原発を推進した私が福島で被災者として感じたこと — 災害の本質、真の原因を考え続ける必要がある
原発の推進者が事故の被災者になった
半世紀ほど前から原子力を推進することを仕事としていたが、引退したとたんに自分自身が原発事故で避難しなくてはならなくなった。なんとも皮肉な話だ。
原子力専業の電力会社である日本原子力発電に入社したのが1967年。その後、安全管理と教育などを中心分野に現場と本社を交互に勤め上げ、地域対応も経験した。
数年前からは日本原子力産業協会に在籍するなど、まさに自分の職業人生は原子力推進一色であった。終の棲み家として13年前に福島県の浜通りの富岡町に家を建てたが、昨年の福島第一原発の事故で警戒区域となり、突然の避難を余儀なくされ、着の身着のまま隣の川内村へ逃げた。
しかしそこも数日で追われ、郡山市の大きな避難所に入り、「毎食が菓子パン、おにぎりとペットボトルの水」といった生活を体験した。一年半経過した現在も、須賀川市の住宅に避難中である。
過酷な避難行の中で、原発災害の実態とはこういうものかと思い知らされるとともに、絶えず頭から離れなかったのは、「何故、日本でこんな事故が起きてしまったのか」「何故、防災活動と、その後の住民に対するケアがひどく混乱したのか」ということである。
そこで見えて来たのは、根本的問題を後回しにしてきた前のめりの原子力政策、すべてを形式的に済ませてきた関係者の甘さ、中央官庁や本社からは現場が遥かに遠い存在であったこと、自治体も住民も利益享受には熱心であったが緊急事態に関してはまったく油断があったことなどである。
被災の状況など — 現地で問題は山積している
福島第一原発の事故の場合には、作業員や住民の被災状況はチェルノブイリ原発事故とはいささか異なるものだった。致死量の放射線を浴びた作業員もいないし、健康障害となる可能性のある被曝をした住民もおそらくいない。
だが避難に伴って亡くなった多くの要介護者、一年後にも散見される自殺者、そして避難指示と区域指定の誤り、食品安全基準の混乱などが起こった。
農地での作付が見送られ、予想外に遠くまで飛散した放射性物質により、東北地方にとどまらず国の基準値オーバーと風評被害による膨大な経済的損失が発生した。海岸部では津波の犠牲者捜索もできなかった。海中への汚染水の放出、流出も漁業関係者に損害を与えており、いまなおそれは続いている。
大熊町などを中心に警戒区域の大半が、数年間は帰還不可能な地域となり、住民の多くも戻る意思を失っている。これは農地、山林、宅地にかかわらず国土の一部が利用できなくなったことと同じである。
国が年間1ミリシーベルトを目標に行う除染も、効果が不明なところがあり、莫大な費用がかかりそうである。若い人の中には北海道や沖縄まで子供を連れて避難する人がいた。私の避難先である郡山市の住民さえ他県へ避難するなど、被爆に関する不安は異常なものがあった。放射線に関してまったく知識や経験がなかったことが、こうしたことを引き起こしたと思われる。
最大の被害は生まれ故郷や自然豊かな生活を奪われたこと。金銭であがなえないものが失われてしまったことだ。福島のイメージの回復も容易なことではない。放射線の不安、事故収束が道半ばであること、除染やインフラの復旧がまだであること、働く場所がないこと。こうした問題によって、区域解除となった町村でも住民の帰還は思うように進んでいない。これが原発事故の実態だと知る必要がある。
デタラメだった行政、電力会社の防災対策
発電所においては、事故対応に大きな問題があったが、地元ではそれに劣らず問題があった。今までの防災体制は「絵に描いた餅」であり、訓練は「畳の上の水練」であったことが明らかになった。
まずオフサイトセンターが機能しない形でコケたのだから話にならない。災害を想定し事故対応のために巨費を投じたはずの施設。ところが実際には何の役にも立たなかった。国からは何の連絡もなかったと自治体の首長たちは怒っているのだが、自分たちに油断があったことは認めざるを得ないはずだ。安易なシナリオ通りの防災訓練などについて淡々と伝えていたメディアは、問題意識のかけらもなかったことになる。
津波で海岸の道路は破壊されたが、あの大地震にもかかわらず、山に向かう主要な道路はほとんど通行に支障がなかったことは、まことに幸運であったと思わなくてはいけない。停電すればガソリンは補給出来ず、山間部に逃げ込んだら通信手段さえ失うことを再認識する必要がある。
都市に比較すれば人口は少ないとはいえ、国がバスを手配した大熊町、双葉町の二町以外の自治体では、バスなどはどこにもなく、避難時にはマイカーによる大渋滞が起きた。
驚きの賠償方式
避難生活もここまで長くなると、被災者の関心は賠償に絞られる。だが、東電の行なっている賠償のやり方はすこぶる評判が悪い。
一例を挙げれば、避難などによる病気の発症や持病の悪化に対して、東電は平成23年(2011年)12月1日以降に初診のケースは賠償対象としないとしている。何故12月1日なのかと東電に聞いたら、「すべての体育館などの避難所が廃止されたのが10月末で、それから1ヶ月の余裕をみた」と答えたのには驚いた。
いまだ仮設住宅などに避難している人が大半であり、ストレスによる自殺者まで出ているというのに、なんと冷たく、非常識なルールを作ったものか。
東電は最初から請求内容を限定し、何も支払い基準を明らかにしていない。請求すると、勝手に自分たちで決めた上限金額で査定してくる。いやなら紛争解決センターに持って行けと、とても被災者を相手にしているとは思えない態度だ。
警戒区域に残してきた不動産に対する賠償にも、いまだに応じていないので、新天地で生活を再スタートしようとしている避難者は計画が立たない。
「被災者の気持ちに沿った、親切丁寧な対応で、出来る限り早く」という文言が白々しい。新社長の希望する「東電も少しは変わった」と言ってもらえる日は来そうもない。あいかわらず、現場やお客様の声が届かない体質なのだろうか。
あらためて思うこと
今回の大事故の根本原因は関係者が、原子力平和利用の三原則「民主、自主、公開」を踏みにじったことだ。
原子力村と呼ばれる共同体が、自分たちだけで決めて進めてきたことが、必要な慎重さと世間とのバランスを欠いた、形だけ取り繕った原子力開発となってしまったのだ。
推進と反対と二項対立で、互いに相手の立場に立って考えることなどまったくできなかった。その結果、肝心の現場や住民の安全が忘れ去られていった。
三原則が作られたのは、原子力の平和利用が始まった当時から「三原則に反する開発の恐れ」があったからではないか。
事故後一年以上経過したが、今持って事故原因の探求は調査委員会任せで、原子力村の中から反省の弁が少ないことも気になる点である。
原子力の世界で生きてきた人間として事故が起こったことは無念でならない。原発にかかわってきた人たちは、これまでを振り返り、今、言うべきことがあるのではないだろうか。

避難所「ビッグパレットふくしま」内部

警戒区域への一時立ち入り用中継基地(楢葉町道の駅)
北村 俊郎(きたむら・としろう)1944年滋賀県生まれ。67年、慶應義塾大学経済学部卒業後、日本原子力発電株式会社に入社。本社と東海発電所、敦賀発電所、福井事務所などの現場を交互に勤めあげ、理事社長室長、直営化推進プロジェクト・チームリーダーなどを歴任。主に労働安全、社員教育、地域対応、人事管理、直営工事などに携わった。原子力発電所の安全管理や人材育成について、数多くの現場経験にもとづく報告を国内やIAEA、ICONEなどで行う。近著に「原発推進者の無念―避難所生活で考え直したこと」(平凡社新書)
(2012年7月9日掲載)
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筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
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