ヨーロッパの「20年グリーン実験」は何をもたらしたのか

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はじめに
この二十年間、ヨーロッパは世界のどの地域よりも熱心に「グリーンエネルギー」と「脱炭素」に取り組んできた。再生可能エネルギーを大規模に導入し、化石燃料からの離脱を政治目標として掲げ、「気候リーダー」を自任してきたのは周知のとおりだ。
その結果、CO₂排出量は確かに大きく減った。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がまとめた試算によると、ヨーロッパ全体の排出量は2005年比で約30%減少し、同期間のアメリカの17%減よりも大きな削減を達成した。
しかし、その「成功」の陰で何が起きているのか。オーストラリアのブロガー、ジョー・ノヴァ氏は、WSJの記事を引用しながら、「ヨーロッパの20年にわたるグリーン実験は、天候をコントロールしようとして経済を壊した」と辛辣に評している。
電気代は世界最高水準、産業は「流血」
ノヴァ氏が紹介するWSJのデータによれば、ドイツの家庭用電気料金は先進国で最も高く、イギリスの産業用電力料金も主要28カ国の中でトップ。イタリアもそれに続き、EUの重工業向け電力価格はアメリカの約2倍、中国よりも5割高い水準にあるという。
さらに、再エネの比率が上がるにつれて、電力価格は「高いだけでなく不安定」になった。風と太陽はタダでも、それを集め、送電し、蓄えるためのシステムは非常に高くつく──かねてから懐疑派が指摘してきた点を、いまや主流メディアが認めざるを得なくなっている。
その結果として、エネルギー多消費型の産業は競争力を失い、「ヨーロッパから血を流すように出て行っている」と表現されている。安価で豊富な電力を必要とするデータセンターやAI産業にとって、ヨーロッパは魅力的な投資先ではなくなりつつある、という現実である。
インフラが整う前に「古いエネルギー」を切った
本来なら、新しいエネルギー技術への移行は、古いエネルギーがまだ十分機能しているあいだに、徐々に置き換える形で進むはずだ。歴史的にも、石炭から石油へ、石油からガスへといったエネルギー転換は、市場の力と技術革新に押される形で起こった。
しかし、ノヴァ氏が「偽のエネルギー転換」と呼ぶ今回のグリーン移行では、話が逆になった。風力と太陽光がまだ高コストで不安定な段階のまま、政策的に石炭火力や原子力を先に絞り込み、「安価で安定した電力の土台」を自ら崩してしまったのである。
ヨーロッパとイギリス(そしてオーストラリア)だけが、これほど急激に「旧来の電源」を切り捨てた、とノヴァ氏は指摘する。他地域は、少なくとも価格と安定供給の両立を見ながら、慎重に歩を進めている。そこに、今回の「実験」の特異性と危うさが現れている。
「天気を変える」幻想と、エネルギー現実主義の欠如
ノヴァ氏は、ヨーロッパのグリーン政策を「電気で雨乞いをするようなもの」と皮肉った。100年後の気温を数℃下げるという抽象的な目標のために、目の前の経済インフラと国民生活を犠牲にした──そんな構図である。
ここには、「CO₂を減らせば天候をコントロールできる」という素朴な信仰と、それを前提にした政策決定がある。もちろん、温暖化リスクをまったく無視してよいわけではないが、「気候変動」という不確実性の高い問題に対して、もっとも確実で不可欠な「エネルギー供給の安定性」を犠牲にしてしまったのは、本末転倒と言わざるを得ない。
エディンバラ大学のゴードン・ヒューズ教授は、「移行コストは決して正直に語られてこなかった。そこには巨大な不誠実さがある」と批判している。
かつての「グリーン推進派」までが、石油・ガスを求める
興味深いのは、再エネ企業の経営者や環境活動家として知られてきた人々までが、いまや「北海の石油・ガス開発を弱めすぎるな」と訴え始めていることだ。
たとえば、イギリスの再エネ企業オクトパス・エナジー創業者は、国内の電力安定化のために、北海油ガスの役割を見直す必要性を語っている、環境活動家として「Just Stop Oil」を支援してきた人物までが、既存石油・ガスプロジェクトへの減税を求めていると報じられている。
つまり、現場を知る当事者ほど、「再エネだけでは回らない」「石油・ガスを敵視しすぎた」と実感し始めた、ということであろう。これは、単なるイデオロギー論争ではなく、電力網と産業を実際に動かしている人たちの悲鳴とも読むことができる。
日本は「他山の石」にできるのか
このヨーロッパの状況は、日本にとって他人事ではない。日本も「2050年カーボンニュートラル」や「再エネ主力電源化」を掲げ、同じようにFIT・FIPや各種補助金で再エネを大量導入してきた。電力価格の高止まりや供給力不足、系統制約など、すでに似た兆候は見えている。
もし日本が、ヨーロッパと同じように「インフラが整う前に旧来電源を切る」方向に進めば、産業競争力の低下と電力不安は、遅かれ早かれ同じように表面化するだろう。とくに、半導体・データセンター・AI産業を強化したいと考えるなら、「安価で安定した電力」は最優先の政策課題であるはずだ。
ヨーロッパのグリーン実験は、「理想を掲げれば現実がついてくる」という政治的楽観が、いかに高くつくかを示す生きた教訓だと言える。
「脱炭素=善」という単純図式から抜け出す
ここで重要なのは、「だからCO₂を全く気にするな」という話ではない、という点だ。問題は、CO₂だけを唯一絶対の指標とみなし、エネルギー安全保障、産業競争力、国民生活の負担といった他の要素を脇に追いやってしまう思考そのものにある。
ヨーロッパの例が示しているのは、「脱炭素を急ぐほど、結果的に国力と技術力を失い、グローバルな競争に負けてしまう」という逆説的な現実である。AIや次世代産業の覇権争いがエネルギー競争でもある以上、エネルギー政策の誤りは、そのまま文明の競争力の喪失につながる。
日本が学ぶべきことは、「脱炭素か経済か」という二者択一ではなく、「現実の物理法則と経済原理に立脚したエネルギー現実主義」に方向転換することではないだろうか。
おわりに
ヨーロッパの20年にわたるグリーン実験は、CO₂排出削減という一点だけ見れば成功かもしれない。しかし、電力価格の高騰と産業の空洞化、AI・ハイテク分野での遅れなどを合わせて評価するなら、「成功」と言い切るのは難しいように思う。
ヨーロッパの現実が示す通り、ネットゼロという政策思想は、理想を先行させた結果、経済・社会に深刻な負荷をもたらしている。日本が同じ道を歩む必要はない。
高市総理には、国際公約として脱炭素の旗を掲げつつも、その前提となってきたネットゼロの思想それ自体が、すでに現実と乖離した政策であることを明確に認識し、国民生活と産業を守る現実路線へと舵を切っていただきたい。日本の未来のために、脱炭素・ネットゼロの御旗を速やかに降ろし、政策転換を断固として実行していただきたい。
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