温室効果ガス排出量の目標達成は困難①

deepblue4you/iStock
田中 雄三
要旨
世界の温室効果ガス(GHG)排出量が顕著に減少する兆しは見えません。
現状、先進国のGHG排出量は世界の約1/3に過ぎず、2050年世界のGHGネットゼロを目指すには、発展途上国のGHG削減が不可欠です。豊かさで先進国と大きな格差がある発展途上国は、今後も経済成長を目指すでしょう。経済成長は電力需要を増加させ、EV車への移行など、消費エネルギーの電力化は電力需要の増加を加速します。
電力需要が増加する発展途上国が、GHG排出量を低減するには、風力発電や太陽光発電の導入拡大が必要になります。天候により出力変動する風力発電等を導入するには、バックアップ設備が不可欠です。
しかし、経済成長を目指す発展途上国には、風力発電等とバックアップ設備の二重投資する余力はないと考えます。結局、発展途上国は電力需要の増加に火力発電の新設で対応し、可能な範囲で風力発電等を導入することになり、2050年GHGネットゼロには到底及ばないでしょう。
発展途上国には、発展途上国に適した温暖化対策が必要です。難しい問題ですが、本稿最後に対応策を例示します(全5回)。
はじめに:現状
図1に、世界のGHGとCO2の排出量推移を示しました。GHGはClimate Watchのデータで、LUCF(土地利用変化と林業)を考慮した排出量と考慮しない値を示しました。CO2は米国エネルギー情報局(以下eiaと略)のデータです。
2009年コペンハーゲンCOP15で、気温上昇2℃以内の目標、2050年までに世界全体の排出量50%減、先進国全体で80%減を目指す合意に「留意する」ことを決定し、2015年COP21では、世界の平均気温上昇を2℃未満に抑え、1.5℃未満を目指すパリ協定が採択されました。
しかし、図1からは世界のGHG排出量の顕著な減少の兆しは見られません。2009年の僅かな減少はリーマン・ショック、2020年は新型コロナによる経済活動の低下によるものです。CO2データからは、2021年には排出量が戻っていることが分かります。
図2は、米国Berkeley Earthが公表している世界の月次平均気温データ(陸域+海洋)をグラフ化し、1850~1900年と1980~2022年の両区間の線形近似を赤色直線で併記したものです。
1850年に比べ、現状2022年の平均気温は1.2℃前後上昇していることが分かります。このまま進めば、2030年代には1.5℃を超えることは確実です。専門家の多くは、1.5℃未満の気温上昇に抑えることは無理と考えているようですが、達成不可能な目標を堅持することが、気候変動対策としてプラスかマイナスかについては意見が分かれるようです。
世界百数十カ国がカーボンニュートラルを表明していると報じられています。GHGネットゼロは極めて困難な課題ですが、先進国の多くは2050年ネットゼロを表明し、発展途上国でGHG排出量の多い中国、ロシア、インドネシアは2060年、インドは2070年ネットゼロを表明しています。
図3について詳しくは後述しますが、先進国の現状のGHG排出量は世界の約1/3に過ぎず、中国とインドの合計が1/3、その他発展途上国が1/3を占めています。温暖化は地球全体の問題ですから、自国だけや先進国だけがGHGネットゼロを達成しても問題は解決しません。
先進国は経済成長を犠牲に、GHGネットゼロを達成できるかもしれません。一方、豊かさで先進国と大きな格差がある発展途上国が、経済成長しつつどこまでGHGを削減できるかが問題です。
本稿は、発展途上国によるGHG排出削減の難しさをデータで示しました。それではどうすべきか難しい問題ですが、最後に筆者の考えを例示しました。
(次回:「温室効果ガス排出量の目標達成は困難②」につづく)
■
田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。

関連記事
-
ろくにデータも分析せずに、温暖化のせいで大雨が激甚化していると騒ぎ立てるニュースが多いが、まじめに統計的に検定するとどうなのだろう、とずっと思っていた。 国交省の資料を見ていたら、最近の海外論文でよく使われている「Man
-
地球温暖化の原因は大気中のCO2の増加であるといわれている。CO2が地表から放射される赤外線を吸収すると、赤外線のエネルギーがCO2の振動エネルギーに変換され、大気のエネルギーが増えるので、大気の温度は上がるといわれてい
-
7月21日、政府の基本政策分科会に次期エネルギー基本計画の素案が提示された。そこで示された2030年のエネルギーミックスでは、驚いたことに太陽光、風力などの再エネの比率が36~38%と、現行(19年実績)の18%からほぼ
-
2月の百貨店の売上高が11ヶ月振りにプラスになり、前年同期比1.1%増の4457億円になった。春節で来日した中国人を中心に外国人観光客の購入額が初めて150億円を超えたと報道されている。「爆買い」と呼ばれる中国人観光客の購入がなければ、売上高はプラスになっていなかったかもしれない。
-
シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ 地域的に見れば、過去に今よりも温暖な時期があ
-
「原発、国民的合意を作れるか? — 学生シンポジウムから見たエネルギーの可能性」を GEPR編集部は提供します。日本エネルギー会議が主催した大学生によるシンポジウムの報告です。
-
池田(アゴラ)・日本の公害運動のパイオニアである、リスク論の研究者である中西準子さんが、1981年に「リスク許容度」という言葉を日本で初めて使ったとき、反発を受けたそうです。災害で「ゼロリスク」はあり得ない。
-
バイデンの石油政策の矛盾ぶりが露呈し、米国ではエネルギー政策の論客が批判を強めている。 バイデンは、温暖化対策の名の下に、米国の石油・ガス生産者を妨害するためにあらゆることを行ってきた。党内の左派を満足させるためだ。 バ
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間