「2050年ネットゼロ」には消費税52%分の炭素税が必要だ

2021年06月16日 09:30
アバター画像
アゴラ研究所所長

CO2排出を2050年までに「ネットゼロ」にするという日本政府の「グリーン成長戦略」には、まったくコストが書いてない。書けないのだ。まともに計算すると、毎年数十兆円のコストがかかり、企業は採算がとれない。それを実施するには、政府の補助が必要だが、そんな財源はない。

ネットゼロに必要な炭素税は毎年114兆円

この点でIEA(国際エネルギー機関)の出した「ネットゼロ」ロードマップは正直である。その前提となるシナリオは、次の表のように、先進国では2025年にカーボンプライス(炭素税)が75ドル/トンから始まり、2050年には250ドル/トン。この数字はピンと来ないと思うが、ざっくりいって250ドルの炭素税は毎年36兆円。消費税に換算すると16%である。

ネットゼロを実現するためのカーボンプライス(ドル/トン)IEA

他のシナリオの見積もりは、もっと大きい。世界の中央銀行の有志によるNGFSのシナリオでも、2020年代に160ドルから始まり、最悪の場合は1.5℃上昇(ネットゼロに対応)に抑えるコストが、2050年に800ドルになると想定されている。これは毎年114兆円、消費税に換算すると52%である。

ネットゼロを実現するための炭素税(ドル/トン)NGFS

熱帯の途上国にはメリットがあるが、コストは先進国が負担する

ネットゼロの目的は、2100年までに産業革命前から3℃上昇すると予想される気温を、1.5℃上昇に抑えることだ。これはIPCCが2018年に提言した目標で、2030年までに46%削減という日本政府の目標は、その論理的な帰結である。

1.5℃上昇に抑えると、どんな効果があるのだろうか。次の図はNGFSが、最悪の場合(3℃上昇)のGDP損失を国ごとに図示したものだが、先進国のほとんどはマイナス10%程度で、ロシアやカナダでは暖かくなるので、ほとんど被害がない。

3℃上昇による2100年のGDP損失(NGFS)

GDPの20%以上の大きな被害が出るのは、インドやアフリカなど熱帯の発展途上国である。洪水が増える地域は、河川管理のできない途上国に集中し、先進国ではほとんど増えない。だからネットゼロのメリットは、先進国ではGDPの10%程度だが、これを金利3%で80年で割り引くと、現在価値はGDPの1%程度である。

先進国では80年先の温暖化対策のメリットは、現在の炭素税のコストよりはるかに小さいが、途上国ではその逆だ。IEAのシナリオでも、先進国は途上国の5倍から25倍のコストを負担する。つまり地球温暖化対策は、先進国がコストを負担して熱帯の災害を防ぐ開発援助なのだ。

それはやったほうがいいが、途上国の人々にとっては、2100年の地球の平均気温より、きょう生きるための食糧や医療が大事だ。それを知っているはずの国際機関がこんな非現実的なシナリオを発表するのは、政治的意図を疑わざるをえない。

しかし炭素税という形で、温暖化対策のコストが明示されたのは一歩前進だ。地球環境問題は命か金かの二択ではなく、費用対効果をいかに最適化するかという経済問題である。菅政権はネットゼロに国家予算を投入する前に、80年後の気温を1.5℃下げるために、消費税52%分の炭素税を払うかどうか、国民の選択を問うべきだ。

This page as PDF

関連記事

  • 資本主義永続としての「脱成長」のロジック 『資本論』のドイツ語版からの翻訳とフランス語版からの翻訳のどちらでも、第1巻の末尾で「資本主義的所有の最後の鐘が鳴る。今度は収奪者が収奪される」(マルクス、1872-1875=1
  • きのうの言論アリーナは民進党の高井崇志議員に話を聞いたが、後半はやや専門的な話なので、ちょっと補足しておきたい。核拡散防止条約(NPT)では非核保有国のプルトニウム保有を禁じているが、日本は平和利用に限定することを条件に
  • 原子力規制委員会が11月13日に文部科学大臣宛に「もんじゅ」に関する勧告を出した。 点検や整備などの失敗を理由に、「(日本原子力研究開発)機構という組織自体がもんじゅに係る保安上の措置を適正かつ確実に行う能力を有していないと言わざるを得ない段階に至った」ことを理由にする。
  • 日本のSDGs達成度、世界19位に低下 増えた「最低評価」 日本のSDGs(持続可能な開発目標)の進み具合は、世界19位にランクダウン――。国連と連携する国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SD
  • 洋上風力発電事業を巡る汚職事件で、受託収賄容疑で衆院議員、秋本真利容疑者が逮捕された。捜査がどこまで及ぶのか、今後の展開が気になるところである。各電源の発電コストについて、いま一度確認しておきたい。 2021年8月経済産
  • 菅首相が昨年末にCO2を2050年までにゼロにすると宣言して以来、日本政府は「脱炭素祭り」を続けている。中心にあるのは「グリーン成長戦略」で、「経済と環境の好循環」によってグリーン成長を実現する、としている(図1)。 そ
  • スティーブン・クーニン著の「Unsettled」がアマゾンの総合ランキングで23位とベストセラーになっている。 Unsettledとは、(温暖化の科学は)決着していない、という意味だ。 本の見解は 気候は自然変動が大きい
  • 広野町に帰還してもう3年6ヶ月も経った。私は、3・11の前から、このままでは良くないと思い、新しい街づくりを進めてきた。だから、真っ先に帰還を決意した。そんな私の運営するNPOハッピーロードネットには、福島第一原子力発電所で日々作業に従事している若者が、時々立ち寄っていく。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑