「核なき世界」を遠ざけてしまったオバマ大統領の失政

2023年05月22日 06:50
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元原子力発電環境整備機構(NUMO)理事、元核燃料サイクル開発機構(JNC)理事

Wikipediaより

G7首脳が原爆資料館を視察

G7広島サミットが開幕し、各国首脳が被爆の実相を伝える広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れ、人類は核兵器の惨禍を二度と繰り返してはならないとの認識共有を深めた。

しかし現実にはウクライナを侵攻するロシアは核の恫喝をためらわず、本年2月には新戦略兵器削減条約(新START)の履行を一方的に停止してしまった。また中国では「台湾統一は歴史的任務」と語る習近平国家主席の指導体制が3期目に入り一層の権力集中が進む中、核戦力増強も加速されており、2035年までに核弾頭保有数は4倍になると見込まれている。さらに北朝鮮の核ミサイル開発に関しては、中露の拒否権行使で国連の制裁決議案は否決され、暴走を止められない。

こうして核の脅威は冷戦後では最も高まっており、「核なき世界」への道は大きく遠のいている。

2010年頃は米露間の核の脅威削減に光明が見えていた

今ではすっかり忘れ去られているが、2009年9月に米露間で実効性のある核の脅威削減に関する画期的な協定が締結された。「プルトニウム管理処分協定」(PMDA)という協定で、戦略核兵器削減条約(START)等で進められる核兵器解体で生ずる余剰プルトニウムを双方で34トンずつ処分する協定である。この協定で人類は合計1万7千発分の核の脅威から解放されることが約束されたのである。

紆余曲折はあったが、米国は軽水炉で、またロシアは高速炉(BN600およびBN800)で、ともに当該プルトニウムをMOX燃料にして燃やすことで合意された。

この場合燃やすといっても、プルトニウムが消えてしまうわけではないが、燃焼後のプルトニウムは品位が著しく低下して原爆には使えなくなってしまう。核の脅威をなくす実効性のある処分法だ。その実施に向け、米国では共和党ブッシュJr.政権下の2007年にサバンナリバーでMFFFというMOX燃料工場の建設が開始され、ロシアでもMOX燃料製造体制の整備が進められた。

オバマ政権の迷走で奪われた核の脅威削減のまたとない機会

2009年に政権交代で登板し民主党のオバマ大統領は、就任後チェコのプラハで「核なき世界」演説をして喝さいを浴び、同年のノーベル平和賞を受賞した。彼が掲げた理想実現に向けては、ロシアとの協定PMDAの履行は重要な土台の一つとなるはずであった。

しかし不幸なことに、民主党系の核不拡散専門家集団の中には、解体核のプルトニウム処分法としてMOX燃焼方式をとることはプルトニウム民生利用推進派を助長させるとして不満を持つグループがあった。彼らは2012年にMFFFの建設費高騰が表面化したのを契機に、安価な「希釈処分法」注1)に切り替えMOX燃焼方式を放棄させる強烈なロビー活動を開始した。

当時のエネルギー省のモニツ長官もこの活動の実質的支援者であったことからオバマ大統領もその方向になびき、2014年には建屋は完成に近づき、内装機器も8割が発注済みで現場への設置が進んでいたMFFFの建設を凍結させてしまい、2016年2月にはついに建設を打ち切って希釈処分法に切り替える決断を下した。彼が伊勢志摩サミットで来日し、広島の原爆資料館を訪問して「核なき世界」への所感を述べた3ヶ月前のことである。

この一方的方針転換に激怒したロシアのプーチン大統領は、同年10月にPMDA履行凍結の大統領令を発令した。「希釈処分法」では、プルトニウムの品位がそのまま保たれ、兵器への再利用の道を完全遮断できないからである。当時ロシアはMOX燃料工場をすでに完成させ、BN800も完成しており、稼働中のBN600も含め、MOXでの燃焼処分体制がすでに整えられていたのである。

実際のMFFF建設契約破棄は、翌年政権を奪回した共和党のトランプ政権でなされたが、いずれにしても1万7千発分のプルトニウムの燃焼・廃棄を約束していたPMDAはあえなく流産してしまった。その流産を決定づけたのは、オバマ大統領の希釈処分法への一方的方針変更であり、人類から核の脅威削減の機会を奪った重大責任はひとえにオバマ氏と、その後ろでMOX燃焼方式放棄を画策した民主党系核不拡散専門家集団にある。

かくして、ウクライナ侵攻で西側から戦争犯罪人呼ばわりされているプーチン大統領の手元には、核戦力増強に必要な兵器級プルトニウムが有り余るほど残されている。

歴史にIFはないけれど

MFFFの総建設費は、オバマ大統領が建設を凍結した時点で約78億ドルと見積もられていた。日本円にすれば1兆円前後で、昨年度の我が国の再エネ買取り費用の三分の一にも満たない。オバマ政権はその程度の出資を惜しんで核の脅威削減のツールPMDAを反故にしてしまった。信じられない失政である。

ロシアのウクライナ侵攻後、米国のウクライナ支援総額は今年1月時点で731億ユーロ(約10兆円)と報じられており、今後どこまで増えるのか誰も予想できない。こうした有事の後の出費に比べれば、脅威のリスク回避のための1兆円は決して高くはない。

歴史にIFはないが、MFFFの建設を遅滞なく進めていれば、米露双方でプルトニウムの燃焼処分が進展し、両国の間で削減量の相互検証が実務レベルで進み始めていたであろう。核問題での両国のそうした緊密な協働作業が進展していれば、それはプーチン大統領がウクライナ侵攻などという暴挙に出ることに対するブレーキ作用を何らかの形でもたらしたのではないだろうか。少なくともPMDAの流産は、核問題に関する米露間の継続的対話のレベルを著しく低下させたことは疑う余地がない。

PMDAの成立と流産は、核軍縮は核を持つ当事国同士が協調できた時にのみに前に進み、当事者同士が協調できなければ決して進まないことを如実に示している。

欧米型民主主義国家と覇権主義国家との間の溝が深まっている今日、核を持つ当事国間での真摯な対話は不能になっている。この溝が将来埋められる方向に世界が進むのか否かは、ロシアのウクライナ侵攻がどのような形で終息するのかに大きくかかわっている。

注1)希釈処分法とは、酸化物粉末にしたプルトニウムをそれに似た性状の粉末(分離がしにくい)で希釈したうえで保護管に密封して地下深部に埋設する方法。プルトニウムとしての品位は変わらないので回収して核兵器に再利用する道が完全に断ち切れるわけではなく、米国科学アカデミーも早い時期に解体核プルトニウムの処分法の候補から排除していた。

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元原子力発電環境整備機構(NUMO)理事、元核燃料サイクル開発機構(JNC)理事

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