石炭火力発電の機動分散運用で日本を防衛すべきだ

da-kuk/iStock
日本の防衛のコンセプトではいま「機動分散運用」ということが言われている。
台湾有事などで米国と日本が戦争に巻き込まれた場合に、空軍基地がミサイル攻撃を受けて一定程度損傷することを見越して、いくつかの基地に航空機などの軍事装備やその補給体制を分散して配備しておき、ある地点が攻撃されて使用不能になっても、他の地点に拠点を移して粘り強く交戦を継続するというコンセプトだ。
・解説記事
さて、戦争になると狙われるのは軍事施設の次にエネルギーインフラである。ミサイルとドローンによって、ロシアはウクライナの発電能力の7割を破壊した。ウクライナもロシアのディーゼル燃料生産能力の2割を破壊している。
またシーレーンも攻撃対象になる。イエメンのフーシ派は、紅海とそれに続くパナマ運河を2023年11月以来封鎖している。ウクライナは無人艇による攻撃でロシア黒海艦隊を封じ込めている。日本は島国なのでタンカーを攻撃されるとエネルギー輸入が途絶する恐れがある。
ではシーレーンが封鎖され、電力インフラが攻撃されると、日本はもつのだろうか。いま原子力は再稼働がなかなか進んでいない。LNGは燃料の長期保管に適さないので3週間分しか在庫がない。
そこで重要になるのが石炭である。いま日本の石炭火力は発電全体の3割を占める主力電源である。下図は松尾豪氏の作成したマップだ。

図 日本の石炭火力発電所
松尾豪氏作成(2020年7月2日)
これだけ多くの石炭火力発電所が全国に「分散」して配置してあれば、いくらか攻撃を受けても、他の石炭火力発電所で電力を供給し続けることができる。送電網が維持されていれば、それによって互いに電力を融通する「機動」もできる。電力版の「機動分散運用」が出来る訳だ。
防衛の「機動分散運用」では、それぞれの基地で整備体制や補給体制が構築されている必要があるが、これはこの電力版の「機動分散運用」でも同じことだ。
幸いにして石炭は備蓄が可能である。それぞれの火力発電所に十分に石炭を備蓄しておけば、有事への備えになる。
いま日本政府は「脱炭素」のためとして、石炭火力発電所を大幅に減らす政策を実施している。だが防衛の観点から見ればこれは愚かなことだ。なぜなら、中国が破壊する以前に、日本政府が石炭火力発電所を破壊していることになるからだ。
石炭のもつ防衛上の価値をきちんと評価し、備蓄を積み増し、また、いまある火力発電設備を維持するための仕組みを整備すべきだ。
最後に余談だが、いま、新たなエネルギーインフラへの攻撃が勃発しかねない状況にある。イランとイスラエルの緊張が高まっており、イスラエルはイランの原子力ないし石油生産設備を攻撃するかもしれないと言われているが、そうなればイランはイスラエルのエネルギーインフラを攻撃すると言われている。
イスラエルは火力発電に頼っており、上位6つの火力発電所で国全体の7割から8割の電力を供給している。図はChatGPTに作図させたものであまり正確ではないがイメージはつかめるだろう。

図 イスラエルの主要な発電所
ChatGPTによって筆者作成
これが破壊されると、イスラエルの経済活動は大幅な支障を来すことになる。10月3日の攻撃でイランはすでにイスラエルの空軍基地にミサイルを着弾させており、同様にしてエネルギーインフラを攻撃すれば大規模な損害を与えうる能力を示している。
■

関連記事
-
先日、朝日新聞の#論壇に『「科学による政策決定」は隠れ蓑?』という興味深い論考が載った。今回は、この記事を基にあれこれ考えてみたい。 この記事は、「世界」2月号に載った神里達博氏の「パンデミックが照らし出す『科学』と『政
-
>>>『中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味①日米欧の分断』はこちら 3. 日米欧の弱体化 今回のゼロエミッション目標についての論評をネットで調べてみると、「中国の目標は、地球温暖化を2℃以下に
-
15年2月に、総合資源エネルギー調査会の放射性廃棄物ワーキンググループで、高レベル放射性廃棄物の最終処分法に基づく基本方針の改定案が大筋合意された
-
EUのEV化戦略に変化 欧州連合(EU)は、エンジン車の新車販売を2035年以降禁止する方針を見直し、合成燃料(e-fuel)を利用するエンジン車に限って、その販売を容認することを表明した。EUは、EVの基本路線は堅持す
-
私の専門分野はリスクコミュニケーションです(以下、「リスコミ」と略します)。英独で10年間、先端の理論と実践を学んだ後、現在に至るまで食品分野を中心に行政や企業のコンサルタントをしてきました。そのなかで、日本におけるリスク伝達やリスク認知の問題点に何度も悩まされました。本稿では、その見地から「いかにして平時にリスクを伝えるのか」を考えてみたいと思います。
-
波紋を呼んだ原田発言 先週、トリチウム水に関する韓国のイチャモン付けに対する批判を書かせていただいたところ、8千人を超えるたくさんの読者から「いいね!」を頂戴した。しかし、その批判文で、一つ重要な指摘をあえて書かずにおい
-
今年3月の電力危機では、政府は「電力逼迫警報」を出したが、今年の夏には電力制限令も用意しているという。今年の冬は予備率がマイナスで、計画停電は避けられない。なぜこんなことになるのか。そしてそれが今からわかっているのに避け
-
日本の電力系統の特徴にまず挙げられるのは、欧州の国際連系が「メッシュ状」であるのに対し、北海道から 九州の電力系統があたかも団子をくし刺ししたように見える「くし形」に連系していることである。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間