我が国でのe-fuel開発の現状と展望について

istock-tonko/iStock
はじめに
気候変動への対策として「脱炭素化」が世界的な課題となる中、化石燃料に依存しない新たなエネルギー源として注目されているのがe-fuel(合成燃料)である。自動車産業における脱炭素化の切り札として各国が政策的な後押しを行っている。
その現状と将来の展望をまとめてみたい。
e-fuelとは何か
e-fuelは、水素(H₂)と回収された二酸化炭素(CO₂)を合成して作られる液体燃料で、従来のガソリンや軽油と同様に内燃機関で使用できる。水素は再生可能エネルギーによる電気分解で得られ、CO₂は大気中あるいは工場からの回収によって供給されるため、理論上は燃焼しても新たなCO₂を排出せず「カーボンニュートラル」となる。
EUの動き
EUは、2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標の一環として、2035年以降に販売される新車はCO₂排出ゼロでなければならないとする規制を導入した。この規制は、事実上、内燃機関車の新規販売を禁止するものと解釈された。
しかし、2023年3月、自動車産業が経済の中心となっているドイツの要請により、e-fuelを使用する車両に対して例外措置が設けられた。この例外措置により、e-fuel専用の内燃機関車の新規販売が2035年以降も可能となった。
日本政府の取り組み
日本政府は、2020年に菅義偉首相(当時)が「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」と宣言し、その一環として「2035年までに新車販売を電動車100%とする」目標を掲げた。この電動車には、ハイブリッド車、EV、FCEVが含まれている。
この方針は現在も維持されており、e-fuelを使用する内燃機関車に対する例外措置は特に発表されていない。
e-fuelの将来の経済性とガソリン車との比較
e-fuelは、現時点での製造コストが非常に高く、国内での製造コストは約700円/Lと試算されている。 これは、現在のガソリン価格と比較すると約4倍の水準である。
製造コストの大部分は水素の生成に起因しており、水素のコストが1Nm³あたり100円の場合、e-fuelの製造コストは約700円/Lとなる。仮に水素のコストが30円/Nm³(NEDOの2030年目標値)まで低減された場合でも、e-fuelの製造コストは約255円/Lと試算されており、依然としてガソリンの約1.5倍のコストとなる。
さらに、e-fuelのエネルギー効率はガソリンと比較して劣るとされており、同じ走行距離を得るためにはより多くの燃料が必要となる可能性がある。そのため、燃料コストの面でもガソリン車に対して経済的優位性を持つには、さらなる技術革新とコスト削減が必要となる。
e-fuelについてのまとめ
現時点では、日本政府はe-fuelを使用する内燃機関車に対する特別な措置を講じておらず、2035年までに新車販売を電動車100%とする方針を維持している。e-fuelの将来的な経済性については、製造コストの高さやエネルギー効率の課題があり、ガソリン車と比較して経済的に優れているとは言い難い状況である。
しかし、2035年以降、技術革新や政策支援により、e-fuelのコストがガソリンと同等になる可能性もある。ただし、エネルギー効率の向上や安定供給体制の構築など、解決すべき課題も残されている。

e-fuelの製造コストと水素価格
【注記】
- 現状のレギュラーガソリン価格:約168円/L
- e-fuel製造コスト: 製造コスト低下には第一に水素価格が寄与し、製造プロセスの効率化や再生可能エネルギーの利用拡大も貢献する。
- 水素価格: 再生可能エネルギーのコスト低下と製造技術の進展(原子力由来の水素などを含む)により、将来的に価格低下が見込まれる。
- 備考::各年度のコスト推定は、技術革新の進展や政策支援の影響を考慮した。
これらの推定値は、技術の進展や政策の影響を受けるため、実際のコストは変動する可能性がある。
SAFの現状と展望
SAF(Sustainable Aviation Fuel)は、再生可能資源由来の航空燃料で、主に廃食油や非可食植物油、藻類、さらにはe-fuelベースの合成燃料まで多様な原料から製造される。国際航空においてCO₂排出量を削減する唯一の現実的な手段として、注目されている。
日本では、コスモエネルギーグループが堺製油所でSAFの量産プラントを建設中であり、2025年にはANAやJALへの供給を開始予定である。また、出光興産はオーストラリアでポンガミアという油糧作物の商用栽培に乗り出すなど、原料の安定供給体制構築にも動き出している。
政府は2030年までに国内航空燃料の10%をSAFに置き換える目標を掲げ、約170万kLの需要に対し、200万kL近い供給体制を整えようとしている。ただし、製造コストは依然として高く、ジェット燃料(100〜120円/L)に対し、SAFは300〜500円/L程度となっており、航空運賃への転嫁が懸念されている。
たとえば、東京~沖縄間を往復する航空機が50%SAFを使用した場合、1人あたりの燃料コストは通常の約2倍、最大で運賃が1万円程度上昇する可能性もあると試算されている。ただし2035年頃には技術革新により、価格差は1〜2割程度に縮小、2050年には従来燃料と同等になる見通しも出ている。

出典:NEDO、経産省SAFロードマップ、IATA報告等
未来は両輪で進む
e-fuelとSAFは、それぞれ自動車と航空というセクターにおける脱炭素の鍵を握る存在である。2035年はその本格的な転換点となり、2050年にはグリーン燃料が主流になる可能性も高い。ただし、これらはコストの問題を克服できた場合に限られる。価格競争力の確保、原料確保、インフラ整備、そして国際的な政策協調が今後の成否を握る。
これらの技術が未来のエネルギーインフラとして根づくには、政治の安定と技術革新、そして市民の理解と協力が不可欠である。

関連記事
-
先日、「ESG投資がインデックス投資よりもCO2を排出?」という記事を書きました。Investment Metrics社のレポートで「欧州の気候変動ファンドがMSCIワールド・インデックスよりも炭素排出量への影響が大きい
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーの「バーチャルシンクタンク」であるグローバルエナジー・ポリシーリサーチ(GEPR)はサイトを更新しました。
-
前回書いたように、11月25日に、政府は第7次エネルギー基本計画におけるCO2削減目標を2035年に60%減、2040年に73%減、という案を提示した(2013年比)。 この数字は、いずれも、2050年にCO2をゼロにす
-
筆者は先月、「COP26はパリ協定の「終わりの始まり」」と題する本サイトに寄稿をしたが、COP26の会議・イベントが進められている中、視点を変えたPart2を論じてみたい。 今回のCOPは、国連の公式発表によれば、交渉官
-
金融庁、ESG投信普及の協議会 新NISAの柱に育成 金融庁はESG(環境・社会・企業統治)投資信託やグリーンボンド(環境債)の普及に向けて、運用会社や販売会社、企業、投資家が課題や改善策を話し合う協議会を立ち上げた。
-
注目されてきたのがカーボンプライシング(Carbon Pricing)である。カーボンプライシングとは炭素(CO2)の排出に価格付けを行うことで、企業などにCO2排出を「費用」と認識させ、費用削減のインセンティブを通じて、CO2排出抑制への取り組みを促すことを狙ったものである。
-
GEPRを運営するアゴラ研究所は毎週金曜日9時から、アゴラチャンネル でニコニコ生放送を通じたネットテレビ放送を行っています。2月22日には、元経産省の石川和男氏を招き、現在のエネルギー政策について、池田信夫アゴラ研究所所長との間での対談をお届けしました。
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 今回は、環境影響(impact)を取り扱って
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間