もう脱炭素のコストを隠さないスナクの歴史的演説
英国のリシ・スナク首相が英国の脱炭素政策(ネットゼロという)には誤りがあったので方針を転換すると演説して反響を呼んでいる。
日本国内の報道では、ガソリン自動車・ディーゼル車などの内燃機関自動車の販売禁止期限を2030年から2035年に延期したことが専ら注目された。
だがこの演説はもっと重要な内容を含んでいる。具体的な政策について述べただけではなく、首相がこれまでの英国政府の誤りを指摘し、今後の方針を明確に述べたからだ。
最も重要なことは、保守党にせよ労働党にせよ、「歴代の英国政府はネットゼロのコストについて国民に正直でなかった」とはっきり断罪したことだ。コストについての議論や精査が欠如していた、とも言った。これらをすべて変え、今後は、難渋な言葉で誤魔化すのではなく、正直に説明する、とした。特に議会は、炭素排出の総量(炭素予算carbon budgetと呼ばれる)を承認する際には、それを達成するための計画を同時に精査すべきだ、とした。
そして「禁止、規制、課税」をしない、「強制ではなく同意が必要」という”新しいアプローチ “を採るとした。具体的には、内燃機関自動車禁止の期限の延期に加えて、ガスボイラー禁止の期限も延期する。住宅の断熱改修義務付けの計画も変更する。つまり期限が差し迫った規制をことごとく延期することになった。加えて、ゴミの分別細分化はしない。飛行機への税も食肉への税も実施しない、とした。
ただし今の所、具体的な政策についてはまだ踏み込みが足りない。洋上風力は推進し送電線は建設するとしている。ガスボイラーから電気式暖房への転換には手厚い補助金を出すとしている。内燃機関自動車の禁止なども期限が5年だけ延期されただけである。
2050年ネットゼロなどのこれまでの公約も堅持するという。スナクは、「ネットゼロを達成するためにこそ、国民の同意が必要であり、そのためには、国民が負担するコストに正直になり、強制を避けねばならない」としている。
ただし、今後、本当に首相の言うように国民へのコストを明らかにするプロセスが始まるならば、このような政策も妥当性が悉く吟味されるようになるだろう。
ネットゼロは、ボリス・ジョンソンなどの歴代の保守党政権も推進してきた政策であるため、スナク首相が提唱した方針転換には保守党内部からも反発がある。
ただし英国では、従前のようにネットゼロへの反論が異端視される状態では無くなっている。多くの議員が、ネットゼロのコストについて、公然と問題視する意見を言うようになった。保守党は本件については分裂状態になっている。
この演説を受けて、政権の支持率は上がっている、という世論調査結果が出てきた。Deltapollが22日から25日にかけて行った調査では、10日前の前回調査と比較して労働党の支持率が3ポイント下がり、保守党の支持率は4ポイント上昇した。労働党はまだ16ポイントも保守党をリードしているが、これは短期間にしては大きな変動である。英国民もネットゼロのコストにうんざりし始めていたとうことだろうか。
他方で、グリーン投資家は悲鳴を上げている。ブルームバーグが伝えているところによると、ロンドンを拠点とし、500億ドル近い資産を管理する低炭素ファンド投資家、Impax Asset Management Group Plcの創設者兼最高経営責任者(CEO)であるイアン・シムは、「完全なショックだ・・・政府方針に依存して英国への投資を考えている人にとってはリスクで、グリーン投資は減少することになる」と述べている。
日本政府は脱炭素で「グリーン成長する」という、経済学の初歩を無視した議論を展開して、コストがかからないフリをして、国民を欺いてきた。スナクのように、日本もコストについて精査し、国民に正直に語るべきだ。
■
関連記事
-
GEPRとアゴラでは、核燃料サイクル問題について有識者の見解を紹介した。そして「日本の核武装の阻止という意図が核燃料サイクル政策に織り込まれている」という新しい視点からの議論を示した。
-
列車事故から殺人事件へ 8月11日16時ごろ、北ドイツのニーダーザクセン州で、ウクライナからの避難民で、16歳の少女、リアナが、時速100キロで走ってきた貨物列車に轢かれて死亡した。当初、警察は、「悲劇的な重大事故」とし
-
1.メディアの報道特集で完全欠落している「1ミリシーベルトの呪縛」への反省 事故から10年を迎え、メディアでは様々な事故関連特集記事や報道を流している。その中で、様々な反省や将来に語り継ぐべき事柄が語られているが、一つ、
-
新年ドイツの風物詩 ドイツでは、色とりどりの花火で明るく染まる夜空が新年の風物詩だ。日本のような除夜の鐘の静寂さとは無縁。あっちでドカン、こっちでシュルシュルの “往く年、来る年”だ。 零時の時報と共にロケット花火を打ち
-
アゴラ研究所の運営するエネルギー研究機関のGEPRはサイトを更新しました。 1)【アゴラシンポジウム】成長の可能性に満ちる農業 アゴラは12月に農業シンポジウムを行います。石破茂自民党衆議院議員が出席します。詳細はこのお
-
田中 雄三 国際エネルギー機関(IEA)が公表した、世界のCO2排出量を実質ゼロとするIEAロードマップ(以下IEA-NZEと略)は高い関心を集めています。しかし、必要なのは世界のロードマップではなく、日本のロードマップ
-
東京都は太陽光パネルの設置義務化を目指している。義務付けの対象はハウスメーカー等の住宅供給事業者などだ。 だが太陽光パネルはいま問題が噴出しており、人権、経済、防災などの観点から、この義務化には多くの反対の声が上がってい
-
デモクラシーの歴史は長くない。それを古代ギリシャのような特権階級の自治制度と考えれば古くからあるが、普通選挙にもとづく民主政治が世界の主流になったのは20世紀後半であり、それによって正しい意思決定ができる保証もない。特に
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















