消費税級のステルス大増税となる排出量取引制度は導入を延期すべきだ

allanswart/iStock
日本政府は排出量取引制度の導入を進めている。前回記事では、それによって、日本のAIが敗戦するという話を書いた。
今回は、排出量取引制度は「消費税級のステルス大増税」だということを書こう。
政府は、2013年を起点として、2050年にCO2排出をゼロにするとしている。2040年については73%のCO2削減という目標になっている。排出量取引制度が導入された場合、その主な標的となる火力発電のCO2は大幅に減らされることになる※1)。
以下、この2040年断面——今から15年後——における電気代について、図を見ながら検討しよう。
なお以下では電気代の一部としての発電コストを検討するが、数値はすべて政府の資料から筆者が採用したものであって、筆者が作ったものは一つもない。出所について詳しくは拙稿「政府資料では分からない、本当に安いのは原子力と火力」を参照されたい。

図1 2040年に電力を提供するための発電コスト。
発電コスト試算を再構成して筆者作成。
もし排出量取引制度など無ければ、最も安価に電力を供給する方法は、図中で①と書いたように、今すでに存在する原子力発電所と火力発電所をフル活用することである。もうすでに建設が済んでいるわけなので、基本的には燃料費だけで済む。原子力であればウラン、石炭火力であれば石炭、液化天然ガス(LNG)火力であれば天然ガス(LNG)の値段である。この場合、発電コストはそれぞれ1.9円、4.2円、6.0円となる。
なお数値はいずれも1kWhあたりである。1kWhというのは1kWを1時間使うという意味で、例えば1kWのヘアドライヤーを1時間かければ、それが1kWhである。
もしもこれで足りなければ、次に安いのは、図中で②としているように、今から新たに石炭火力発電や天然ガス火力発電を建てることである。この発電コストはそれぞれ8.7円と10.0円である。原子力発電もこれに次いで安いが、2040年までということであれば、新たに原子力発電所を建てる量はごく限られることになる。
さて政府は今、原子力の再稼働こそ進めているものの、石炭火力発電と天然ガス火力発電については、排出量取引制度の対象にしようとしている。国全体では73%のCO2削減という数値目標があるから、これと辻褄を合わせるならば、いまある石炭火力と天然ガス火力は殆ど使えなくなる。
これに代えて政府の計画に入っているのが、図で「③グリーン電力」としてあるものだ。すなわち、火力発電のCO2を大幅に減らす方法として、アンモニア発電とCCS石炭火力発電というものが推進されている。
CCS石炭火力というのは、CO2を石炭火力発電所の煙突から回収して、地中に埋めるという技術である。この場合、CO2を回収する装置が大掛かりなことに加えて、CO2を回収するためには燃料の3割を浪費してしまうために、発電コストは非常に高くなり、27.6円となっている。
アンモニア発電というのは、一旦アンモニアを製造して、それを石炭と混ぜて発電するというものである。だがCO2を出さないようにアンモニアを合成するということで、これも非常にコストが高く、23.1円となっている。メタンからアンモニアを合成するときに、発生するCO2を回収して地中に埋めるのだが、このときにCCS火力と同じように装置の費用や燃料代がかかるためだ。
次にあるのが事業用太陽光、いわゆるメガソーラーであるが、36.9円となっている。このようにコストが高くなる理由は、大量に導入するがために、一斉に太陽が照って発電すると、かなりの量の電気を捨てざるを得ないためである。それを回避するためにバッテリーや送電線を建設すれば、今度はその分の費用がかさむ。
洋上風力も25.2円と高くなっている理由は、強い風が吹いて一斉に発電したときに、やはり大量の電気を捨てざるを得ないためである。それを避けようとすれば、やはりバッテリーや送電線などの費用がかさむ。
なお、以上の政府資料のコストについては、CCSやアンモニア発電については机上検討に過ぎないのでおそらく楽観的に過ぎる。また、事業用太陽光(メガソーラー)は立地問題を引き起こしているので今後はあまり進みそういない。家庭用の太陽光発電であればこれよりもコストは高くなる。洋上風力については、2025年に三菱商事グループが撤退したことからも示唆されるように、このコスト想定は楽観的過ぎる。
だが仮に、この政府資料の数値を全てそのまま信じるとしても、既存の原子力や火力を活用すること(①)に比べて、政府が排出量取引制度によって導入しようとしているグリーンな電力(③)は、控えめに見ても平均で20円ぐらいは高価になる。これだけ発電コストが増えるということは、それだけ、電気代が増えるということになる。
それでは、この20円という差は、総額ではいくらになるか。日本の発電電力量は、今、約9000億kWhであり、これが2040年には1兆kWhになるとすると、1kWhあたり20円というのは、総額で20兆円になる。
20兆円といえば、ちょうど現在の毎年の消費税の総額にほぼ等しい。
排出量取引制度の導入によって電気代が上昇し、その「ステルス増税額」は消費税額に匹敵するというわけである。
政府はここ数年で累積で4兆円を超える電気代補助をしてきた※2)。だがかかる補助金を一方では支給しておきながら、他方では遥かに大規模なステルス大増税をしようとしている。
じつは、消費税倍増のほうが、まだマシである。なぜなら、消費税収が増えれば、その分、その税収は福祉や国債償還などの形で何らかの政府支出に使えるからだ。ところが、排出量取引によるステルス大増税の場合、無用に高価な設備が建設されるだけで、お金は浪費され、誰の手元にも残らない。消費税倍増はゼロサムゲームだが、このステルス増税はマイナスサムゲームなのである。
排出量取引制度は、消費税級のステルス大増税である。かかる制度の導入は延期すべきだ。
■
※1)製鉄や石油化学製造などの産業用の化石燃料消費も存在するために、73%もの削減に対応するためには発電部門のCO2削減はかなり極端に抑えられることになる。
※2)電気代補助は2023年に約3.1兆円、2024年1〜5月で約6,416億円、2024年8〜10月で約2,124億円だった。(令和5年度電気・ガス価格激変緩和対策等事業確定検査報告書)
■
関連記事
-
この日経記事の「再生エネ証書」という呼び方は欺瞞です。 再生エネ証書、1キロワット時0.3円に値下げ 経産省 経済産業省は24日、企業が再生可能エネルギーによる電気を調達したと示す証書の最低価格を1キロワット時1.3円か
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
NRCは同時多発テロの8年後に航空機落下対策を決めた 米国は2001年9月11日の同時多発テロ直後、米国電力研究所(EPRI)がコンピュータを使って解析し、航空機が突入しても安全は確保されると評価した。これで仮に、同時多
-
「再エネ発電の一部で規律に課題、停電に至ったケースも」と電気新聞が報じている: 送配電網協議会は6日、経済産業省などが開いた再生可能エネルギーの事業規律を強化するための有識者会合で、一部再エネ発電事業者の運用や工事面の問
-
世のマスメディアは「シェールガス革命」とか「安いシェールガス」、「新型エネルギー資源」などと呼んで米国のシェールガスやシェールオイルを世界の潮流を変えるものと唱えているが、果たしてそうであろうか?
-
デモクラシーの歴史は長くない。それを古代ギリシャのような特権階級の自治制度と考えれば古くからあるが、普通選挙にもとづく民主政治が世界の主流になったのは20世紀後半であり、それによって正しい意思決定ができる保証もない。特に
-
半世紀ほど前から原子力を推進することを仕事としていたが、引退したとたんに自分自身が原発事故で避難しなくてはならなくなった。なんとも皮肉な話だ。
-
政府とメディアが進める「一方通行の正義」 環境省は「地球温暖化は起きていない」といった気候変動に関する「フェイク情報」が広がるのを防ぐため、20日、ホームページに気候変動の科学的根拠を紹介する特設ページを設けたそうだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
- 秋田に2兆円AIデータセンター:「風力発電が決め手」は本当か
- COPの理想論に冷水:S&Pグローバルが描く2060年のエネルギー
- 廃棄物もCO2も捨てたら価値はゼロになるのか? 炭素というレンズで読む思想史
- データが示す石油輸入の中東依存度の実態
- AfD排除で進む「ドイツ民主主義の侵食」:ベーメ=ネスラー教授の警告
- スコープ3に代わる新たな炭素会計?「E-ledgers/E-liability」とは
- トランプが気候変動は「いかさま」だという理由
- 系統用蓄電池の問題点とはなにか?
- 全世界の町工場まで炭素簿記を義務化? E-ledgersという無理ゲー
- 正確だった国の“脱線”:ドイツ鉄道という国家の縮図
















