ドイツよ、どこへ行く? フェーザー内相をめぐるドイツの奇奇怪怪
あらゆる手段を使って彼の汚点を探せ!というのが、フェーザー内相(社民党・女・53歳)の極秘命令だったらしい。
彼というのはシェーンボルム氏。2016年より、サイバーセキュリティの監視などを担当するBSI(連邦情報セキュリティ庁)の長官で、情報保護の最先端を担っていた。BSIは内務省の下部組織で、サイバー攻撃が縦横無尽に蔓延る昨今、その重要度は限りなく大きい。
ところがその氏が昨年の10月、突然、任を解かれ、「公的行政のための連邦アカデミー(BAköV)」の長に飛ばされた。これは行政官の養成機関で、はっきり言ってBSIの長官が異動してくるポストではない。ちなみにBSIの職員は1500人で、アカデミーは100名。左遷でなく見せかけるためか、給料が急遽、BSIの長官であった時と同じ額に引き上げられたという。いったい何があったのか?
ドイツ、情報セキュリティー庁トップを解任 ロシア情報機関とつながりか
昨年の10月7日、ZDF(公営第2テレビ)の„Magazin Royale“という番組で、ベーマーマンという人気のコミックキャスターが、シェーンボルムはロシアの諜報機関に近いサイバーセキュリティーのロビー連合と密接な関係にあると主張した。ベーマーマンはそれについて何の根拠も示さなかったが、「だから、ロシア企業は簡単にドイツ企業の情報をハッキングできているのではないか」という示唆は、ウクライナ戦争の最中、爆弾のような威力があった。
ベーマーマンは7年前、トルコのエルドアン大統領を侮辱した詩を作って放送。怒ったトルコ政府がドイツ大使を呼びつけ、外交問題に発展しそうになったことがあった。これらがユーモアだとすれば、かなり陰湿なユーモアだが、ドイツ人はなぜかこういう誹謗ナンバーが好きだ。
その3日後、身に覚えのなかったシェーンボルム氏は、自分の最高上司であるフェーザー内相に保護を求めた。すべての大臣は、自分の部下が外部から不当な非難を受けたとき、部下を庇護することが法律で義務付けられている。しかし、フェーザー氏からの返答はなかった。
それに憤慨した副長官がフェーザー氏に書簡で、「大臣が配下の官僚を守らないため、国民の間でBSIやその職員への不信感が芽生えている」と抗議した。そして、その内容がメディアにリークされた。
するとまもなく内務次官がシェーンボルム氏に、異動の命令に逆らうと懲戒免職が適用される可能性があると告げた(氏の弁護士は今、これを脅迫と見なしている)。
しかしシェーンボルム氏は屈せず、懲戒免職ならその理由を明らかにせよと迫ったところ、その翌日、内務省は有無をいわせず氏をクビにした。理由は、国民とフェーザー氏双方に、シェーンボルム氏に対する不信感が生じており、これ以上、BSIに留めることはできないというもの。しかもわざわざ、この決定はベーマーマンの主張に論拠があるかどうかの問題とは無関係だと引導まで渡された。
フェーザー氏のシェーンボルム忌避は、実は、氏が内相に就任するよりも前の出来事に関する根深い確執によるとも言われる。
ところが今年になって、新たなメールが浮上した。そこには、「再度、憲法擁護庁(国内の諜報活動を担当)に問い合わせ、全ての秘密情報を集めろ」という意味のことが書かれており、差し出し人はフェーザー氏だった。しかも、メールの日付は3月で、シェーンボルム氏の異動後。つまり、フェーザー氏は、後付けでも良いから異動の正当な理由が欲しかったらしい。なお、現在、国会にはすでにこの件に関する調査委員会ができており、委員会はこのメールが本物であることを認めている。
ただ、憲法擁護庁まで動員して隈なく調査させたにも関わらず、シェーンボルム氏には汚職も女性問題も、それどころか不正な交通費の請求書1枚さえも出てこなかったらしい。しかし、それとは別に、フェーザー内相が確固とした理由なしに、自分の部下を内偵させる“命令”を出したとなると、これは憲法違反である。
調査委員会にそれを糺された内務省側は、(たとえメールが本物でも)盗聴などの事実はなかったと証言。ただ、よく聞くと、「他の人物を盗聴した際に、会話の相手であったシェーンボルム氏が一緒に盗聴された可能性はある」という玉虫色の返答だった。
一方、今回の主役であるフェーザー氏も、当然、証人として委員会に招かれていたが、病気を理由にそれを2度も欠席し、顰蹙を買った。
というのも、氏はそのとき、州議会選挙を間近に控えたヘッセン州で、元気に選挙運動に励んでいたからだ。なんと、氏はショルツ首相の意を受け、社民党の筆頭候補者として同州の州首相の座を狙っていた。しかもショルツ氏はフェーザー氏に、敗北したら、また国政に戻り、内相の仕事を続けて良いという保証まで与えていたという。
そうでなくてもフェーザー氏はヘッセン州の選挙にかまけて、国の内相としての仕事が疎かになっているとの批判を浴びていたが、そんな国民の不満の声は、ショルツ氏の耳には一切届いていなかったらしい。ちなみにフェーザー氏は、3度目の調査委員会には出席し、晴れやかな笑顔で、「これで全てはクリアになった」などというコメントを出していたが、実際には、問題は今も何ら決着が付いていない。
10月8日のヘッセン州議会選挙の結果はというと、フェーザー氏の惨敗。CDU(キリスト教民主同盟)が34.6%で第1党、それに、皆が極右政党と貶めているAfD(ドイツのための選択肢)が18.4%。そして、フェーザー氏の社民党は得票率を5ポイント近くも下げ、15.1%で戦後最低となった。
現在はベルリンでもドイツ政府の支持が暴落しているため、氏はそれに足を引っ張られたと言いたいところだろうが、自分も内相としてその失政を担っているのだから、そのせいにもできない。ただ、この満身創痍で内相続投となれば、いくらショルツ氏が約束していたとしても、国民が納得するかどうかが疑問だ。
しかし、現政府は、どのみち国民の意を汲む政治など端から無視だ。緑の党のベアボック外相も、昨年9月、EUの外相らがウクライナ援助について協議するためにチェコのプラハで集まっていたとき、公開討論のステージ上で、「ドイツの有権者が何を考えていようが、どうでも良い」と言い切って皆の度肝を抜いた。
“正しい” ことを実行するには有権者を指導するというのが、すでに現ドイツ政府の基本姿勢となっているから、フェーザー氏も “正しい”目標のために、シェーンボルム氏を切ったのかもしれない。
ただ、シェーンボルム氏が納得しなかったのは当然で、すでに、役人保護義務を怠った政府と、フェイクを広めたZDFを相手取って、訴えが出されている。
そうするうちに、さらに奇妙な情報も浮上してきた。実は、ZDFの前述の放送の数週間も前、内務省の役人がベーマーマンにアプローチし、その後、頻繁に電話連絡が繰り返されたという内部情報だ。
野党も、多くの独立系のメディアも、当初から“道化師”ベーマーマンの主張には疑問を呈していたが、ひょっとして、これが内務省の手によって、シェーンボルム放擲のために演出されたのだったとすると、なんだか不気味だ。ただ、ドイツは現在、だんだん東独に似てきているため、然もありなん、なのかもしれない。ドイツはいったいどこへ行くのだろう。
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