原子力規制委員会によるバックフィット規制の問題点(上)

2014年02月24日 16:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

(全3回)()(

要旨

改正された原子炉等規制法では、既存の原発に新基準を適用する「バックフィット」が導入されたが、これは法の遡及適用になる可能性があり、運用には慎重な配慮が必要である。ところが原子力規制委員会は「田中私案」と称するメモで、すべての原発に一律にバックフィットを強制したため、全国の原発が長期にわたって停止されている。法的には安全基準への適合は運転再開の条件ではないので、これは違法な行政指導である。混乱を避けるためには田中私案を撤回し、新たに法令にもとづいて規制手順を決める必要がある。

原子力規制委員会の安全審査が大詰めを迎えている。これはメディアでは「再稼動の審査」と呼ばれているが、そんな審査は存在しない。これは技術基準の改正にともなう安全審査(設置変更許可などの審査)であり、運転の安全を確認する審査ではない。しかし規制委員会が新基準を過去に遡及適用する方針をとっているため、すべての原発の運転が無期限に止められている。

新基準にもとづいて既存の設備を改善するバックフィットは、特別にリスクの大きい場合は世界各国でも認められているが、このように全面的にバックフィットを適用する規制は他に類を見ない。ここではまずこれまでの経緯を簡単に振り返り、なぜこのような状況になったのかを明らかにし、原発停止による莫大な社会的コストを回避する方策を考える。

1.運転停止の経緯

現在のような状況になったのは、2011年5月6日に菅直人首相(当時)が中部電力の浜岡原発の停止を「要請」したことがきっかけである。当時、浜岡の3号機は定期検査中だったが、4・5号機は運転していた。菅は3号機だけでなく、動いている他の原子炉の停止も要求したが、この要請には法的根拠がなかった。30年以内にマグニチュード8クラスの東海地震が起こる確率が87%という国の被害想定が唯一の根拠だった。

原子炉等規制法には「主務大臣は、原子炉設置者が次の各号のいずれかに該当するときは、原子炉の運転の停止を命ずることができる」という規定があるので、重大な法令違反があった場合は運転停止命令を出すことができるが、浜岡原発には違反はなかった。浜岡3号機以降は東海地震に耐えられるように設計されており、耐震工事をすると採算の合わない1・2号機は廃炉の作業が進められている。法的には浜岡を止める根拠はない、というのが経済産業省の見解だった。

そこで菅は、根拠法のない要請という形をとった。中部電力がそれを受け入れるかどうかは、彼らの意思である。中部電力の臨時取締役会では、要請を受け入れると巨額の損失が出ることが問題になったが、経営陣は「津波に対する防護策等の対策が完了し、国が評価・確認したら再稼働を認める」という確認書を海江田万里経産相(当時)と交わして、要請を受け入れた。

経産省が民主党政権の方針を了解したのは、全国の原発を止めろという動きが強まる中で、東海地震のリスクの大きい浜岡だけを例外的に止める「ガス抜き」を図ったものといわれるが、浜岡が止まると問題は他の原発にも波及した。九州電力の玄海原発(佐賀県玄海町)の運転については、海江田が玄海町や佐賀県の了解をとったが、菅はこれを認めず、「ストレステスト」に合格することを要求した。

ストレステストにも法的根拠はなく、電力会社に渡されたのは、「我が国原子力発電所の安全性の確認について」と書かれた2011年7月11日付の3ページのメモだけである。この文書には3大臣の名前が書いてあるが、公印も押されておらず、文書番号もない。このメモでは<現状認識>として「稼働中の発電所は現行法令下で適法に運転が行われており、定期検査中の発電所についても現行法令に則り安全性の確認が行われている」と書かれている。運転は適法に行なわれているので、停止命令は出せないのだ。ここにはストレステストを実施せよとも、実施したら再稼働してよいとも書かれていない。

これに従って電力会社は31の原発でストレステストを行ない、第1次評価報告書を原子力安全・保安院に提出したが、保安院はそのうち大飯3・4号機と伊方しか原子力安全委員会に送付せず、安全委員会はそのうち大飯だけを合格として4大臣に送付した。この原因は、2012年3月に野田佳彦首相(当時)が「ストレステストの第1次評価では不十分だ」と国会で答弁したためと思われる。

しかし大飯だけはストレステストに合格したとして運転が継続された。他の原発の報告書は放置され、規制委員会は「ストレステストには法的根拠がないので参考にしない」という方針を決めた。ストレステストは実際の事故を想定して行なわれたシミュレーションで、規制委員会の書類審査より実効性の高いものだった。それを委員会が参考にもしないで捨ててしまったのは、安全性を向上させる気がないといわれてもしかたがない。

2.混乱したバックフィット規制

新しい安全基準は2013年7月に施行されたが、これは原発の運転とは別の問題である。定期検査の終わった原発は、100%の出力で運転する使用前検査を終えれば送電することになっており、今は使用前検査の前で止まっている。新しい安全基準を既存の原発に適用するバックフィットは、原子炉等規制法の改正で取り入れられたが、その規定(第43条の3の23)はきわめてわかりにくい。

原子力規制委員会は、発電用原子炉施設の位置、構造若しくは設備が第43条の3の6第1項第4号の基準に適合していないと認めるとき、発電用原子炉施設が第43条の3の14の技術上の基準に適合していないと認めるとき[…]その発電用原子炉設置者に対し、当該発電用原子炉施設の使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる。

この前段(強調した部分)が法改正で加えられた規定だが、ここで参照している第43条の3の6の1の4では「発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」と定めている。

つまり設備だけでなく「位置や構造」が安全基準に適合しないと規制委員会が認めた場合には「原子炉施設の使用の停止」を命じることができるようになったのだ。設備が不適合だという場合は、その設備を手直しすれば適合できるが、位置や構造が不適合だという場合は直すのが困難だ。日本原子力発電の敦賀2号機のように、既存の原発の下に活断層があるという理由で不適合になると、廃炉しかない。

このような極端なバックフィットは法の遡及適用であり、刑事罰については憲法で禁じている。行政法では認められる場合もあるが、建築基準法では耐震基準が強化された場合でも既存の建築物の使用停止を命じることはできない。他方、このような既存不適格の権利をあまりにも強く保護すると、老朽化した建物を除去できなくなる。いずれにしても慎重な配慮が必要である。

以下()に続く。

(2014年2月24日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 2025年7月、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)は、台湾有事を想定したシミュレーションの第3弾を公表した。第1弾、第2弾が中国軍による台湾侵攻を扱っていたのに対し、今回のテーマは「台湾封鎖」である。侵攻よりも敷
  • 今年3月の電力危機では、政府は「電力逼迫警報」を出したが、今年の夏には電力制限令も用意しているという。今年の冬は予備率がマイナスで、計画停電は避けられない。なぜこんなことになるのか。そしてそれが今からわかっているのに避け
  • 2月のドイツ総選挙においてフリードリッヒ・メルツ氏が率いるCDU/CSU(キリスト教民主同盟、キリスト教社会同盟)が勝利(得票率2021年時24.2%→28.5%)を収める一方、現政権を構成するSPD(社会民主党)(25
  • 米国農業探訪取材・第4回・全4回 第1回「社会に貢献する米国科学界-遺伝子組み換え作物を例に」 第2回「農業技術で世界を変えるモンサント-本当の姿は?」 第3回「農業でIT活用、生産増やす米国農家」 (写真1)CHS社の
  • 原子力規制委員会が11月13日に文部科学大臣宛に「もんじゅ」に関する勧告を出した。 点検や整備などの失敗を理由に、「(日本原子力研究開発)機構という組織自体がもんじゅに係る保安上の措置を適正かつ確実に行う能力を有していないと言わざるを得ない段階に至った」ことを理由にする。
  • 「持続可能な発展(Sustainable Development)」という言葉が広く知られるようになったのは、温暖化問題を通してだろう。持続可能とは、簡単に言うと、将来世代が、我々が享受している生活水準と少なくとも同レベル以上を享受できることと解釈される。数字で表すと、一人当たり国内総生産(GDP)が同レベル以上になるということだ。
  • 日本政府はCO2を2030年までに46%減、2050年までにゼロにするとしている。 これに追随して多くの地方自治体も2050年にCO2ゼロを宣言している。 けれども、これが地方経済を破壊することをご存知だろうか。 図は、
  • 筆者は、三陸大津波は、いつかは分からないが必ず来ると思い、ときどき現地に赴いて調べていた。また原子力発電は安全だというが、皆の注意が集まらないところが根本原因となって大事故が起こる可能性が強いと考え、いろいろな原発を見学し議論してきた。正にその通りのことが起こってしまったのが今回の東日本大震災である。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑