水位に見られるような観測期間を通して一貫した上昇傾向は認められない(図1)。また、東京湾の潮位や日本沿岸の高波の長期的な増減傾向に関する確信度はそれぞれ「中程度または低い」とされている。
このように、東京都は気候変動による影響の不確実性を十分認識している。このため、計画案には「段階的な嵩上げを行う」という方針の下、「将来の知見やモニタリング結果により、外力の長期変化を定期的に確認し、必要に応じ適宜計画天端高(筆者注:堤防の高さ)の見直し等を行う」と慎重な姿勢が示されている。メディアで強調されているほど地球温暖化による海面上昇そのものに対して断定的ではなく、対策も柔軟だ。

図1 1906年~2019年における日本沿岸と世界の海面水位の推移(気象庁、2020に著者が凡例を加筆)。日本沿岸の海面水位に継続的な上昇傾向は見られない。
他方、東京都の計画案では言及されていないが、より重要と思われる問題がある。それは現在も東京で進行している地盤沈下の影響である。
地下水の過剰な汲み上げなどにより地盤が下がる「地盤沈下」は「相対的海面上昇」と理解することができ、実質的に海面上昇と同じ現象である(図2)。

図2 海面上昇と東京都の沿岸における地盤沈下の関係(堅田、2022を改訂)。地盤沈下量:令和4年度第1回地下水対策検討委員会資料、海面上昇量:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第1作業部会報告書。
世界全体の平均海面水位の推計によれば、1901〜2018年の間に地球温暖化によって1年あたり0.173 cm上昇している。これに対して、東京都の低地(江東、墨田、江戸川、葛飾、荒川、大田区など)に設置されたいくつかの地下水位観測井では、2016~2020年の間に最大で1年あたり0.256 cmの沈下(相対的海面上昇)が見られる。
つまり、東京では地盤沈下による相対的海面上昇が地球温暖化による海面上昇を上回る速さで進行しているのではないか、ということだ。
ただし、ほとんどの観測井は沿岸から離れており、計画案の嵩上げ対象である堤防地点での地盤沈下状況は公表されていない。モニタリングがなされているかどうかも不明である。
都民の命を守るためには、東京都は不確実としている地球温暖化による海面上昇に偏ることなく、地盤沈下の現状を評価して必要な対策を講じる必要があるのではないか。
なお、地盤沈下による相対的海面上昇は世界中の沿岸で起きている。日本では地盤沈下は過去の問題と考えられがちであるが、人口増加や経済発展とともに地下水利用が進むアジア各国では現在進行中の喫緊の課題である。
かつて、東京でも1891〜1970年には最大4.5 mもの地盤沈下が起きて、堤防の整備や橋梁の嵩上げなどが実施された。この経験と技術を海外諸国に伝えていくことが、今、日本に求められていることであろう。

関連記事
-
中国の台山原子力発電所の燃料棒一部損傷を中国政府が公表したことについて、懸念を示す報道が広がっている。 中国広東省の台山原子力発電所では、ヨーロッパ型の最新鋭の大型加圧型軽水炉(European Pressurized
-
6月20日のWSJに、こういう全面広告が出た。出稿したのはClimate Leadership Council。昨年の記事でも紹介した、マンキューやフェルドシュタインなどの創設した、炭素税を提唱するシンクタンクだが、注目
-
地球温暖化は米国では党派問題である。民主党支持者は「気候危機だ、今すぐ大規模な対策が必要」とするが、共和党支持者は「たいした脅威ではなく、極端な対策は不要」とする。このことは以前述べた。 さて米国では大手メディアも党派で
-
東京電力福島第一原子力発電所の事故は、想定を超えた地震・津波により引き起こされた長時間の全交流電源の喪失という厳しい状況下で炉心溶融に至ったものです。 それでも本来事故以前から過酷事故対策として整備してきていた耐圧強化ベ
-
「必要なエネルギーを安く、大量に、安全に使えるようにするにはどうすればよいのか」。エネルギー問題では、このような全体像を考える問いが必要だ。それなのに論点の一つにすぎない原発の是非にばかり関心が向く。そして原子力規制委員会は原発の安全を考える際に、考慮の対象の一つにすぎない活断層のみに注目する規制を進めている。部分ごとしか見ない、最近のエネルギー政策の議論の姿は適切なのだろうか。
-
本年5月末に欧州委員会が発表した欧州エネルギー安全保障戦略案の主要なポイントは以下のとおりである。■インフラ(特にネットワーク)の整備を含む域内エネルギー市場の整備 ■ガス供給源とルートの多角化 ■緊急時対応メカニズムの強化 ■自国エネルギー生産の増加 ■対外エネルギー政策のワンボイス化 ■技術開発の促進 ■省エネの促進 この中で注目される点をピックアップしたい。
-
米国における電力自由化の失敗例としては、電力危機を引き起こしたカリフォルニアの事例が有名である。他方、成功例としてテキサス州があげられることがある。
-
今春、中央環境審議会長期低炭素ビジョン小委員会がとりまとめた報告書では、長期の脱炭素化に向けた施策の中核としてカーボンプライシングを挙げている。この問題については、今後、国内的にも様々な議論が行われることになるだろう。そ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間