防衛より巨額な脱炭素、GX実行会議にパブコメを出そう

2023年01月08日 07:00
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

「GDPの2%」という防衛費騒動の陰で、それよりも巨額な3%の費用を伴う脱炭素の制度が、殆ど公開の場で議論されることなく、間もなく造られようとしている。これは日本を困窮化するかもしれない。1月末に始まる国会で守るべき国民の利益は何か。

やや長文だが、ぜひお付き合い頂きたい。

kid-a/iStock

GX実行会議のパブコメ募集

岸田首相肝いりで政府が進めてきた「GX実行会議」が「GX実現に向けた基本方針(案)」をまとめ1月22日までの期間でパブリックコメントを募集している。

GX実行会議HP

コメント対象となるのは以下の2文書(と思われる。なぜかはっきりと上記リンクに書いていないが)

GX実行に向けた基本方針(案)(以下、「基本方針(案)」)
GX実行に向けた基本方針(案) 参考資料(以下、「参考資料」)

政府はこのパブコメを受けたのち、1月27日ごろに始まるとされる通常国会に、具体的な法案を提出する構えである。

なぜパブコメが重要か

パブコメ募集では「これは、今後のGX実現に向けた政策課題やその解決に向けた対応の方向性等を整理するものです。」とのこと。GXというのはグリーントランスフォーメーションであり、脱炭素政策のことだ。「忌憚のない意見を」とのことなので、本稿を参考に、読者諸賢もぜひ提出されたい。

ところで、通常は、パブコメというのは全て物事が決まってから儀式の様に行われるもので、徒労の感がある。

だが今回はパブコメが重要だ。

なぜなら、今回のプロセスは、従前のエネルギー政策とはかなり異なっていたからだ。

「官邸主導」のGX実行会議で、岸田政権の首相や大臣から、2022年末の僅か3か月ぐらいの短期間に、矢継ぎ早に次々に提案があり、それがほぼそのまま「基本方針(案)」に盛り込まれてきた。

つまり短い期間に、官邸と一部の人々の間の議論だけで、かなり重大な内容が定まってきた訳だ。しかしこの間、審議会などの公開の場での議論は、殆どなされてこなかった。

だがその内容を見ると、通常国会に向けて、議論を喚起すべき点がいくつもある。

原子力の活用と安定・安価なエネルギー

まず、これはだいぶ報道されたが、「原子力の最大限活用」が盛り込まれた。これは歓迎したい。該当箇所は下記:

「安定的で安価なエネルギー供給を実現するのが最優先課題」、というのも適切だ:

その言や良し。だが問題は、これをどうやって実現するか、である。

高コストな技術が並ぶ

原子力以外の、具体的な技術のリストを見ると、かなり心配になる。

「参考資料」は技術開発・普及のロードマップになっている。このようなロードマップ自体は、以前から経産省をはじめとして各省庁が「グリーン成長戦略」などとして検討していたものの焼き直しで、さほど目新しさはない。そして「基本方針(案)」も大半はその羅列になっている。

その技術のリストを見ると、再生可能エネルギーを大量導入する(約31兆円~)、それによって水素を作る、あるいは水素を海外から輸入して燃料として使い製鉄する、海外の水素からアンモニアを合成して輸入して火力発電燃料にする(約7兆円)、海外の水素でメタンを合成して輸入して天然ガスを代替する等(約3兆円)、―――となっている(図)。

だがこれらはいずれも、万事順調に技術開発が進んだとしても、既存技術に比べて大幅に高コストになりそうだ。高コストになる理由はエネルギー工学の原理的なところに由来するものなので、そう簡単には解決しそうにない。どの技術も、これまでの常識を覆すような相当な発明が幾つもないと解決しないような難しい課題を抱えている。

太陽光や風力発電などの変動性の再生可能エネルギーに投資したからといって、能動的に出力を変動できる火力発電が要らなくなる訳では無い。従ってその価値はせいぜい火力発電の燃料費分しかなく、必然的に二重投資になる。この欠点を補うために送電線を建設しバッテリーを設置するとしているが、これもコスト要因になる。

また再生可能エネルギーで生産する水素を輸入するとなっているが、これが安価になる見通しは立っていない。さらに、日本に輸入するために水素を液化するというが、これには莫大なエネルギーがかかり、これもコスト高になる。液化する代わりにアンモニアやメタンにするというが、この化学反応をさせるにはそのための工場が余計に必要になるし、ここでもエネルギーを使うのでロスが発生する。

基本方針(案)では、こういった技術について、研究開発するための費用、そして社会実装するための費用まで政府が補助をする、としている。のみならず、出来上がったエネルギーはどうやっても既存のエネルギーに比べて高価になるので、その価格差を埋めるための補助金まで出す、としている。まるで政府丸抱えの様相だ。

もちろんこれには巨額の費用が必要であるし、日本はますます高コスト体質になるので、経済成長に資するとは考えにくい。

順調にいっても高コストにしかならないような見通しであれば、当該技術については、当面の間、政府の役割は基礎研究の支援に止めておくべきだろう。

政府がグリーン成長と言い始めたのは2009年の民主党政権にさかのぼる。当時の目玉は太陽光発電の大量導入だった。その帰結として、いま年間3兆円の再エネ賦課金の負担が発生している。経済成長に資するどころか重荷になっている。基本方針(案)が、これを何倍にして再現するものに陥ってしまうことが危惧される。

そもそもグリーン成長というのが虚構である。CO2を削減するにはコストがかかるのが当然だ。RITEの試算では、2030年に△46%という数値目標達成のためには、約30兆円のGDP損失が発生するとされている。(RITE資料、p8

GX経済移行債とカーボンプライシング

基本方針(案)には、更に重大な問題がある。実施体制である。

今回のプロセスでは、広く議論がされることなく、具体的な制度設計に関する重要な事項まで「基本方針(案)」に提示されている。

まずは「GX経済移行債」。

「10年間で150兆円を超えるGX投資」を実現するため、「20兆円のGX経済移行債」を発行する、としている:

GX経済移行債は「カーボンプライシングで償還する」となっている。

だがこれは問題だらけだ。

まず、論理矛盾である。GX経済移行債で経済成長が出来ると言うなら、法人税・所得税・消費税などにより一般財源の増収があるはずで、それで償還できるからだ。これは建設国債と全く同じ話である。本当にGX実行戦略が経済成長をもたらすなら特別な償還財源など要らないはずだ。

それに、カーボンプライシングは前述の「安定安価なエネルギー供給を図る」という基本方針(案)の目的にもそぐわない。

そもそも「GX経済移行債」20兆円が、本当に、経済成長に資すると政府は思っているのだろうか。再エネの大量導入などでエネルギー価格が高騰した上に、カーボンプライシングの負担まで増えることになるとすれば、日本経済は沈んでしまうのではないか。じつは経済成長しないと感づいているから、カーボンプライシングで償還するなどと言っているのだろうか。だとすれば国民を欺いていることになる。

「GX経済移行推進機構」の設立

なお一層心配なのは、このカーボンプライシングの制度についてである。

基本方針(案)では、カーボンプライシングとは化石燃料への賦課金および排出量取引制度であるとして、それを管理するために「GX経済移行推進機構」を創設する、としている:

欧州の先例をみても、排出量取引制度は複雑化する傾向にあるため、導入すればどうしても行政の負担が増す。そこで新たな機構を作る必要が生じる、という論理は、一応はありうるだろう。

だがその一方で、重大な問題が生じる。かかる「機構」を作れば、行政の本能として、この機構を維持・拡大しようとするようになるのではないか。そのためにカーボンプライシング制度が存続し強化されるとなれば、本末顛倒となる。安定・安価なエネルギーも経済成長も望めない。

そもそも排出量取引制度は、欧州がその典型例だが、失敗の連続だった。行政が肥大化し、排出権割り当てのルール変更が延々と続き、価格は不安定なままだった。なぜ日本が追随する必要があるのか。

またGXと銘打っている以上、その活動内容は国際的なグリーン投資のガイドラインに束縛されることになるだろう。ところが、何がグリーンかという内容はその時々で、特に欧州の政治状況に影響されてころころ変わる。例えば、またぞろ「原子力はグリーンではない」などルール変更をするかもしれない。これでは経済成長に資するという目的を果たすことはますます難しくなる。

日本の計画経済化

基本方針(案)ではGX経済移行債を発行するのは「10年間で150兆円を超えるGX投資」を実現するためだ、としている。そして、この巨額の投資を、「規制・制度的措置」と一体的な政府の「投資促進策」によって実現するとしている。これは果たして妥当だろうか:

この金額の規模から言って、特にエネルギーの生産・消費に関連する投資には、事実上、ことごとく政府が関与することになるのではないか。

どの技術に投資するか政府が決定するというのは、計画経済である。これでは経済成長は望めない。政府主導で、高コストで世界に売れない技術ばかりが推進されることになるのではないか。

財務省や政治家は、本来なら150兆円、20兆円といった巨額の予算の妥当性や、新しい政府機関である「機構」の設立といった提案に敏感に反応して、大いに議論すべきだ。だが未だ出来ていないようだ。

10年間で150兆円といえば年間15兆円だからGDPの3%である。防衛費を2%に上げるために国会は揺れているが、実は防衛費よりも温暖化対策の方が巨額の費用の話になっている。

また「機構」を設立して累計20兆円のカーボンプライシングを管理運営させるというのは、年間1兆円規模の新たな特別会計と政府外郭団体を造るというのに等しい。

このような重大な意思決定である割には、公開の場でまともな議論が殆どなされていない。

「GX実現に向けた基本方針」の訂正に向けて

以上、問題点を縷々のべてきたが、官邸が主導してきた案なので、今更ゼロクリアすることは考えにくい。そこで、通常国会で修正するとしたらどうすべきか考えてみる。

まず現行の案でも、具体的な事業の選定についてはPDCAを回すことになっているから、これを着実に実施する体制を作ることが重要だろう:

事業の効果として、費用対効果をきちんと分析すれば、再エネの大量導入などありえないだろう。他方で、原子力や核融合を推進するためであれば、安定安価なエネルギー供給と経済成長に資するという目的に合致するから、国債を発行してもよかろう。

ただしカーボンプライシングや「GX経済移行推進機構」は要らない。

  • 「GX経済移行債」はGXと冠することは止め、国債発行による投資は原子力など経済成長に資するものに限ることとして、建設国債と同様に一般財源で償還すればよい。
  • 従って償還財源としてのカーボンプライシングは要らない。
  • カーボンプライシングを管理する「GX経済移行推進機構」も要らない。

最後に一言。基本方針(案)の冒頭に以下の記述があるが、これは科学的に正しくないので削除すべきである:

異常気象の「増加」はそもそも観測されていない。「大規模な自然災害の増加」は経済成長による被害金額の増大だけであり、気候変動との関係はない。

キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志』のチャンネル登録をお願いします。

This page as PDF
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)非在来型ウランと核燃料サイクル アゴラ研究所、池田信夫氏の論考です。もんじゅは廃炉の方向のようですが核燃料
  • 経済産業省は、電力の全面自由化と発送電分離を行なう方針を示した。これ自体は今に始まったことではなく、1990年代に通産省が電力自由化を始めたときの最終目標だった。2003年の第3次制度改革では卸電力取引市場が創設されるとともに、50kW以上の高圧需要家について小売り自由化が行なわれ、その次のステップとして全面自由化が想定されていた。しかし2008年の第4次制度改革では低圧(小口)の自由化は見送られ、発送電分離にも電気事業連合会が強く抵抗し、立ち消えになってしまった。
  • 先進国ペースで交渉が進んできたことへの新興国の強い反発――。最大の焦点だった石炭火力の利用を巡り、「段階的廃止」から「段階的削減」に書き換えられたCOP26の合意文書。交渉の舞台裏を追いました。https://t.co/
  • 原子力規制委員会は24日、原発の「特定重大事故等対処施設」(特重)について、工事計画の認可から5年以内に設置を義務づける経過措置を延長しないことを決めた。これは航空機によるテロ対策などのため予備の制御室などを設置する工事
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 筆者は毎日、大量に届くエネルギー関連記事を目にするわけだが、相も変わらず科学的根拠のない暴論が世に蔓延するのを見て、この国の未来に対し暗澹たる気持ちに襲われる。また、これらの暴
  • 村上さんが委員を務める「大阪府市エネルギー戦略会議」の提案で、関西電力が今年の夏の節電期間にこの取引を行います。これまでの電力供給では、余分に電力を作って供給の変動に備えていました。ところが福島の原発事故の影響で原発が動かせなくなり、供給が潤沢に行えなくなりました。
  • 【概要】原子力規制委員会の原子力発電所の安全審査ペースが急速に鈍化している。2016年下期に本体施設3基を許可したのをピークに、その後、期ごとの許可実績が2、2、1、0、0基と減っている。 審査している原発が無くなったの
  • 言論アリーナ「地球温暖化を経済的に考える」を公開しました。 ほかの番組はこちらから。 大停電はなぜ起こったのかを分析し、その再発を防ぐにはどうすればいいのかを考えました。 出演 池田信夫(アゴラ研究所所長) 諸葛宗男(ア

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑