封じられる野党、黙するメディア…ドイツは法治国家なのか?

David Ziegler/iStock
なぜ、公共メディアも主要メディアも沈黙を保っているのか? 憲法擁護庁という名のいわば国内向けの秘密警察が、目障りで強力な政敵であるAfDを“合法的”に片付けてしまおうとしているのに、エリートメディアのジャーナリストたちは何も言わない。
ただ、今回は事態があまりにも不当であるため、さすがに大勢の法律学者、独立系のジャーナリスト、AfD以外の政治家までもが、一斉に疑問の声や警告を発した。それどころか、他のEU国や米国からも抗議や批判が届いている。しかし、主要メディアは皆、それを無視するか、あるいは、不当な非難を受けたかのような反応。
そして、CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)、社民党、緑の党、左派党の政治家はというと、このあからさまなAfD潰しを、民主主義の防衛だとして正当化している。いったいドイツでは、何が起こっているのか?
AfD「極右」指定の衝撃
5月2日、フェーザー内相(社民党)が、憲法擁護庁がAfDを極右政党と認定したと発表した。極右政党に認定されたということは、政党禁止の前段階である。そのため、今、何人かの政治家が俄かに、AfDを禁止すべきだと主張し始めている。
憲法擁護庁というのは国内向けの諜報機関で、国内でテロや国家転覆が起こらないよう監視するのが本来の任務だ。ただし、内務省の管轄下にある組織で、独立機関ではなく、したがって中立は期待できない。さらに言うなら、政党の思想や、それが合法であるか否かを判定する権限など、本来は備わっていない。
ところが実際問題として、ここ数年、この憲法擁護庁が内務省により、全面的にAfDの駆逐のために投入され、あたかもそれらの権限があるような活動が進められてきた。そして、それを指揮していたのがフェーザー内相だ。
ちなみにフェーザー氏は左翼過激派であるアンティファなどとも繋がりがあり、「民主主義にとって危険な思想は右翼だけ」と公言している人物だ。内相であった4年間を通して、左派でないものは全て弾劾することを試みてきた。
中でも氏の最大の目的がAfD潰しだったと思われ、今回、新しい政府ができるわずか数日前、つまり、自分の任期が終了する直前に、この、後々にまで尾を引く重大な決定を下した。さらにいうなら、このタイミングは、いくつかの世論調査でAfDが第1党になった直後でもあった。
フェーザー内相によれば、AfDが極右政党であるということは、1100ページもの書類が証明しているというが、その証拠書類は公開できないとのこと。これだけ見ても、ドイツは法治国家としてちゃんと機能しているのかどうか、疑わざるを得ない。
それを受け、CSUのドブリント新内相(予定)がすかさず、今後、その書類を検証すると約束したが、実はCSUも社民党に負けず劣らずAfD撲滅を唱えてきた政党だから、彼らが検証しても、憲法擁護庁の判定にお墨付きを与えるだけで終わる可能性は高い。
「民主主義の防衛」の名のもとに進む言論弾圧
結局、今、ドイツ政府が進めようとしているのは、邪魔な政敵を民主主義の敵と言いくるめて潰すことではないか。そのための別働隊が憲法擁護庁であり、しかも、使われているのは国民の税金。政府と異なる意見を主張すると、極右、ナチ、差別主義者などの烙印を押され、口が封じられてしまう実態は、すでにこのページで何度も書いてきたが、それが今回、さらに決定的になろうとしている。
ドイツでは、Xで与党の政治家を茶化しただけで侮辱罪で訴えられ、裁判で有罪になり、高額の罰金を課せられる。しかも、そういう提訴がゆうに1000件を超えている。例えば、「頭が弱い」と投稿されただけで政治家がその国民を訴え、裁判所が有罪の判決を下すのだから、言論統制はすでにかなり進んでいると言える。
こうなると、国民は面倒なことに巻き込まれたくないので、当然口をつぐむ。言論の自由は民主主義の要だが、それがドイツでは急速に蝕まれているわけだ。
もちろん、ジャーナリストも無事ではない。直近の事例では、フェーザー内相が「私は言論の自由が嫌いです」と書いたプラカードを持っているモンタージュ写真を掲載したジャーナリストが訴えられ、懲役7カ月の判決が降った。
このジャーナリストがフェーザー内相に詫びを入れれば執行猶予になるとも言われているが、ジャーナリストは謝らないらしい。これに抗議をする目的で、同じような発言を試みようというジャーナリストも出始めている。どうなるか見ものである。
そんな状況なので、今回のAfDの件はおそらくこのままでは済まない。支持率が20%を超える政党に、証拠は隠したまま極右の烙印を押せば、事実上、1000万人以上の支持者をも極右にしてしまうわけだから、まさかそんな強権的なことがスムーズに行くはずはない。
旧東独の自治体では軒並みAfDが第1党だし、絶対的過半数を占めている選挙区もあるため、特に旧東独の人々の強い反発が予想される。こうなると政府は、ドイツに再び東西の壁を作ることになり、結局、国民を分断させているのは、異なる意見を受け入れようとしない社民党、CDU、CSU、緑の党、左派党の側であると言わざるを得ない。
そして、私から見ると、同じく罪深いのが主要メディアだ。公共メディアが政府の太鼓持ちであるのは今に始まった事ではないが、なぜか、その他の多くの主要メディアも、政府とスクラムを組み、民主主義を防衛すると豪語している。
そもそもメディアの役目は、国民の側に立ち、政府を監視することのはずだが、今やドイツではそれが機能していない。その反対で、政府が国民の権利を制限するのを幇助しているのだから、これではもうすぐ中国と変わらなくなる。
ただ、EUの多くの国々では、潮目はすでに変わっている。当初、ナチだと罵倒されていたイタリアのメローニ首相は、国民の支持を得て、今やEUの指導的立場に躍り出ている。また、5月1日の英国の統一地方選では、やはり極右と言われて排斥されていたファラージュ氏の「リフォームUK」が圧勝。
さらに、昨年11月のルーマニアの大統領選挙では、保守の候補者が最多票を取ったにも関わらず、ロシアが介入した不正選挙だったという理由で引き摺り下ろされたが、5月4日のやり直し選挙で、同じ政党から出た候補者が再び最多票を取った。しかも、前回より得票数が格段に伸びたと言うから、国民は政府の強硬なやり方に選挙で抗議したのである(決選投票は18日の予定)。その他、オランダ、デンマーク、スウェーデンなど、左派の政策にブレーキが掛けられた国々は少なくない。
一方、ドイツとフランスは、AfDと「国民連合」という、強い右派の政敵の迫害に余念がない。しかし、これがいつまで続けられるのか?
EU全体に広がる保守回帰とドイツの孤立
EUは日本人の思っているよりもずっと深刻な分断におちいっている。現在、EUの欧州委員会の指導者たちは正義ヅラで、ウクライナへの軍隊派遣などを言い始めた。私に言わせれば、これは自分たちの劣勢を誤魔化すための目眩しだ。
EUを率いる欧州委員会は甚大な権力を握り、5億のEU市民の上に立つ。委員長はフォン・デア・ライエン氏(ドイツ人)だが、そもそも欧州委員会のメンバーは選挙で選ばれた人たちでも何でもない。その彼らが、ユーロ救済で失敗し、移民・難民政策を破綻させ、コロナ対策では嘘がバレつつあり、ウクライナ支援では策が尽き、今や保守勢力の台頭に怯えている。
そして、ドイツはというと、景気の悪化は止まらず、それに反比例するように言論統制が強められ、戦争が煽られ始めた。ドイツは危険な袋小路にはまりこんでいる。
新政府に期待したいところだが、どうなることやら? 私としては、独立系のメディアの発信力向上の方に、大きな望みをかけている。まさに日本と同じである。

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