溝が深まるG7とG20:分断を加速させる「1.5℃真理教」の呪縛
前回の投稿においてG20エネルギー移行大臣会合の合意失敗について取り上げたが、その直後、7月28日にチェンナイで開催されたG20環境・気候・持続可能大臣会合においても共同声明を採択できす、議長サマリーを発出して終了した。
合意できなかったのは全68パラグラフのうち、63〜66のパラグラフである。ロシアを含むG20においてウクライナ戦争をめぐる表現に合意できないことは毎度のことになっているが、温暖化防止、エネルギー転換等についても合意が得られなかったことは、この問題に関するG7諸国とその他の溝は大きい。主な争点は以下のとおりである。
排出削減目標をめぐる不一致(パラ63)
5月のG7サミットにおいては、IPCC第6次評価報告書(AR6)を踏まえ、1.5度目標を達成するためには世界のGHG排出量を2025年にピークアウトさせ、2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することが必要であるとし、「2030年NDC目標又は長期低GHG排出発展戦略(LTS)が1.5度の道筋及び遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標に整合していない全ての締約国、特に主要経済国に対し、COP28より十分に先立って2030年NDC目標を再検討及び強化し、LTSを公表又は更新し、遅くとも2050年までのネット・ゼロ目標にコミットするよう求める」との共同声明が採択された。
筆者はこのようなメッセージが中国、インド、サウジ、ロシア等が参加するG20において採択されることは100%有り得ないと考えていたが、果たしてG20で合意済みのパラグラフでは「パリ協定の気温目標にNDCを整合させていない全ての国に対し、各国の異なる事情を考慮しつつ、2023年末までに、必要に応じて2030年目標を再検討し、強化するよう求める」との過去、合意済みの文言を繰り返すにとどまった。
「パリ協定の気温目標」は産業革命以降の温度上昇を1.5℃~2℃に抑制するものであり、1.5℃よりも求められる削減スピードが緩やかであるため、中国、インドの目標引き上げのプレッシャーにはならない。
他方、合意が得られていない議長サマリーは以下のとおりである。
G20メンバー間の討議では、IPCCの最新報告書の見解や世界的なモデル経路等、緩和に関する問題が取り上げられた。一部のG20メンバー(①)は、遅くとも2025年までに排出量を世界的にピークアウトさせ、2019年比で2035年までに排出量を60%削減する必要性を強調した。気候シナリオとモデルのギャップ、枯渇しつつあるカーボンバジェット、歴史的排出量、現在の排出量、予測排出量が議論され、2030年までにメタンを含むCO2以外の温室効果ガスを削減するための行動の必要性が強調された。
・・・・・また、一部のG20メンバー(②)は、パリ協定の気温目標を達成するためには、排出削減と除去の両方が重要であると述べた。一部のG20メンバー(③)は、先進国が2040年までにネット・ゼロを達成する必要性を述べた。
「一部のG20メンバー」が3回出てくるが、①はG7諸国を中心とする先進国、②はサウジ、ロシア等の資源国及び中国、インド、③は中国、インド、南ア。サウジ等の新興国であろう。
G7諸国はIPCC第6次評価報告書に記載されている2025年ピークアウト、2035年▲60%を金科玉条とし、これを12月のCOP28のグローバルストックテイクの結論文書にも入れようと目論んでいるが、G20の新興国メンバーはIPCCの数字を所与のものとしていない。
途上国のシンクタンクThird World Network はIPCCのシナリオ分析は気候変動枠組み条約の「公正だが差異のある責任」や衡平性の原則を考慮しておらず、これらの数字が実現すれば先進国と途上国の所得格差や一人当たりエネルギー消費の格差が縮小しないと批判している。
したがって「IPCC報告書は各国が参加する総会で採択されているのだから、報告書中の数字についても見解が一致している」と考えるのは誤りである。
また「先進国が2040年までにネット・ゼロを達成する必要がある」との主張は、昨年のCOP27において有志途上国(LMDC)が「先進国が2050年全球カーボンニュートラルを主張するならば、率先して2030年までにカーボンニュートラルを達成し、その後はネガティブエミッションに移行することにより、途上国に炭素スペースを回すべき」との議論を踏まえたものであり、ゼロサムゲームである温暖化問題の難しさを如実に物語っている。
化石燃料フェーズダウンをめぐる議論(パラ64)
G7共同声明では「1.5度目標抑制に必要な軌道に沿って、遅くとも2050年までにエネルギーシステムにおけるネットゼロを達成するため、排出削減対策を講じていない化石燃料のフェーズアウトを加速するとのG7のコミットを強調し、他国に対しても同様の行動をとることを求める」とされていた。
しかし、化石燃料フェーズアウト(あるいはフェーズダウン)についてはG20エネルギー移行大臣会合においてコンセンサスが得られておらず、環境・気候・持続可能大臣会合においては「気候エネルギー・ネクサス、再生可能エネルギーの規模拡大の更なる加速、再生可能エネルギーキャパシティの3倍増、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズダウン、エネルギー効率の改善率の世界全体での2倍増、既に利用可能な低排出・ゼロエミッション技術の規模拡大、炭素除去・排出削減技術、エネルギーミックスの多様化、ネット・ゼロ・エネルギー・システム、低コストのファイナンスへの途上国のアクセス等、様々な問題が取り上げられた」と記述されるにとどまっている。
議論はしたが、コンセンサスはないということである。
EU国境調整措置に関する不一致(パラ65)
議長サマリーでは「一部のメンバーは、気候行動を理由とする偽装された貿易制限や炭素国境調整措置(CBAM)の問題について審議の必要性を表明し、数か国のメンバーは、同問題に関して意見が一致しなかった」とされている。
EUのCBAMについて問題提起した「一部のメンバー」は中国、インド、ロシア等であろう。既に6月の補助機関会合において途上国サイドから「環境保護に偽装された保護主義の排除をうたった気候変動枠組み条約に反する」との指摘がなされているが、G20において問題提起されたのは初めてである。 CBAMに対する反発は今後もいろいろな局面で表面化することになるだろう。
このようにG7とG20の間には温暖化防止の目標値や化石燃料の扱いにおいて大きな溝がある。今後の温室効果ガスの帰趨を左右するのはG7ではなく、G20に参加している非先進国であることを考えれば、1.5度目標は既に死んでいるも同然である。
それでも国連のグテーレス事務総長は相変わらず、環境原理主義的な過激な議論を繰り返しているが、6月のIPCC総会で選出されたジム・スキア議長が「1.5℃の目標は存亡の危機ではない。1.5℃の気温上昇が人類の存亡を脅かすとほのめかすのは良くない。地球の気温がこれだけ上昇しても、絶望したり、ショックに陥ったりするべきではない」と述べているのと対照的である。
いい加減、「1.5℃真理教」から解放されないと、温暖化防止の解がなくなり、先進国と途上国の分断はますます進むことになるだろう。
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