三反園・新鹿児島県知事は原発を止められない

2016年07月26日 18:11
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経済ジャーナリスト

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九州電力・川内原発

鹿児島県知事選で当選し、今年7月28日に就任する三反園訓(みたぞの・さとし)氏が、稼動中の九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)について、メディア各社に8月下旬に停止を要請する方針を明らかにした。そして安全性、さらに周辺住民の避難計画について、有識者らによる委員会を設置して検討するとした。

この行動が実現可能なのか、妥当なのか事実を整理してみる。結論を述べると、三反園氏の停止要請に九州電力は法的根拠がないので応じる必要はない。三反園氏と支持者は、再考をするべきと、筆者は考える。

反原発の主張が選挙戦に影響

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三反園氏は東京のテレビ朝日の元記者で、鹿児島の伊藤祐一郎知事の4選批判、そして過度な公共事業傾斜政策を批判して7月の選挙で当選した。現地関係者によれば、三反園知事は政党に属していないが、県内の反原発運動家や左派政治グループと政策協定を結んだ。その中で川内原発の安全性の確認と脱原発を認めた。数ある政策の中で原発対策は目玉の一つだ。そしてそのグループの人らの支援活動が当選にプラスに働いたという。

三反園氏はこの問題について、事務方と調整するとしている。ピークの8月時期を避けたのは、彼の現実への配慮かもしれない。原発は13カ月の運転の後で定期点検をすることになる。川内原発に2つある原子炉のうち、1号機は今年10月末、2号機が同11月末で定期検査を迎える。おそらく、その定期検査による稼動停止もにらんだ判断だろう。選挙戦の時と比べてトーンダウンしている。三反園氏は、常識的な判断をする人であるようだが、市民派の政治家の傾向として支持者に引っ張られてしまう可能性もありそうだ。

法的根拠のない原発の停止

原子力の再稼動について、安倍政権でおかしい状況が発生している。現行の諸法規は私企業の所有する発電プラントである原子力発電所と原子炉は一度認可を受ければ稼動が原則だ。法律に基づいて定期点検の際に止まるだけだ。安全性について問題があると認定した場合にのみ、規制委員会は原発の停止を命じることができる。ところが規制委は法的根拠がないまま原発を止めている。そして原子力に対する厳しい世論の批判から、政権はその再稼動をめぐる混乱の収拾策から逃げている。筆者記事「原発再稼働の手順を考える-第1号「川内モデル」から見えた無駄の多さ」でその詳細を説明している。

現行法では、上記記事で指摘したように、原発の運転に住民同意も知事の同意も必要ない。避難計画の策定も必要ない。三反園氏も「知事が原発を止める法的根拠はない」と新聞取材に答えている。

ただし各電力会社は立地県、市町村と安全協定を結んでおり、鹿児島県と九州電力の間にもある。(鹿児島県・九州電力「川内原子力発電所に関する安全協定書」)そこで、安全確保のために、県、自治体、住民への協議、配慮が盛り込まれているため、県は原発の運営に介入できる。そして再稼動の一番手となった川内原発では、世論への配慮から、立地場所自治体議会、県の決議ののちに知事が再稼動を認めるという手順を踏んだ。そして住民合意を重ねることを、政府も奨励した。

これには法的根拠はなく、儀式的ではあった。しかし世論の原子力への視線の厳しさを考えればやむを得ない手続きであっただろう。川内原発は九州地震に耐え、そしてそこからの復興の中で電力が不足しかねない今、停止でさまざまな問題が発生する。筆者記事「川内原発、停止の必要なし-リスク認識の誤り」ではその事情を説明している。

川内原発は九州全体にとって重要な電源であり、熊本・大分の被災地復興のための電力を供給している。ところが、鹿児島の一部の人の民意に知事が行動を左右され、原発の稼動が左右されかねない。非常に問題がある状況だ。原発を1基、火力発電に置き換えるだけで、燃料費は年1000億円程度かかる。緊急停止は大変な金銭負担を利用者にもたらす。三反園氏、また止めろと主張する人は、その責任を背負えるのか。法律上、利用者、そして電力会社は法的根拠のない原発の停止に、損害賠償請求ができる問題だ。

停止の基準を明確に

このおかしな状況をどのように変えればいいのだろうか。三反園氏と支持者らに理性的な行動を、さらに九州電力に住民・知事への説明を深める努力を求めたい。原発の稼動を法律に基づく形で認めながら、並行して安全性の確認、住民避難計画作り、周辺住民の理解促進をしていく常識的な政策に変えることだろう。特に、住民の避難計画は再稼動前に作成されたものの、一部の人から懸念が出ている。事故の可能性は少ないとはいえ、それをよりよいものにすることは必要だろう。

しかし、国レベルでもやることがある。原発の再稼動手続きを、法律や文書のような形で明確化することだ。それが法律上決められているにもかかわらず、なし崩し的にその手続きが変えられてしまっている。原子力発電所をめぐって住民の同意、理解は必要だ。しかし、それは感情という数量化できないものを対象にする。それを最大限尊重するにしても、今の状況は、反対派の住民にも、稼動させたい事業者にも、「将来のため何をすればいいのか分からない」という奇妙な状況になっている。ルールが明確でないためだ。新設組織の原子力規制委員会・原子力規制庁は、事務能力が高いとは思われず、自らが原子力政策の混乱の震源になっている。規制委は独立行政委員会だが、監督官庁の環境省、内閣府、与党がルールの明確化を迫る必要がある。

現在の日本の原子力規制で行われているのは、法治主義が徹底していない未成熟な国で行われる「人治」だ。公職にある人の裁量で重要な政策が決まることが、この自称先進国である日本で行われている。

福島原発事故後に、民主党の菅直人首相(当時)が法律に基づかない要請を連発。中部電力浜岡原発が、同首相の要請で停止した。静岡県の川勝平太知事は、浜岡原発の再稼動に消極的だ。さらに、新潟県の泉田裕彦知事は、東京電力を批判し、同社の柏崎刈羽原発に対して県による安全性チェックを行おうとしている。事業者と規制庁がすでに行っている対策を、第三者がさらにできるか疑問だ。

26日時点で選挙活動中の都知事候補の鳥越俊太郎氏は、「東京から250キロ以内の原発を止めることを求める」と政策で打ち上げた。あまりにも現実離れしている。

こうした人治の結果、代替案を政府がつくることなく原発が停止している。日本ある既設商業用軽水炉48基のうち、川内原発の2基しか現時点で原発は動いていない。原発停止の結果、15年度までに累計12兆円の代替燃料費がかかった。これはGDPを0.5%ほど押し下げ、全国平均で産業・家庭向けの電気代が共に2割以上上昇した。日本的な「空気」というあいまいなもので原発が止まり、みんなが損をしているのに、政府がそれを変えない異常な状況にある。

原子力をめぐって常識が通じる形にしてほしい。今の状況は明らかにおかしすぎる。混乱を鹿児島でさらに広げてはいけないだろう。そしてその混乱は、九州地震からの復興にも悪影響を与えかねない。

(2016年7月26日掲載)

石井孝明 経済ジャーナリスト・GEPR編集者

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