日本のエネルギー政策の根幹に巣食う悪魔の証明

2024年08月01日 06:50
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東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

敦賀原子力発電所2号機

7月26日、原子力規制庁は福井県に設置されている敦賀原子力発電所2号機((株)日本原子力発電、以下原電)に関して、原子力発電所の規制基準に適合しているとは認められないとする結論を審査会合でまとめた。

原子炉建屋の真下を走る破砕帯(断層を含む)が将来動く可能性を否定することは困難・・・・・・・・・・・・・だとした。つまり、規制基準に不適合とした。

約12年かけての判断であるが、こうなることは最初から分かっていたと言い切ってよい。

なぜか? それは当初から規制当局は原電に「悪魔の証明」を強いていたからである——しかも露骨にイヤラシく。

D-1破砕帯およびK断層の活動性を否定する原電の資料(部分)
否定の論理は3段階
K断層はD-1破砕帯ではなく2号機原子炉建屋まで延びない
G断層はD-1破砕帯である
D-1破砕帯(G断層を含む)及びK断層は後期更新世以降に活動していない

悪魔の証明ー田中ドクトリン

悪魔の証明とは、〝ないこと〟を証明することであり、それはもともと不可能なのである。

たとえば、“ネッシー(ネス湖の恐竜)はいる”ことを証明するには実際にネッシーを発見すればそれで良い。ところが、“ネッシーはいない”ことを証明することは不可能である。どんなに探しても見つからないという証言に対して、探し方が悪いせいだと反論されればぐうの音も出ない—つまりいないことの証明はできないのである。

この敦賀2号機でいえば、その下を走る〝破砕帯が断層ではないこと〟および〝その破砕帯が断層とされたあかつきには近くの活断層の影響のもとに再び活断層として影響を及ぼさないこと〟を日本原電側はデータと論法でもって規制庁に証明しなければならない。

しかし、これは規制側が「可能性を否定することは困難だ」と持ち出す限り、果てしない論争の繰り返しになることは見え透いている。

私は、この問題が新聞紙上やニュースなどで社会問題化した2013年当時、敦賀の破砕帯現場を3回訪れた。

〝ないこと〟を証明するために山が大規模に削られ、そこかしこにトレンチ(細長い溝)が縦横に掘られていた。事業者が気の毒に思えると同時に、これは規制ハラスメントではないのかと感じた。

2013年8月に私は、論壇誌に「『悪魔の証明』を迫る規制委員会」(WiLL誌、2013年8月号)を著してこの問題の深層を説いた。原子力規制委員会および原子力規制庁は独立性の高い組織として発足したが、敦賀原発の現場やこの問題に関連する規制側と事業者のやり取りを見て、規制側はもっと真摯に事業者や立地自治体との対話を行うべきだと感じた。それをしないとりわけ規制委の姿勢は「独立」ではなく、「独善」であると断じた。

当時すでに規制委は日本原子力発電の敦賀原発2号機の下を走る地層を活断層の恐れがあると認定していた。それを否定する原電と真っ向から対立するが、原電側の反論をまともに聞こうとしない姿勢は問題だと感じたのである。

当時の規制委員長は田中俊一氏だったが、氏は根っからの確信的反原発人物である。田中氏の基本思想(田中ドクトリン)は新生なった原子力規制体制の下で“審査不適合第一号”の烙印を押すことである。つまり新規制体制へ人身御供(生贄)を捧げることである。その生贄として敦賀原子力発電所2号機が目をつけられたのである。

そうすることによって、規制委はなお一層神性を増しやおら独裁的権威を高めていくのである。

なぜ敦賀2号機が人身御供になるのかーーそれは日本原子力発電こそが正力松太郎体制(1957年)のもとで日本の商用原子力発電所を最初につくった本家本元だからである。日本の発電用原子炉の息の根をとめる象徴ともいえる。ちなみに正力体制に真っ向から反対した人物がいた。時の経済企画庁長官・河野一郎氏、河野太郎氏の祖父である。

どうする原電?

道は二つしかない。

ひとつは行政訴訟、残るは再申請。

現実的には後者しかない。

原電と規制当局のせめぎ合いはいわば消耗戦である。人とかねが尽きたら終わる他ない。あるいはやる気が失せたらおしまいである。

原電の村松衛社長は、26日の規制庁の判断に対して「追加調査を行う。敦賀2号機の廃炉は考えていない」と公言した。その意気やよし。

日本のGXに向けたエネルギー政策の根幹として原子力発電の活用に舵を切った政治が、政府方針に真っ向から逆行するこの規制当局の在り方にメスを入れないのは怠慢というほかない。

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