「ネガワット取引」への期待

2012年07月02日 15:00
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元Google Japan 社長、村上憲郎事務所代表

関西から新しい節電方法が始まる

関西電力は、6月21日に「関西電力管外の大口のお客さまを対象としたネガワット取引について」というプレスリリースを行った。詳細は、関西電力のホームページで、プレスリリースそのものを読んでいただきたいが、その主旨は、関西電力が、5月28日に発表していた、関西電力管内での「ネガワットプラン」と称する「ネガワット取引」と同様の取引を関西電力管外の60Hz(ヘルツ)地域の一部である、中部電力、北陸電力、中国電力の管内にまで拡大するということである。

これは、私が大阪府市特別参与として委員を務めさせていただいている「大阪府市エネルギー戦略会議」で、関西電力にその実施を提案していたDR(デマンドレスポンス)と呼ばれる、電力需給逼迫時の節電分を発電(ネガワット発電)分とみなして買い取る、経済合理性に基づく節電の仕組みだ。電力需要の管理(DSM:デマンドサイドマネージメント)の重要な方法の一つである。

これまでの日本の電力システムは、「安定供給体制」と呼ばれることでも分かるように、供給側(サプライサイド)一辺倒の電力管理システムであった。需要側(デマンドサイド)は、電力を必要に応じて、それこそ湯水のごとく、使い放題に使えるシステムであった。

それは、結果として、日本の電力需要の1日の時間変化を表す「電力需要曲線」を、午後の1時から3時にかけて大きなピークを形成する、山谷の大きな時間変化の激しいものにしてきた。そして、安定供給体制とは、10電力会社にたいして、どのような「電力需要曲線」にも対応する「供給責任」を義務付けたシステムでもあった。

特に、猛暑の夏に訪れる記録的なピーク需要に対しても、それを賄い得る発電設備容量を持って対処することを義務付けてきた。時に「節電」を呼びかけることはあったが、基本的に10電力会社は、それによく応えてきたと言える。お陰で我々需要家は、停電の無い、電圧・周波数の安定した高品質の電力を享受してこられたわけである。しかし、残念ながら、その時代は、終わった。

電力不足の恒常化を前に供給中心の発想を転換しよう

3・11東日本大震災に端を発する福島第1原発の過酷事故が、「安定供給体制」下の「電力需要曲線」の時間変化の山谷の谷よりも下の基本的に1日中変化しない部分(ベースロード:基本負荷と呼ばれる)を支えて来た原子力発電を毀損してしまった。

ここでは、原子力発電そのものの可否を議論するつもりはない。「現実的に毀損してしまった」と言っているだけである。私が、福島原発事故後の原発の安全性を巡る議論で、最も残念に思うのは、「健全なる原発推進派」(ここで、「健全なる」は、「原発」と共に「推進」にも係る)の不在ということである。

今回の過酷事故によって、原発推進派も反原発派も、原子力というエネルギーの扱いの厄介さを改めて思い知ったと思う。反原発派は、失礼ながら「それ見たことか」と言っておればいいとも言える立場である。ならば原発推進派こそが、いまこそ、原発の「健全さ」の回復・確立に邁進して欲しい。

これまで反原発派の一部にあったヒステリックな言動に、それこそ「反発」するあまり、原子力というエネルギーの扱いの厄介さに起因する「困難さ」故の「事象」をひた隠しにする「不健全原発推進派」(ここで、「不健全」は、「原発」と共に、「推進」にも係る)としてではなく、原子力というエネルギーの扱いの厄介さに起因する「困難さ」故の「事象」を開示・共有し、原子力というエネルギーの扱いの厄介さをなんとか克服して、このエネルギーを人類の支配下に置くべく、「健全なる原発推進派」として、再出発して欲しいと思う。(閑話休題)

いずれにせよ、供給側(サプライサイド)一辺倒の電力管理システムである「安定供給体制」を維持することは、最早不可能であり、現実的でもない。更に言うと、発展途上国の電力需要の増大を賄う電力インフラを輸出するという国家戦略の観点からも、この供給側(サプライサイド)一辺倒の電力管理システムに、国際競争力はない。そこで登場するのが、電力需要側の管理(DSM:デマンドサイドマネージメント)である。

需要者が主役の経済合理的な節電

電力需要側の管理(DSM:デマンドサイドマネージメント)で、最も有望とされているのが、DR(デマンドレスポンス)と呼ばれる経済合理性に基づく「節電」の仕組みである。「節電」で記憶に新しいのは、昨年の夏に大口需要家に向けて発動された、違反すれば罰金を伴うという強制力による「節電」である「電力使用制限令」がある。あるいは、強制力すら無いが、「電力使用制限令」にあわせて、一般家庭を含む中小需要家に要請された、犠牲的精神というか、ボランティア精神に訴える「節電」がある。DRは、そのいずれでもない。

それは電力需給逼迫時に、「節電」した電力を、発電されたとみなして(これを、「ネガワット発電」と呼ぶ)買い取る仕組みである。

従って、需要家には、犠牲的精神への要請や、ましてや強制力なんぞというものでなく、自由な選択肢が与えられる。電力需給逼迫時に、需要家は比較的高価になった電力(これは、将来導入される、時間帯別電力料金制度による)を使ってでも、本来の活動を行なって、それによって得られる利得を得ることを選ぶか、それとも本来の活動を休止して「節電」を行い、その節電分を「ネガワット発電」として買い取ってもらって「金銭」と言う利得を得るかという、選択ができることになる。

今夏、関電が私的に開始することになる「ネガワット取引」は、本来は、公的な「ネガワット市場」として開設されるべきであるが、買取り側が1社(関西電力)に限られるということから、このような形式を取ることになったわけである。ただ、経済産業省・資源エネルギー庁も、将来の「公設ネガワット市場」の嚆矢として支援・注目すると枝野産業相自ら述べているものである。

世界最初のデリバティブ市場であるコメの先物取引市場が江戸時代の大阪の堂島で始まったのに引き続き、日本初の「ネガワット取引市場」が、大阪から始まるというのも、感慨深いものがある。

残る「節電量の評価」の問題

しかしながら、「ネガワットプラン」の発表時点から、その「節電量の評価方法」、「入札価格と最終価格の決定方法」等々について、将来の「公設ネガワット市場」に継るより普遍妥当性のある方法への改善を要求してきたが、それらの2点について今回も改善されないままであるといった不満は残る。

ただ、改善点の一つとして要求していた、関電管外への拡大へ踏み切った点を、高く評価したいと思う。これは、従来のいわゆる「地域独占」に安住してきた10電力会社の行動パターンから見ると、画期的なことである。競争は進歩の源である。電力市場は、順当に行けば、発送電分離により「地域独占」が廃されて、今から2年以内に公正な競争市場となる。関西電力が、既にそれを読み込んでいるとすれば、「さすが、浪速商人」とでも言うべきか。

ここで「節電量の評価方法」というのは、「どれだけの量の節電をしたか」の評価を行うにあたって、「実際の消費電力量」と比べる「本来消費する予定だった電力量(「ベースライン」と呼ばれる)をどのように決めるかという問題である。今回、関西電力は、「最初の導入であるから、できる限り単純にしたい(担当者談)」と言う理由で、「前の週の同じ曜日の消費電力量をベースラインとして比較対象とする」という方式で実施するとしている。

ベースライン予測手法は、海外では様々なアイデアがある。ここでは例えば“High5 of
10days method with additive day asymmetric adjustment"と言う手法を紹介しておこう。

(計算プロセス)
① ある需要家に対し、対象日の過去10日間の営業日のうち、需要の高い5日間をサン
プル指標として選び取る。なお需要削減指令があった日は除外する。
② 当日の朝、気温と企業活動に応じて調整を行う(但し、調整はベースラインが上昇す
る場合のみ。単純に上昇kWをプラス。)
③ 複数需要家でポートフォリオを組むのではなく、個々の需要家毎にベースラインを設
定する。
④ 計算には単純平均を使う。

なるほど、これは複雑に過ぎるというのであれば、せめて、「前週の消費量上位3日を選び、その単純平均量をベースラインとして比較対象とする」といった程度にはして欲しかったが、看過できない話ではない。それよりも、ここで大事なのは、欧米では2つの市場が統合され、上に観るようにDRは既に実施されており、「節電量の評価方法」についても、経験を蓄積してきているということである。

実際、ベースラインの計算方法を巡っては、訴訟も起こっており、DRが、強制力や犠牲的精神といったものに基づかない、厳正なる経済行為として位置づけられている証左でもある。経済産業省・資源エネルギー庁が、今回の関西電力が管内で実施する「ネガワットプラン」と管外で実施する「大口のお客さまを対象としたネガワット取引」を、将来の「公設ネガワット市場」の嚆矢として支援・注目するというのは、監督官庁としては、至極、当然のことであるといえる。

結論 — 市場による公正な競争が新しい電力システムに必須

日本の電力システム改革は、DSM、中でも、DRによるネガワット市場の創設と、現存する電力卸売市場の拡大による公正競争市場(メガワット=ポジワット市場)の創設とが相まって行われることが必要だ。発送電分離による、中立公正な送電事業者の運営する送電網を物理実体とする統合市場を形成し、電力需給バランスを経済合理性に基づいて取る限りなく平坦に近い需給曲線をもった、国際競争力のある電力システムとして生まれ変わることによって、日本は世界の範たるべきであるし、そうなり得ると、確信している。

村上憲郎(むらかみ・のりお)氏は2008年末までGoogle 米国本社副社長兼 Google Japan社長。現在は、国際大学GLOCOM主幹研究員・教授。慶應義塾大学大学院特別招聘教授、会津大学参与も勤め、Google Japan名誉会長(09~10年)当時から、スマートグリッドの推進を提唱し続けている。「村上式シンプル仕事術」(ダイヤモンド)「スマート日本宣言 経済復興のためのエネルギー政策」(共著、アスキー新書)など著書多数。

(2012年7月2日掲載)

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