ビキニ環礁の核実験は「人体実験」だったのか

2017年07月31日 20:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

テレビ朝日が8月6日に「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送すると予告している。そのキャプションでは、こう書いている。

ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たちを避難させなかったのは人体実験のためであり、その後も内部被ばくの影響を継続的に調査するため、わざと汚染された島に帰島させていたというのだ。

米軍がロンゲラップ島を初めとするマーシャル諸島のデータを1948年から1970年まで詳細に取って調査したことは事実である。その調査結果は、2万5000人に及ぶ膨大な調査報告書としてネット上で公開されている。

アメリカが核実験(nuclear experiment)をやったことは事実だが、人体実験(human experiment)というのは意味が違う。これはナチスが強制収容所でやったように兵器の効果を人間で試す実験であり、戦争犯罪である。もし米軍がマーシャル諸島で本当に人体実験をやって「わざと汚染された島に帰島させていた」としたら大スクープだが、これは歴史的事実と合わない。

高田純『核爆発災害』によれば、核実験は1954年3月1日に行われたが、その前に米軍はロンゲラップ環礁から住民を退避させた。実験後にロンゲラップ本島にいた住民にも急性障害が出たので、3月3日から米軍の駆逐艦が「救出作戦」を開始した。人体実験なら救出は必要なく、ただちに人体への影響データを取るはずだ(激しい急性障害は2日程度で消える)が、そういう調査はまったくしていない。

医師団が到着したのは3月8日だが、このときも皮膚の検査をしただけだった。住民には脱毛や火傷や下痢などの急性障害が出ていたが、医師団はろくに治療もせず、海で体を洗うよう言っただけだという。ずいぶん間抜けな「人体実験」である。

核実験のあと住民を退避させたのは、最初の水爆実験だったので予想以上に爆発の規模が大きく、急性障害の及ぶ範囲が広かったためと思われる。もし米軍が意図的に彼らを退避させないで人体実験をした証拠が見つかったら、アメリカ政府はマーシャル諸島の住民から損害賠償訴訟を起こされるだろう。

逆にテレ朝(の使った翻訳者)がexperimentの意味を取り違えただけだとすれば重大な誤報であり、アメリカ政府は日本政府に抗議するだろう。テレ朝は、担当プロデューサーのクビが飛ぶぐらいではすまない。おまけに「フクシマの未来予想図」などという無関係な話を副題につけているのは論外である。

ビキニ環礁については、読売新聞の大誤報で間違ったイメージが世界に流布されているが、第五福竜丸の無線長の死因は肝炎であり、放射線障害で起こる症状ではない。テレ朝はこの機会にビキニ環礁の核実験を科学的に検証し、正しい事実を世界に伝える義務がある。

This page as PDF

関連記事

  • 田中 雄三 排出量は中所得国の動向に依存 日本は2050年に温室効果ガス(GHG)排出を実質ゼロにする目標を公表しています。それは極めて困難であるだけでなく、自国だけが達成してもあまり意味がありません。世界の動向に目を配
  • 調整が難航していた第7次エネルギー計画(原案)がやっと出たが、ほとんど話題にならない。何も新味がないからだ。計画経済でもないのに電源構成を政府が計画しているのは日本だけだが、今回はその数字も表1のようにぼかされている。こ
  • 日本の原子力の利用は1955年(昭和30年)につくられた原子力基本法 を国の諸政策の根拠にする。この法律には、原子力利用の理由、そしてさまざまな目的が書き込まれている。その法案を作成した後の首相である中曽根康弘氏が当時行った衆議院での演説を紹介したい。
  • 第6次エネルギー基本計画の検討が始まった。本来は夏に電源構成の数字を積み上げ、それをもとにして11月のCOP26で実現可能なCO2削減目標を出す予定だったが、気候変動サミットで菅首相が「2030年46%削減」を約束してし
  • 2015年12月8日開催。静岡県掛川市において。出演は田原総一朗(ジャーナリスト)、モーリー・ロバートソン(ジャーナリスト、ミュージシャン)、松本真由美(東京大学客員准教授、キャスター)の各氏が出演。池田信夫アゴラ研究所所長が司会を務めた。原子力をめぐり、メディアの情報は、正確なものではなく、混乱を広げた面がある。それを、メディアにかかわる人が参加し、検証した。そして私たち一般市民の情報への向き合い方を考えた。
  • 地球温暖化問題は、原発事故以来の日本では、エネルギー政策の中で忘れられてしまったかのように見える。2008年から09年ごろの世界に広がった過剰な関心も一服している。
  • 広島高裁は、四国電力の伊方原発3号機の再稼動差し止めを命じる仮処分決定を出した。これは2015年11月8日「池田信夫blog」の記事の再掲。 いま再稼動が話題になっている伊方原発は、私がNHKに入った初任地の愛媛県にあり
  • 文藝春秋の新春特別号に衆議院議員の河野太郎氏(以下敬称略)が『「小泉脱原発宣言」を断固支持する』との寄稿を行っている。その前半部分はドイツの電力事情に関する説明だ。河野は13年の11月にドイツを訪問し、調査を行ったとあるが、述べられていることは事実関係を大きく歪めたストーリだ。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑