混迷する英国のエネルギー政策(1) — 低炭素化と国民負担と

2012年11月26日 14:00
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東京大学大学院教授

(GEPR編集部より)GEPRの提携するNPO国際環境経済研究所コラムを紹介する。日本では迫る選挙で、民主党は「グリーン・エネルギー革命」を争点の一つに掲げた。政治や世論では環境・エネルギー政策をイメージで語る例も多い。しかし、環境政策で先駆的な政策を次々と英国の例を見ると、印象論による議論だけではなく、コストと現実性の検証も行われている。

(以下本文)

原発も低炭素電源として優遇税制化が検討

英国のエネルギー政策をめぐる政府部内の対立が激化している。11月11日の英紙フィナンシャル・タイムズでは Ministers clash over energy bill という記事が出ていた。今月、議会に提出予定のエネルギー法案をめぐって財務省とエネルギー気候変動省の間で厳しい交渉が続いている。議論の焦点は原子力、再生可能エネルギー等の低炭素電源に対してどの程度のインセンティブを許容するかだ。

英国は2030年までに電力部門の脱炭素化を目指している。現在の発電構成を見ると石油、ガス、石炭のシェアが全体の71%、原子力が18%、水力その他が5%、風力が4%になっているが、これを2030年には原子力40%、風力28%、ガス・石油CCS15%、バイオマス7%等とし、脱炭素化するというものだ。非化石電源を導入するためのインセンティブとして導入が検討されているのがCfD(Contract for Difference)と呼ばれるスキームであり、一種の固定価格買取制度である。

即ち、低炭素電源の種別に購入価格を設定し、それが電力市場価格よりも上回っている場合は、差分を支払い、下回った場合は差分を返還するというスキームだ。日本の固定価格購入制度との一番大きな違いは、原子力も非化石電源として補助対象になっていることだ。この差分は電力料金に加算され、間接補助金として国民が負担することになるが、英国では財務省が課金コントロール制度(levy control system)を通じて間接補助金総額に上限を設定している。

コストをめぐる論争が続く

租税ではないが、政府の政策によって国民に負担をもたらす以上、それが野放図に拡大しないよう、一定のシーリングを設定するという考え方である。英国の太陽光発電の購入価格は、最近2年足らずの間に30.7ペンスから7.1ペンスに大きく切り下げられたが、これは太陽光発電の導入拡大に伴う補助額が、シーリングに収まらず、購入価格を引き下げざるを得なかったことによる。

このシーリングは2012-13年度26億ポンド(約3380億円)、2015年には39億ポンドまで引き上げることが決まっているが、それ以降の道筋が決まっていない。英国の温室効果ガス対策に提言する独立機関の気候変動委員会は、電力部門の脱炭素化を実現するためには2020年までにシーリングを80億ポンド程度に引き上げる必要があると見込んでいるが、その是非をめぐって財務省とエネルギー気候変動省の間で激しい議論になっているのだ。

保守党出身で経済運営全般を担当するオズボーン財務大臣は低炭素電源導入の根拠となっている「2030年電力セクター非化石化」は高コストであり、少なくとも2030年までは安価なガス火力を使うべきであるとの見方である。このため、再生可能エネルギー等への間接補助金の拡大には消極的だ。エネルギーコストの値上がりに対する国民の不満が政治問題化していることもその背景になっている。先般、キャメロン首相が「消費者に最も安い価格を保証する」との突如発言し、大騒ぎになったのも同じ文脈だ。


オズボーン財務大臣(左)とデイビーエネルギー気候変動大臣(右)

他方、連立与党である自由民主党出身のデイビーエネルギー気候変動大臣は上記目標達成のためには適切なインセンティブの付与が必要と主張している。実は再生可能エネルギー支援についてはエネルギー気候変動省内部でも不協和音がある。先般、風力に批判的なヘイズ・エネルギー担当閣外大臣が「英国全土に陸上風力をばらまくのはもう沢山だ」と発言し、上司のデイビー大臣がそれを否定して回るという醜態があった。ヘイズ閣外大臣は保守党出身であり、連立与党内の争いに発展している感がある。

単純でない「グリーン・エネルギー革命」

非化石電源への投資を期待されているエネルギー産業の見方も割れている。英国で原子力発電所の新設をめざすEDFを含め、複数の企業のCEOはキャメロン首相に対して「政府部内で意見が対立していることは今後の投資環境に不透明性をもたらすものである」との懸念を表明した書簡を発出した。

他方、RWEやセントリカのようにガス火力に投資を行っている企業は、野心的過ぎる温暖化目標は英国経済にとってメリットにならないと主張している。米国がシェールガス革命により、2035年頃にはエネルギー自給を達成し、しかも低エネルギーコストを享受しそうな状況の中で、欧州の産業界の中には米国との競争ポジションの悪化を懸念する声も大きい。

持続可能な成長をもたらすための政策は、それ自体が持続可能である必要がある。固定価格買取制度によって大幅な風力、太陽光発電の導入を実現した一方、補助金コストを支えきれなくなり、制度の停止に追い込まれたスペインは、まさに「政策のソブリンリスク」の典型例といえよう。

低成長に苦しむ英国で、景気回復と低炭素化の推進という2つの目標をどう両立させていくのか、今後の日本のエネルギー政策にも貴重な示唆を与えるのではないか。一つ明らかなことは、数年前に言われたような「グリーン政策を推進すれば、新たな産業・雇用が生まれ、グリーン成長が達成できる」というほど現実は単純ではないということだ。

これまでの欧州のエネルギー・環境政策はスローガン唱導(advocacy) が特徴であったが、最近の欧州諸国の現状を見ていると、そうとばかりも言っていられなくなってきたようだ。

英国の気候変動政策では11月23日に動きがあった。その新しい動きを「混迷する英国のエネルギー政策(2)— 連立与党内の対立、そして妥協の成立へ 」で掲載する。

(2012年11月26日掲載)

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