2024年は企業の脱炭素宣言の終わりの始まり

andreusK/iStock
ついに出始めました。ニュージーランド航空が2030年のCO2削減目標を撤回したそうです。
ニュージーランド航空、航空機納入の遅れを理由に2030年の炭素排出削減目標を撤回
大手航空会社として初めて気候変動対策を撤回したが、同社は2050年までに業界全体で排出量を実質ゼロにするという目標に取り組んでおり、新たな短期目標の策定に取り組んでいると述べた。
ニュージーランド航空は2022年、国連が支援する企業気候変動対策団体「科学的根拠に基づく目標イニシアチブ(SBTi)」が検証した方法論に基づき、2030年までに2019年比で排出原単位を28.9%削減すると発表した。
グレッグ・フォラン最高経営責任者(CEO)は、納入の遅れにより2030年の目標達成が危ぶまれることがここ数週間で明らかになったとし、同社はSBTiネットワークから直ちに撤退すると述べた。
ロイターの英字ニュースで見つけたものですが、Googleのニュース検索では日本語の報道が見当たりません(図1)。相変わらず、日本の大手メディアは脱炭素に対してネガティブなニュースを報じないようです。日本企業の意思決定に偏りが生じてしまうのも仕方がありません。

図1.Googleのニュース検索結果(アクセス日:2024年8月24日)
さて、筆者は以前からアゴラ上でESGバブルがピークアウトしており元のブームには戻らないことを繰り返し指摘してきました。
ESG投資の本数(図2)も市場規模(図3)も2021年がピークで、以降は急減しています。

図2.ESG投信の設定本数
出典:2023年3月20日付日本経済新聞

図3.ESG投資の規模
出典:2023年11月29日付日本経済新聞
ちょっと面白いデータですが、決算説明会で投資家に対して「ESG」という言葉を使う企業も減っているそうです(図4)。これなんかもっと日本語で報じてほしいものです。

図4.決算説明会で「ESG」という言葉を用いたS&P500企業の数
出典:FACTSET
ESGバブルがはじけたことを受けて、本稿の冒頭で示したニュージーランド航空のように企業個社の脱炭素戦略も見直しの動きが活発化することは容易に想像がつきます。今年4月にはアップルが10年間で数十億ドルを費やしたEV事業から撤退し、今週もフォードが再びEV戦略を見直すと報道されていました。この流れは今後も加速します。
そこで、以前アゴラに書きました企業の脱炭素宣言撤回リリースのひな型を再掲いたします。先月発売になったこちらの本にも書きました。筆者への断りや引用元の掲載は必要ありません。全文・部分利用を問わず、どなたでもご自由に転載、改変いただいて結構です。
202X年XX月XX日
カーボンニュートラル宣言の取り下げに関するお知らせ
当社は202X年XX月に「2050年カーボンニュートラル宣言」ならびに「2030年度に2013年度比47%削減目標」を公表しましたが、これらCO2排出削減にかかわる長期目標を取り下げることについてお知らせいたします。
カーボンニュートラル宣言策定当時は、その根拠として省エネ投資の強化による総エネルギー使用量の削減、第6次エネルギー基本計画で見込まれている2030年46%削減を前提とした購入電力のCO2排出係数低減、PPAを含む自家消費太陽光発電の導入、購入電力の再エネメニューへの切り替えやクレジット購入によるカーボンオフセット等を折り込んでいました。
しかしながら、日本政府のエネルギー基本計画は第5次まで過去に一度も達成したことがなく、第6次についても当初から野心的な目標と言われており、将来の経営計画の根拠とするのは適切ではありませんでした。
仮に国全体として2030年にCO2排出量46%削減が達成されたとしても、京都議定書第一約束期間の6%削減達成と同じく森林吸収による相殺分が含まれる場合にはやはり第6次エネルギー基本計画の電源構成は未達となっている可能性が高く、当社の購入電力の排出係数が46%改善されることも期待できません。
また、カーボンニュートラル宣言以降に設置を進めてきた太陽光パネルについて自主調査を行った結果、製造段階における強制労働の疑いを払しょくすることができないという結論に至ったため、すべての自家消費太陽光発電の稼働停止を決定いたしました。当社ではジェノサイドに加担してまで必要とする売上は1円たりともありません。そして、電力契約の再エネメニューやクレジット由来のカーボンオフセットについて精査したところ、みかけ上のCO2排出量をゼロと表現することはできても実態として地球環境へ排出されるCO2がなくなるわけではないことを確認いたしました。
一方で、世の中の動向としては、2022年11月にエジプトで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)において、国連専門家チームより企業のCO2実質ゼロ宣言の多くが地球温暖化防止に役立っていない見せかけの「グリーンウォッシュ」であるとの指摘がなされました。
また欧州連合(EU)は2023年9月に不当商行為指令(UCPD)と消費者権利指令(CRD)を改正し、2026年以降は企業がカーボンオフセットを必要とせずに達成できることを証明できない限り「カーボンニュートラル」との主張を禁止することが合意されました。
こうした状況を鑑み、当社では2050年カーボンニュートラル宣言、ならびに2030年47%削減目標を一旦取り下げ、ゼロから再検討することといたします。今後は2030年や2050年などの期限を区切らずに、省エネ活動や人権に配慮した再エネ導入などの施策を積み上げ、正味のCO2排出削減に寄与する現実的な目標を改めて設定し直します。
当社はSDGsの理念に賛同しており、今後も持続可能な社会、ならびに誰一人取り残さない社会の構築に向けて誠実に取り組んでまいります。
「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」といいます。ESGや脱炭素の流行に乗って脱炭素宣言を行ってしまったことは元に戻せません。人間誰しも間違うものです。状況に応じた意思決定ができず企業価値を損ねることこそが過ちなのです。
■

関連記事
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
政府は2030年に2005年比で26%の温室効果ガス削減という数値目標を提示した。だがこれは、コストをあまり考慮せずに積み上げた数字であって、最大限努力した場合の「削減ポテンシャル」と見るべきである。
-
国際環境経済研究所の澤昭裕所長に「核燃料サイクル対策へのアプローチ」を寄稿いただきました。
-
脱原発が叫ばれます。福島の原発事故を受けて、原子力発電を新しいエネルギー源に転換することについて、大半の日本国民は同意しています。しかし、その実現可能な道のりを考え、具体的な行動に移さなければ、机上の空論になります。東北芸術工科大学教授で建築家の竹内昌義さんに、「エコハウスの広がりが「脱原発」への第一歩」を寄稿いただきました。竹内さんは、日本では家の断熱効率をこれまで深く考えてこなかったと指摘しています。ヨーロッパ並みの効率を使うことで、エネルギーをより少なく使う社会に変える必要があると、主張しています。
-
昨年12月にドバイで開催されたCOP28であるが、筆者も産業界のミッションの一員として現地に入り、国際交渉の様子をフォローしながら、会場内で行われた多くのイベントに出席・登壇しつつ、様々な国の産業界の方々と意見交換する機
-
米国21州にて、金融機関を標的とする反ESG運動が始まっていることは、以下の記事で説明しました。 米国21州で金融機関を標的とする反ESG運動、さて日本は? ESG投資をめぐる米国の州と金融機関の争いは沈静化することなく
-
直面する東京電力問題において最も大切なことは、1.福島第一原子力発電所事故の被害を受けた住民の方々に対する賠償をきちんと行う、2. 現在の東京電力の供給エリアで「低廉で安定的な電気供給」が行われる枠組みを作り上げる、という二つの点である。
-
エネルギーをめぐるさまざまな意見が、福島原発事故の後で社会にあふれた。政治の場では、自民党が原子力の活用と漸減を訴える以外は、各政党は原則として脱原発を主張している。しかし、政党から離れて見ると、各議員のエネルギーをめぐる意見は、それぞれの政治観、世界観によってまちまちだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間