福島産の食物を食べる1・地域の食文化
(全4回、前2回は3月9日、後2回は3月16日掲載)
(写真1)赤青カードを使った地域シンポジウムの様子
はじめに
2015年2月3日に、福島県伊達市霊山町のりょうぜん里山がっこうにて、第2回地域シンポジウム「」を開催したのでこの詳細を報告する。(第一回報告「福島の不安に向き合う」(上)(下))
その前に第2回地域シンポジウムに対して頂いた率直な意見の例である。
『食べる楽しみや、郷土の食文化を失ってしまった地元民の悲しみや憤りは察してあまりある。しかし、その気持ちにつけこんで、わざわざシンポジウムで、子供に汚染食品を食べるように仕向ける意図は何なのか?食べたい人は自己責任で食べればいいのです。そーっと専門家はその影響を伝え、食べる判断するのはその個人です。公の場で言う必要性は全くないでしょう。この事が家族内や地域内の人間関係の歪みを生みます(子どもに食べさせたくない母親と孫に食べさせたい祖父との間に)このシンポジウムの目的は一体は何なのでしょうか?』
『「汚染きのこを食べるより車の運転のほうが危険」という専門家。耳を疑う言葉が飛び交う会が福島であった。放射能の危険を除去するのもそこそこに安全性を住民に訴える。国や東電は、安心できる生活を取り戻したい福島の人々の気持ちをどこまで踏みにじるのか。』
「イノハナご飯を食べたら7秒寿命が縮まる? 問題のすり替えをしてごまかさないで! 人間の体は機械じゃないんです。どう寿命が縮まって、どう死に至るんですか。いったい人の命をなんだと思っているんでしょうか」(伊達市在住・岡崎瑛子さん・仮名)
「栄養が偏らないように必死に産地を選び、調理法まで工夫している親の苦労がわかりますか? こんなシンポジウムにお金を使うなら、子供に健康被害がでないように対策を立てろと思います」(いわき市在住・遠藤千香さん・仮名)
『「山や川の幸を食べたい」という地元民の気持ちをくんでいるように見えるが、リスクを福島県民に押しつけているだけではないか。』
原発事故でもたらされたリスクと付き合うとはどういうことなのだろうか。社会での正義とは一体何だろう。善意の衝突のジレンマとどのように向き合えば良いのだろうか。
1・地域メディエーターとしての活動
著者は地域メディエーターとして、主に福島県伊達市で2012年3月からの3年間に約220回の放射線学習講話と約130回の放射線相談窓口や家庭訪問を自治体の保健師と行ってきた。これらの活動は、市民との対話を重視し、それぞれの感情を大切にすることを心がけるともに、様々な立場の地域資源や外部の支援者を活用して、地域でのさまざまな課題の解決を模索してきた。
この手法の特徴を捉えるものとして、自身を「地域メディエーター」と称している。この活動は原発事故後に私が福島県田村市で市民集会の開催などに関わったことに、さかのぼることができる。伊達市での活動はそれまでの経験をいかしている。伊達市の行政による個人線量計による外部被ばく実態調査、食品の放射能検査やホールボディカウンターによる内部被ばくの実態調査を市民の疑問に答える材料として活用するだけなく、人々の気持ちを扱い率直に語りかける取り組みは、多くの市民に受け入れられてきたと考えられる。(「だて市政だより災害対策号 第70号p3」)。もっとも講話直後の回答なので、演者に対してより好意的な評価になっているとも考えられるが、講話の楽しさは自負している)
地域での放射線講話は行政の主導ではなく、地域住民の口コミにより行政側に要望が寄せられ広がった。また地域メディエーターの役割として、市民と行政の仲介役以外に東京などの都市部や諸外国から訪れた医師や放射線の専門家と地域の人々の仲介も担っている。福島は他県に比べて広大で、その地域性は多種多様であり、福島駅や郡山駅周辺の市街地と伊達市霊山町などの山間地域との文化や価値観の違いを示すことも心がけている。
2・中山間地域の食文化の保持・復活と食の安全の綱引き
伊達市健康福祉部健康推進課の放射線学習講話で筆者の話を聞いた年配の住民から平成25年9月に提示されたデータを示す。(資料1)
放射線学習講話で筆者がキノコ好きであることを知り相談窓口(参考「だて市政だより平成25年3月28日号」)に訪れたのである。野生のキノコを水洗いして放射能測定し、水煮して測定し、さらにもう一回水煮をして測定している。二度水煮をしてしまえば野生のキノコ独特の芳醇な香りも味ももうほとんど残っていないだろうに。どうにかして食べたいという思いを感じた。
このデータの提示以前の平成25年度(2013年)当初から、野生のキノコや山菜を食べたい、食べてしまった、もう諦めたから生きる楽しみが無い等の相談が相次いでいた。しかし、行政の事業としての放射線学習講話であることから、個人的な見解であるとしても福島県からの摂取制限の指導に反した話ができるかどうか、どこまで踏み込んでメッセージを伝えるべきかが大きな悩みとなり、幾度も心のケアチームで議論を繰り返した。
同時期に伊達市放射線アドバイザーよりノルウェーのサーミ人の摂取制限値(年間6万ベクレル 子どもは半分;食品による内部被ばくの参考レベルは日本と同じく1mSv/y)が提案され、伊達市長も同意されたことより、きちんと測定をしつつ食べても良いというメッセージを出せるようになり、さらに心のケアチームによる放射線学習講話を聴いてどうしても食べたい方では食べる事への抵抗感が和らいできた。
ある食材の濃度だけに着目するのではなく、摂取総量で管理しなければ意味がないとの考え方は住民の間でも自然に持たれていた。けれども、口から入る放射性物質の量をできるだけ減らしたいという気持ちだけではなく、放射能汚染が最も高いと思われがちな山林(実際には山林内の線量は山道より高くない)に入る事での被ばくへの恐怖感、そして大繁殖中※3のイノシシとの遭遇の恐怖心から、キノコ採りや山菜採りの食文化は消えていて、この影響が生活全般に及ぶことが懸念された。
(参考2)伊達市のイノシシの捕獲等数は、平成23年度(11年度)100頭(後期集計数)、平成24年度739頭、平成25度1,459頭、平成26年度約1,000頭(伊達市農林業振興公社発表)
3・イノハナとイノシシ
イノハナ(猪鼻)※写真2とは、イボタケ科のキノコで、分類学的にはコウタケとシシタケの総称であるが、福島、宮城、山形地方の方言として知られる野生のキノコである。独特の強い香りを持ち、秋になると価格的にもマツタケと同等で市場に出てくる。市街部よりは中山間地域で身近な存在で、ある地域では小学校の秋の運動会の昼食にてほぼ全員がイノハナご飯※写真3を食していたとの証言もある。
金木犀が咲くころに収穫できるイノハナは、稲刈りの時期とも重なるため、稲刈りの仕事を投げ出して我先にとイノハナ採りに夢中になる年老いた父親と、働き盛りとなった息子と大喧嘩となる風景もそれほど珍しくなく、そんな父親の臨終の時に、イノハナの出る場所を懸命に聞き出そうとする息子の慌てぶりの逸話も聞くことが出来る存在がイノハナなのである。イノハナ採りの名人は、大量に収穫したイノハナを足腰が弱りもう山林から遠のいた近隣の老人たち中心に配り、地域全員が分け隔てなく一年に一度の山の恵みを共有する。地域の誰もが独特の強い香りを放つイノハナご飯が食卓を飾り、名人と山の恵みに感謝する。
イノハナなどのキノコは、糸状菌類に分類され食物連鎖の中では分解者に位置し、ホメオスタシス機構(生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれるという性質)に則さないため放射性セシウムを吸収し続けてしまう傾向がある。そのため平成26年秋でも比較的高濃度(数千Bq/kg)の放射性セシウムを含む食材となっている。なお筆者は、東電福島第一原発事故から7か月後の平成23年10月19日に限られた情報の中ではあったが「放射性物質に対する天然キノコの特性についての考察-風評被害を防ぐために-」をたむらと子どもたちの未来を考える会に書いている。※4(リンクされている摂取制限についての記事は、野生のキノコへの恐怖心がまだ強く放射能に対してセンシティブな内容になっている。
イノシシは、東電福島第一原発事故前は極一部の中山間地域の食文化として親しまれている。特に11月のイノシシの肉は美味でほとんど臭みも無く、この時期のイノシシがドングリなどの堅果類を食べていることが理由と言われる。
捕獲後に幾本かのイノシシ解体専用ナイフを用いて皮を剥ぎ、肉を捌く手際の良さは、肉のお裾分けを頂きに来たみなさんの目を楽しませ、季節のイベントでありかつ地域のコミュニケーションの場を作っていた。
イノシシのハンターにとって、単に捕獲し焼却処分をすることに強い抵抗を感じていて、人間の都合で殺生したのだから食べることが供養であり、それが古くから存在するマタギの精神だと語る。東電福島第一原発事故後に、捕食できなくなったイノシシの増殖が続き※6、田畑への食害等を防止するため捕獲への報奨金制度が導入され増殖を抑える方策が取られていた。伊達市において捕獲されたイノシシ肉の放射能量は、平成26年には、秋前までは100Bq/kgを下回るものの、秋には1000Bq/kgを超えるイノシシも捕獲される。秋になると比較的高濃度に放射能に汚染されたキノコや地衣類を食べるために放射能濃度が増加する傾向にある。
4・損失余命
放射線リスクの一つの指標として、損失余命がある。これを、福井県立大学経済学部の岡敏弘氏が2011年11月7日に「放射線被曝回避の簡単なリスク便益分析」として放射線による損失余命を算出し発表している。(岡氏ホームページ)
リスク関係の専門家の間では、この損失余命は一般の方には受け入れ難いのではという疑問が持たれていたようだが、著者による放射線学習講話において、この損失余命による放射線のリスク評価は地域住民の各世代に好意的に受け入れられている。
これは講話中の参加者の表情やアンケートの結果から推察している。「もっとこの損失余命のリスク評価を多くの人に知らせるべきだ」との評価を、地域の区長さんなど講話参加者から寄せられている。東電福島第一原発事故以降の行政や放射線専門家によるBq(ベクレル)やμSv(マイクロシーベルト)の単位による数値の解説は、一般人には容易に理解できず、生活における放射線リスクの相場観を得るまでには至っていない現状がある。この背景から、著者は実際の生活に則した食材を例にとってBqやSvを秒数に換算し解説している。以下に実際のスライドを示す。(資料2-1、2−2、2-3)
これらスライドにおいて、特定の食品や食材と放射性物質とを比較している事には問題があり、講話中にもコーヒー中のカフェイン、ヒジキ中の無機ヒ素がその原因であり、ベネフィットは無視してリスクだけを比較しているためコーヒーを飲んではいけない、ヒジキを食べてはいけないと言う意味ではないと必ず付け加えている。コーヒーにしてもひじきにしても大きな便益がある。
このような特定の食品との比較は一見わかりやすく感じるかもしれない。しかし、特定の業界に不利益をもたらすだけではなく、リスクの考え方を単純化しすぎるという大きな欠点がある。また、これまでの講話では安心材料を求める方の要望にこたえることになっており、放射線のことを警戒すべきと考えている方を追い詰めかねない重大な欠陥もある。それぞれの価値観を大切にしてリスクとの付き合いを納得できるものとし社会正義を実現していくことが課題である。
半谷輝己(はんがい てるみ)BENTON SCHOOL校長、地域メディエーター。福島県双葉町生まれ、現在は田村市に在住。塾経営をしながら、2012年からは伊達市の放射能健康相談員として、 市の学校を中心に220回の講話、130回を超える窓口相談(避難勧奨区域の家庭訪問)を実施。13年度より、福島県内の保育所からの求めに応じて講演を 実施。日本大学生産工学部工業化学科卒、同大学院工学修士。半井紅太郎の筆名で『ベントン先生のチョコボール』(朝日新聞出版)を発表している。
(2015年3月9日掲載)
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