スマートグリッドが切り拓く新生スマートニッポン

2012年01月30日 16:00
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元Google Japan 社長、村上憲郎事務所代表

スマートグリッドという言葉を、新聞紙上で見かけない日が珍しくなった。新しい電力網のことらしいと言った程度の理解ではあるかもしれないが、少なくとも言葉だけは、定着したようである。スマートグリッドという発想自体は、決して新しいものではないが、オバマ政権の打ち出した「グリーンニューディール政策」の目玉の一つに取り上げられてから、全世界的に注目されたという意味で、やはり新しいと言っても間違いではない。

日本においても、オバマ政権の発足にともなって、日本への導入議論が、活発に行われて来てはいたわけであるが、なんと言っても、3・11の東日本大震災によって引き起こされた福島原子力発電所の事故による電力不足という危機によって、それへの対応策の有力な一つとして、耳目を急速に集めたということは、否めない。

「電力網と情報網が束ねられる」—この特徴が社会を変える

さてそこで、あらためて、「スマートグリッドとは何か?」であるが、先に述べた、「新しい」という意味合いから、「次世代電力網」と呼ばれることもあるが、私は「賢い電力網」という理解が、より適確に言い当てていると思う。「賢い」とは、何によって賢いのかというと、スマートグリッドとは、従来の電力網に、情報網が束ねられていることによって、賢くなるのである。ここで、情報網としては、インターネットが想定されている。

「束ねられる」といっても、物理的に近接して設置されなければならないという意味ではなく、論理的に束ねられておればいいのである。論理的に束ねられているとは、擬人化して言うと、電力網の方は、「インターネットに助けてもらえる」と思っており、インターネットの方は、「自分の役割として、電力網を助ける役目がある」と思っているという、2つの網の間の関係性が、システムとして成立しているという意味である。

インターネットが、電力網を助ける第一番目の役目は、「消費電力の見える化」である。各家庭ごとの、各事業所ごとの、さらには、各家電品ごとの、各電気機器ごとの、「消費電力の見える化」である。第二番目の役目は、それらの「消費電力の制御」である。ここで注目すべきことは、このようなことが成立するためには、家やビルや家電品や電気機器といったモノが、まずは、インターネットに繋がっていなければならないということである。インターネットに接続された様々なモノは、今後、「スマート◯◯」と呼ばれることになる。いわく、スマートハウス、スマートビルディング、スマートアプライアンス(家電品)、等々である。

すると、インターネットも、もちろん、電力線も繋ぎ込まれている昨今の家は、スマートハウスかというと、残念ながらそうではない。なぜかというと、現行の家に繋ぎ込まれているインターネットは、「自分の役割として、電力網を助ける役目がある」と思っていないし、電力線も「インターネットに助けてもらえる」とは、思ってはいないからである。

家が変わり、家電が変わり、生活が変わる未来

現行の家が、スマートハウスになるためには、最低限、スマートメータと呼ばれる機器が、設置されていなければならない。スマートメータは、スマート〇〇の一つで、インターネットに繋がった積算電力計のことである。

スマートメータは、元々、検針員のいらない遠隔検針を目的として構想されたのであるが、スマートグリッド時代を迎えて、「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」という役割が、より重視されているのである。スマートメータさえあれば、少なくとも家全体の「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」は、実現可能である。しかし、家が、真の意味でスマートハウスとなるためには、HEMS(Home Energy Management System)が、備わっていなければならない。住宅メーカは、HEMSを備えたスマートハウスの供給を着々と準備しつつある。

実は、HEMSが有効に機能するためには、家電品が、スマートアプライアンスになっていなければならない。しかし、昨年のデジタル化のために買い換えたTVは、インターネットに接続されているが、そのインターネットは、「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」を目的としたものでなく、動画コンテンツをインターネット経由で、入手するためのものであって、スマートグリッド的な意味でのスマートTVではない。白物家電も、インターネットに繋がってさえいないので、スマートアプライアンスではない。

そこで登場したのが、スマートコンセントとか、スマートタップとか、スマートソケットとか呼ばれる、消費電力測定機能付きのコンセントである。もちろん、スマートと呼ばれる以上、インターネットに接続することが出来る。これに、既存のTVや白物家電の電源コードを挿し込めば、それらの「消費電力の見える化」が、実現できるというわけである。最近出始めた、スマートコンセント、スマートタップ、スマートソケットは、インターネット経由で電源スイッチの入り切りが出来るようになっていて、乱暴ではあるが、「消費電力の制御」も可能である。

3・11後のエネルギー体制の変革に必要な仕組み

さてそもそも、なぜ最近になって、このように「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」というスマートグリッドの2つのアプリケーションが、注目されているのであろうか。もちろんそれは、最初に述べたように、3・11の東日本大震災によって引き起こされた福島原子力発電所の事故による電力不足という危機への有力な対応策として、注目されているからである。

日本の電力システムは、「安定供給体制」と呼ばれるように、電力需要の最大ピーク値を賄いうる発電設備を予め備えて、そのピーク需要を待ち受けるという、万全の体制であった。万全の体制であった証拠に、我々は、日常的には、停電を経験したことがなく、さらに、電圧・周波数ともに極めて安定した高品質の電力を、湯水のごとく消費できていた。ところが、この体制は、大きな問題を抱えていた。それは、年間数日の、それも日に数時間のピーク需要に備えた、膨大な遊休設備を抱え込まなければならない体制でもあるという問題である。

電力需要は、1日24時間で大きく増減する。もし、そのピーク時間帯(午後1時から3時)の需要を抑え(ピークカットという)、あるいはピーク時間帯の需要を、需要の元々少ない時間帯に移す(ピークシフトという)ことができて、電力需要を時間に沿って、出来る限り増減の少ない、つまり平たくできれば膨大な遊休設備を備える必要はないのである。このピークカット、ピークシフトを行うために、「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」が要請されるのである。「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」を備えた、需要に注目した仕組みを、DSM(Demand Side Management)と呼び、それを支えるピークカット、ピークシフトに対する協力金支払いを含む経済的な仕組みを、DR(Demand Response)と呼ぶ。

3・11まで日本では、「安定供給体制」は万全であった。従って、需要側(デマンド・サイド)の管理(Management)は、必要とされなかった。「消費電力の見える化」も「消費電力の制御」も必要なく、ましてや、米国で10年ほど前から導入され始めていたDRの必要性なぞ皆無であった。しかし、3・11以降、すべてが変わった。

「安定供給体制」の基礎を支えていた、原子力発電が大きく毀損し、「安定供給体制」の維持が、極めて困難と成った。昨年の夏は、電気事業法27条に基づく電気の使用制限という強制的なやり方で辛くも乗り切ったが、今年の夏もそのような統制経済でというのでは、あまりにも知恵がなさすぎる。全部とは行かなくとも、部分的にでも、DSM・DRを導入し、その経済性と有効性を、電力需要側である国民と産業界に示すべきである。

また、「安定供給体制」は、インフラ需要の見込める発展途上国には、贅沢過ぎるシステムであって、戦略輸出としての競争力に欠ける。もし、日本が、需要をまっ平らに限りなく近づけ得るDSM・DRをベースとする電力システムを構築できれば、極めて輸出競争力のあるシステムKNOW・HOWともなる。

自動車、蓄電池、新サービス…未来に可能性が広がる

以上を支えるスマートグリッド、つまりは、物のスマート化=インターネットに繋がった「スマート〇〇」の大量出現は、説明したスマートハウス、スマートメータ、スマートアプライアンス、等々と進み、さらには、電源に繋がる自動車である、PHV(プラグインハイブリッド車)やEV(電気自動車)のスマートヴィークル化となる。

その結果としての最初のアプリケーションは、「消費電力の見える化」と「消費電力の制御」であった。とくに、スマートヴィークルの車載蓄電池は、スマートグリッド内の蓄電池とみなすことも可能であり、電力供給に余裕のある時に蓄電し、ピーク時に放電するという形で、電力需要の平坦化に寄与することも期待されている。蓄電池についてさらに言えば、現状は、コスト的に見合わない大規模蓄電設備も、DSM・DRという、経済合理性に支えられて、徐々に採算性を獲得していくであろうことも期待できる。

さらに、それ以上に、物のスマート化=インターネットに繋がった「スマート〇〇」の大量出現は、IOT(Internet Of Things)と呼ばれる「物のインターネット」を形成し、現行のインターネットが、人と人とのコミュニケーションに供されているように、人と物、物と物のコミュニケーション(M2M2H:Machine to Machine to Human )に供されることになる。その上に、どのようなアプリケーションの可能性があるか、未だ判らない。

状況は、1990年代初頭のインターネットの登場時に酷似している。その当時誰も、YouTubeもTwitterもFacebookも思いついていなかった。3・11という不幸な事態に背中を押される形ではあるが、スマートグリッド=IOTといった新しいシステムを推進せざるを得ない日本が、そのアプリケーションにおいても世界をリードするチャンスを迎えつつあるといえる。

「チャンス」とは、3・11の犠牲になられた方々、未だに不自由な生活を強いられている方々、困難な状況に立ち向かわれておられる方々には、甚だ不謹慎な表現であることを百も承知で、敢えて申し上げれば、この危機を「チャンス」に変えていくことこそが、そのような方々の尊い犠牲に報いることになると信じて、「新生スマートニッポン」の構築に、微力を尽くしたいと思う。


村上憲郎(むらかみ・のりお)氏は2008年末までGoogle 米国本社副社長兼 Google Japan社長。現在は、国際大学GLOCOM主幹研究員・教授。慶應義塾大学大学院特別招聘教授、会津大学参与も勤め、Google Japan名誉会長(09~10年)当時から、スマートグリッドの推進を提唱し続けている。「村上式シンプル仕事術」(ダイヤモンド)「スマート日本宣言 経済復興のためのエネルギー政策」(共著、アスキー新書)など著書多数。

 

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