ブラックサタデー、ドイツの脱原発のウソ

deepblue4you/iStock
2023年4月15日(土曜日)、ドイツで最後まで稼働していた3機の原発が停止される。
ドイツのレムケ環境大臣(ドイツ緑の党)はこの期にご丁寧にも福島県双葉町の「東日本大震災・原子力災害伝承館」を訪れ、「福島の人々の苦しみを知ることができた」と語った。
ドイツは早くも1990年代に2032年頃目処の脱原発を政治方針として決定していたが、2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を受けて、2023年の脱原発を決めた。そのテコとなったのが当時のメルケル首相の肝いりで急造された〝倫理委員会〟であった。
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、EUとりわけドイツのエネルギー事情は大混乱をきたした。とりわけロシアから供給される天然ガスが拠り所だったが、その供給が途絶えたことにより、ドイツ国内で原子力発電を利用し続けよという声が高まった。
最近の世論調査によれば、ドイツ国民の6割以上が原子力発電を支持しているという結果が得られている。しかし、ドイツの原発はこれ以上の燃料の備えがない、安全性の改善をするには多額の費用がかかることなどで、これ以上の継続運転はどうやっても無理という状態に追い込まれていた(「ドイツの大転換の大失敗」参照)。

稼働していた3基のうちのひとつエムスラント原子力発電所
Wikipediaより
一つめのウソ
ドイツの脱原発は環境にも人にも優しくなく、サスティナブルからは程遠い。
3基の原発が担ってきた発電量6%の欠落は大きく、自国で賄うには環境的にブラックな石炭、しかも質の悪い褐炭に頼るしかない。なお脱石炭の年度目標は2032年に設定されている。脱原発から10年のタイムラグをおいてなんとかごまかそうという腹黒い魂胆が見え透いている。
しかも、忘れてはならないのは、太陽光や風力といった不安定かつ変動する電源を増やせば増やすほど石炭火力でバックアップしなければならない。太陽光は天気の影響を大きく受けるし、夜はなんの役に立たない。ドイツの風況は良いとされているが、風の吹かない日は必ずやってくる。したがって、太陽光や風による再生可能エネルギーへの依存度をあげればあげるほど、ますます石炭火力など化石燃料に頼らざるをえず、真っ黒になるということである。
脱原発はグリーンでもなんでもなくブラックなのである。
二つめのウソ
一国脱原発主義のまやかし。
EU諸国は電力網が国々をまたがって繋がっている。隣国との電気の輸出入は日常茶飯に起きている。
ドイツの隣のフランスは原発大国である。
2022年2月、フランスのマクロン大統領は、脱炭素政策の目玉として最大14基の大型原子力発電所を増設すると発表した。欧州の大国のなかでは、フランスの電源構成は脱炭素に一番近い。原子力が67%、水力・風力・太陽光などの再生可能エネルギーが24%、残りが火力という構成である。
今後新設される原子力発電所で生み出される電気は、自国の脱炭素をなお一層進めるとともに、ドイツなどの隣国に輸出される。「脱原発」をドイツが達成したとしてもそれは見せかけ上のことで、フランスで生み出された原子力の電気を輸入すれば事足りるのである。
そもそもドイツ一国だけが脱原発してもEUの大勢には影響がなく、原発依存が進行していく——それがネットゼロ(ゼロカーボン)未来の現実である。
4月15日はドイツの〝脱原発記念日〟としてめでたくもあるが、その一方でこの日はウソに糊塗された《ブラックサタデー》としても記憶されるであろう。
日本の脱原発・再エネ推進論者はことあるごとにドイツを引き合いに出し、手本にすべしというような論調を好んで発信するが、私たちはそこにあるウソに騙されてはならないと思う。

関連記事
-
4月13日 ロイター。講演の中で橘川教授は「日本のエネルギー政策を決めているのは首相官邸で、次の選挙のことだけを考えている」と表明。その結果、長期的視点にたったエネルギー政策の行方について、深い議論が行われていないとの見解を示した。
-
外部電源喪失 チェルノブイリ原子力発電所はロシアのウクライナ侵攻で早々にロシア軍に制圧されたが、3月9日、当地の電力会社ウクルエネルゴは同発電所が停電していると発表した。 いわゆる外部電源喪失といって、これは重大な事故に
-
大気に含まれるCO2が地表から放射される赤外線を吸収しても、赤外線を再放射する可能性がほとんどないことを以下に説明する※1)。 大気中の分子は高速で運動し、常に別の分子と衝突している 大気はN2やO2などの分子で構成され
-
トランプ前大統領とハリス副大統領の討論会が9月10日に開催される。大統領選に向けた支持率調査によると、民主党の大統領候補であるハリス副大統領が42%、共和党候補のトランプ前大統領が37%で、ハリス氏がリードを広げていると
-
ESGだネットゼロだと企業を脅迫してきた大手金融機関がまた自らの目標を撤回しました。 HSBC delays net-zero emissions target by 20 years HSBCは2030年までに事業全体
-
リスク情報伝達の視点から注目した事例がある。それ は「イタリアにおいて複数の地震学者が、地震に対する警告の失敗により有罪判決を受けた」との報道(2012年 10月)である。
-
きのうのシンポジウムでは、やはり動かない原発をどうするかが最大の話題になった。 安倍晋三氏の首相としての業績は不滅である。特に外交・防衛に関して日米安保をタブーとした風潮に挑戦して安保法制をつくったことは他の首相にはでき
-
(前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難④) 田中 雄三 発展途上国での風力・太陽光の導入 発展途上国での電力需要の増加 季節変動と予測が難しい短期変動がある風力や太陽光発電(VRE)に全面的に依存するには、出力変動対
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間