エネルギーの本当のコスト

2012年08月20日 17:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

いま国家戦略室がパブリックコメントを求めている「エネルギー・環境に関する選択」にコメントしようと思って、関連の資料も含めて読んだが、あまりにもお粗末なのでやめた。ニューズウィークにも書いたように、3つの「シナリオ」は選択肢として体をなしていない。それぞれの選択のメリットとコストが明示されていないからだ。

特にあきれるのは、この「0%」シナリオである。2030年のGDPは「自然体」(潜在成長率)に対して46兆円(8%)もマイナスになり、98兆円の成長のほぼ半分が吹っ飛ぶにもかかわらず、そのメリットは何も書いてない。意見聴取会で0%を選ぶ人々が7割を超えたのは、いったい何を選択しているのだろうか。

こういう意味不明なシナリオになるのは、エネルギー源の社会的コストを計算しないで、「はじめに脱原発ありき」という気分で考えているからだ。前にも紹介したEU委員会のExtern E調査によれば、健康被害や温暖化などの外部コストは、次の表のように石炭火力が2.55ユーロセント/kWhに対して、原子力は0.25とはるかに低い。

太陽光(PV)の外部コストは0.83と原子力より高く、風力の外部コストは0.16と低いが、運転にかかる直接コストは原子力より高い(OECD調べ)。原子力の直接コストは石炭火力とほぼ同じで、天然ガスが最低だ。

したがって社会的コスト(外部コスト+直接コスト)を計算すると、次のようになる(ミリユーロ/kWh)。
原子力:36.5〜61.5
ガス:37.2〜46.2
石炭:57.5〜75.5
風力:68.6〜73.6
太陽光:520.3〜861.3
直接コストで考えると天然ガスが有利だが、環境への影響や健康被害などの外部コストを合算すると、原子力とガスの社会的コストが最低で、石炭は高い。風力や太陽光のコストはkWhという出力変動を勘案しない指標で見ているので、バックアップ電源として同等の火力が必要で、立地条件が限られているので供給量に制約がある。

原子力の外部コストには、放射線の健康被害も含まれている。これは2003年の数字だが、福島事故を含めてもOECD諸国の死亡事故はゼロである。原子力は採算性(直接コスト)では天然ガスに劣るが、外部コストを炭素税などで内部化すると、おそらく原子力のコストのほうが低いだろう。

これが経済学の標準的な費用便益分析であり、この結論は多くの専門家の常識である。ここでは便益は電力量(kWh)として標準化されているので、上の定量的な結論は日本にもほぼ同様に当てはまると思われる。国家戦略室は、下らない「シナリオ」ではなく、このようにコスト比較を明記した上で選択を問うべきだ。

(2012年8月20日掲載、アゴラ版

This page as PDF

関連記事

  • 昨年発足した原子力規制委員会(以下、規制委員会)の活動がおかしい。脱原発政策を、その本来の権限を越えて押し進めようとしている。数多くある問題の中で、「活断層問題」を取り上げたい。
  • 1. イベリア半島停電の概要 2025年4月28日12:30すぎ(スペイン時間)イベリア半島にある、スペインとポルトガルが広域停電になりました。公表された資料や、需給のデータから一部想定も含めて分析してみたいと思います。
  • 原発再稼働をめぐり政府内で官邸・経済産業省と原子力規制委員会が綱引きを続けている。その間も、原発停止による燃料費の増加支出によって膨大な国富が海外に流出し、北海道は刻々と電力逼迫に追い込まれている。民主党政権は、電力会社をスケープゴートにすることで、発送電分離を通じた「電力全面自由化」に血道を上げるが、これは需要家利益にそぐわない。いまなすべきエネルギー政策の王道――それは「原子力事業の国家管理化」である。
  • ゼレンスキー大統領の議会演説は、英米では予想された範囲だったが、ドイツ議会の演説には驚いた。 彼はドイツがパイプライン「ノルドストリーム」を通じてロシアのプーチン大統領に戦争の資金を提供していると、かねてから警告していた
  • その1」「その2」に続いて、経済産業省・総合エネルギー調査会総合部会「電力システム改革専門委員会」の報告書を委員長としてとりまとめた伊藤元重・東京大学大学院経済学研究科教授が本年4月に公開した論考“日本の電力システムを創造的に破壊すべき3つの理由()について、私見を述べていきたい。
  • 私は42円については、当初はこの程度の支援は必要であると思います。「高すぎる」とする批判がありますが、日本ではこれから普及が始まるので、より多くの事業者の参入を誘うために、少なくとも魅力ある適正利益が確保されればなりません。最初に高めの価格を設定し、次第に切り下げていくというのはEUで行われた政策です。
  • 暑い夏が近づくと、電力のありがたさを改めて実感する。東京の夏は、もはや冷房なしでは健康を維持することすら難しい。電力とは、理念やスローガンではなく、国民生活と産業活動を支える基礎インフラである。 ところが、その電力をめぐ
  • 水素が「筋の悪い」エネルギーであり、経済性が成立する見込みはないことは、この連載でも松田智氏が何度も説得的に述べていた。 水素は失敗すると分かっているのに… 水素先進国が直面する種々の現実的困難と対応 vs. 日本の脳天

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑