石炭火力をたたくならば原子力再稼働を進めるべきだ
環境団体による石炭火力攻撃が続いている。昨年のCOP22では日本が国内に石炭火力新設計画を有し、途上国にクリーンコールテクノロジーを輸出していることを理由に国際環境NGOが「化石賞」を出した。これを受けて山本環境大臣は「残念だが覚悟はしていた」と発言したという。筆者はこの記事を読んだとき、とても残念に思った。
石炭は化石燃料の中でもCO2、SOX、NOXの含有量が化石燃料中最も多い。環境団体が石炭を目の敵にするのも理解できないわけではない。しかし1国のエネルギーミックスは地球温暖化を含む環境保全(Environment)だけを元に決めるわけには行かない。エネルギー安全保障 (Energy Security)、経済成長・経済効率(Economic Growth/Economic Efficiency)の3つのEをバランスさせねばならない。
わが国の2030年26%減目標を決めるに当たっては福島第一原発事故によって、これまで安価なベースロード電源を提供していた原発を全て喪失した状態から出発せねばならなかった。エネルギー自給率の回復、電力価格の低下、他国に遜色ない目標という3つのEを満たすために「捻り出された」のが原発20-22%、再エネ22-24%、石炭火力26%を含む化石燃料火力56%という電源構成だった。この中には老朽化した石炭火力をリプレースするものも当然に含まれる。途上国に対するクリーンコールテクノロジーの輸出についても日本が進めている二国間クレジットの対象になっている。いずれも環境省を含め政府一体としてエンドースされた施策であり、国際環境NGOから化石賞をもらったくらいで、政府の閣僚が「覚悟はしていた」と恐れ入っていてはいけないのである。
環境省は、現在、俎上に上がっている石炭火力新設プロジェクトが全て実現したら、エネルギーミックスで想定された石炭火力発電量を大幅に上回るとの理由で、新設計画に物言いをつけている。しかし石炭火力新設プロジェクトの相当部分は、原子力発電所再稼働の見通しが不透明な中でベースロード電源の代替として生じてきたものであることを忘れてはならない。
昨年5月に「石炭火力を大幅に増強するという日本の計画は誤った予測に基づき、日本は600億ドル超の座礁資産を背負い込むになる」というセンセーショナルな見通しを出したオックスフォードスミス企業環境大学院の「Stranded Assets and Thermal Coal in Japan」は、俎上に上がっている石炭火力新設計画が「全て」実現し、それが5-15年で「全て」座礁資産化するという非現実的な前提によって座礁資産額を計算した粗雑な代物であり、国際環境経済研究所のサイトにおいて「オックスフォード大の石炭火力座礁資産化論に異議有り」という批判論文を出したところである。しかしこのオックスフォード大報告書も、新規石炭火力にとっての大きなリスク要因は原発の再稼動であることについては正しく指摘している。ならば環境大臣は温暖化対策担当大臣として、もっと積極的に原子力の再稼働の必要性を国民に訴えるべきではないか。残念ながら、環境大臣がそのような発言をしている事例を承知していない。原子力再稼動については口を閉ざす一方、再稼動が進まない場合の代替案として浮上している石炭火力についてのみ「個人的には容認しがたい」と言っていたのでは首尾一貫しないであろう。
環境NGOの多くは一方で石炭火力新設を糾弾しておきながら、他方で原子力再稼働にも反対している。そして原子力の穴は石炭ではなく、再生可能エネルギーで埋めればよいと主張している。再生可能エネルギーのコスト高を指摘されると「再生可能エネルギーのコストは急速に下がっており、既に既存電源と十分競争できるレベルになりつつある」と豪語する。他方で、日本経済に膨大な補助負担をもたらしている固定価格買取制度の引き下げや競争導入には「再エネへの逆風だ」と反対する。彼らの議論の特色は再生可能エネルギーやバッテリーのコスト低下見通しについては、過剰なほど楽観的である一方、原子力やCCS(炭素貯留隔離)といった他の非化石電源の技術革新については全く目を向けようとしないことだ。原子力オプションを支持する人は「再エネをやめるべきだ」とは言わないが、再エネ派の中には「原発をやめて再エネで代替すべきだ」という人が多すぎる。これが震災後の日本のエネルギー政策の議論をゆがめたものにしている。
最近、左翼リベラルを批判する際に「ダブルスタンダード」という言葉がよく使われるが、ダブルスタンダードの問題は反原発、再エネ派にも当てはまるように思えてならない。

関連記事
-
政策家の石川和男氏へのインタビュー記事です。政府は、発送電分離を柱にする2020年までの電力自由化を打ち出しました。しかし、これは「電力価格を引き下げる」という消費者や企業に必要な効果があるのでしょうか。また原発のことは何も決めていません。整合性の取れる政策は実行されるのでしょうか。
-
以前、海氷について書いたが、今回は陸上の氷河について。 6000年前ごろは、現代よりもずっと氷河が後退して小さくなっていた(論文、紹介記事)。 氷河は山を侵食し堆積物を残すのでそれを調査した研究を紹介する。対象地点は下図
-
東京電力福島第一原発の事故処理で、汚染水問題が騒がれている。このコラムで私は問題を考えるための図を2つ示し、以下の結論を示したい。
-
今年も3・11がやってきた。アゴラでは8年前から原発をめぐる動きを追跡してきたが、予想できたことと意外だったことがある。予想できたのは、福島第一原発事故の被害が実際よりはるかに大きく報道され、人々がパニックに陥ることだ。
-
前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回のテーマは食料生産。以前、要約において1つだけ観測の統計があったことを書いた。 だが、本文をいくら読み進めても、ナマの観測の統計がとにかく示
-
おそらくGEPR読者の方の多くは、福島第一原発事故による放射線被害はほぼ無いものと理解され、心配もしていないことだろう。しかしながら、社会の一部にまだ心配が残るようだ。事故からもう2年近くになる。さまざまな方が、不安を払拭するための努力を行っている。この原稿でもその試みを行いたい。
-
12月8日記事(再掲載)。14日に衆議院選挙が行われ、事前の予想通り、自民党、公明党の連立与党が安定多数を確保。エネルギー分野では問題が山積しているのに、大きな変化はなさそうだ。
-
以前書いたように、再生可能エネルギー賦課金の実績を見ると、1%のCO2削減に1兆円かかっていた。 菅政権が26%から46%に数値目標を20%深堀りしたので、これは年間20兆円の追加負担を意味する。 20兆円の追加負担は現
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間