GX改正法案を否決せよ:政府が隠す排出量取引制度の本当のコスト

2025年03月28日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

BBuilder/iStock

GX推進法の改正案が今国会に提出されている。目玉は、「排出量取引制度」と、「炭素に関する賦課金」の制度整備である。

気になる国民負担についての政府説明を見ると、「発電事業者への(政府による排出権売却の)有償化」および炭素に対する賦課金が発生するが、今後、再エネ賦課金が減少し、また、石油石炭税が減少するので、「負担の総額を中長期的に減少させていく中で導入する」となっている(図1)。

まず突っ込みたくなるのは、折角、国民負担が減るなら、なぜわざわざまた国民負担を増やさねばならないのか、ということだ。負担が減るなら、その分、光熱費を安くして国民に還元すべきだろう。

そしてそれ以上に重大なのは、図1は、排出量取引制度制度の本当のコストを著しく矮小化していることである。

排出量取引制度の本質は、排出量を事業者に割り当てて規制する、排出総量の規制である。

排出総量について、日本政府は、2013年から2050年まで直線的にCO2を削減するとして、2013年比で2030年に△46%、2035年に△60%、2040年に△73%という、極端すぎて実現不可能な数値目標を決定し、パリ協定事務局に提出した。

かかる国家目標が存在する状況において、排出量取引制度を導入すると、どうなるか。当然、その国家目標に整合的な排出総量を設定するよう、強い政治的圧力がかかる。

だがこれは、日本経済の破滅である。

経産省系シンクタンクであるRITEの2022年発表の試算(p6)では、2030年に△46%という目標を達成するためのGDP損失は年間約30兆円にも上る。

排出総量を抑制すると、エネルギーコストが上昇して消費が冷え込み、また、産業競争力が失われて輸出が減少するためだ。

つまり排出量取引制度の本当のコストは図2のようになる。政府が説明しているのはごく一部にすぎない。

図2 排出量取引制度の本当のコスト

現状で再エネ賦課金は2兆6500億円、石油石炭税は6500億円で、政府が説明しているカーボンプライシングの負担は累積で20兆円となっている。だが排出量取引制度の本当のコストは、2030年単年度だけで30兆円にもなるのだ。

30兆円というのは消費税20兆円の1.5倍にあたる莫大な金額だ。

もちろん、30兆円というのは、GX政策全体のコストであって、排出量取引制度のコストではない、と言う反論はあるだろう。だが、GX政策の中にあって、極端な排出総量規制を担うのが排出量取引制度である。ゆえに、この30兆円なるコストの大部分を排出量取引制度に帰着させるのは間違いではない。

この試算にしても、「米国が同様の対策を採る」「原子力再稼働が順調に進む」など、万事うまくいってもこれだけコストがかかる、というものだ。現実には、もっとコストは高くなるだろう。

そして、図2は2030年断面だが、2035年、2040年となると、もっとこのコストは嵩む。

以上の検討をまとめよう。

  • 排出量取引制度の本質は、排出総量の規制である。
  • 日本は極端な数値目標を掲げているため、それと整合的な排出量取引制度の引き起こすコストは破滅的になる。
  • 政府はこのコストを国民に全く説明していない。

今国会は、GX改正法案を否決し、これ以上のGXの制度化を阻止すべきだ。そして、日本は、ほんとうに国民のためになる現実的なエネルギー政策とは何か、ゼロから再検討すべきだ。

データが語る気候変動問題のホントとウソ 杉山 大志

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • ここ数回、本コラムではポストFIT時代の太陽光発電産業の行方について論考してきたが、今回は商業施設開発における自家発太陽光発電利用の経済性について考えていきたい。 私はスポットコンサルティングのプラットフォームにいくつか
  • (書評:ディーター・ヘルム「Climate Crunch」) 我が国の環境関係者、マスメディアの間では「欧州は温暖化政策のリーダーであり、欧州を見習うべきだ」という見方が強い。とりわけ福島第一原発事故後は原発をフェーズア
  • 前回はESG投資商品と通常の投資商品に大きな違いがないことを論じましたが、今回は銘柄選定のプロセスについて掘り下げてみます。 いわゆる「ESG投資」というのは統一された定義がなく、調査会社や投資商品によって選定基準が異な
  • 昨年11月の原子力規制委員会(規制委)の「勧告」を受けて、文部科学省の「『もんじゅ』の在り方に関する検討会(有馬検討会)」をはじめとして、様々な議論がかわされている。東電福島原子力事故を経験した我が国で、将来のエネルギー供給とその中で「もんじゅ」をいかに位置付けるか、冷静、かつ、現実的視点に立って、考察することが肝要である。
  • ドイツのための選択肢(AfD)の党首アリス・バイゼルががイーロン・マスクと対談した動画が話題になっている。オリジナルのXの動画は1200万回再生を超えている。 Here’s the full conversa
  • 17の国連持続可能目標(SDGs)のうち、エネルギーに関するものは7番目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」である。 しかし、上記の資料は国連で採択されたSDGsの要約版のようなものであり、原文を見ると、SDG7は
  • 温暖化問題は米国では党派問題で、国の半分を占める共和党は温暖化対策を支持しない。これは以前からそうだったが、バイデン新政権が誕生したいま、ますます民主党との隔絶が際立っている。 Ekaterina_Simonova/iS
  • 経済産業省は、電力の全面自由化と発送電分離を行なう方針を示した。これ自体は今に始まったことではなく、1990年代に通産省が電力自由化を始めたときの最終目標だった。2003年の第3次制度改革では卸電力取引市場が創設されるとともに、50kW以上の高圧需要家について小売り自由化が行なわれ、その次のステップとして全面自由化が想定されていた。しかし2008年の第4次制度改革では低圧(小口)の自由化は見送られ、発送電分離にも電気事業連合会が強く抵抗し、立ち消えになってしまった。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑