海外の論調から「放射能よりも避難が死をもたらす」 — 福島原発事故で・カナダ紙
避難による死者の増加を指摘
「福島の原発事故で放射能以上に恐ろしかったのは避難そのもので、精神的ストレスが健康被害をもたらしている」。カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(FP)が、このような主張のコラムを9月22日に掲載した。この記事では、放射能の影響による死者は考えられないが、今後深刻なストレスで数千人の避難住民が健康被害で死亡することへの懸念を示している。
寄稿者はカナダのエネルギー研究者ローレンス・ソロモン氏。(Wikipediaの紹介・英語)。記事は「放射能よりも避難が死をもたらす」(Evacuation a worse killer than radiation)。
記事では、「東日本大震災で失われた人命は1万6000人、行方不明は3500人と災害の中でも最悪の結果となったが、加えて9万人もの人々の避難の問題が今も続いている」という。(GEPR注・実際は16万人)避難者の災害関連死亡者数は700人を超えて現在も増加を続けるが「この死者の大半は、出してはならないものであった。人々の無関心と無知が原因である」とソロモン氏は指摘する。放射線から逃れようとする混乱、ストレスで死者が出たという指摘で、この死者は数千人になるかもしれないと懸念する。
そして多くの専門家が「大部分は避難すべきではなかった」と述べていることを指摘。放射能は、いたずらに人々を怖がらせたが、そのレベルは致命的線量に達しておらず、警報を発する程でもないという。
福島事故による放射線の増加で健康への影響は少ない
ソロモン氏はリチャード・ウィルソン・ハーバード大学名誉教授(物理学)の「原子力事故後の避難基準:個人的見解」(Dose-Response誌掲載予定)での分析を紹介。それによると、昨年の福島の放射線放出はそれほど怖れるべきものではないという。
同研究によれば、茨城県で1年間、福島の損傷原子炉からコンスタントな放射線量を被曝する住民の吸収線量は876ミリレムである。「人体へのコンピュータ断層撮影(CAT)でのスキャンも含めて、生活していく上で、876ミリレム(8・76ミリシーベルト)の線量になってしまうものはたくさんあり、また宇宙飛行士はこの被ばく線量の100倍を吸収することを許容されている。
それなのに日本政府は避難によって「人々の危険な状況を増した」と、ウィルソン名誉教授は指摘する。「日本政府をこのような行動に突き動かしたのは、一般の人が放射線に抱く理屈ではない恐怖症と、怒れる有権者への恐れからによるものであろう」と推定している。
厳しい基準は、人命を救うかどうかではなく、政治的な判断で、低い基準に決まりがちだという。「人命を救うことのできる効果のある防護策は、緊急時には許容量を4倍まで増加させること」と同教授は指摘する。そして、この救われた命が失われたことを「ネガティブ」死亡と呼んだ。
ちなみに、ICRPが推奨する緊急時の被曝上限は年間許容量で100ミリシーベルトだが、その4倍は400ミリシーベルト。福島の住民の被爆の各種調査が出ているが、2月の福島県による調査では、99%以上が10ミリシーベルト以下だった。
防護基準見直しの意見が次々と登場
またジェリー・カトラー博士(カナダの原子力専門家)などは、避難基準の見直しを推奨。避難時における基準のALARA(「合理的に達成可能な限り低く」(As Low As Reasonably Achievable)という意味:ICRPの勧告で緊急時100ミリシーベルト以下)からAHARS(「合理的に安全な限り高く」(As High As Reasonably Achievable))への変更も提言しているという。
米国原子力学会の2012年6月の年次会議でも、現在の基準が与える人々の健康への悪影響を考えて、許容基準の見直しを支持する意見があったという。変更すれば、「避難者数は大幅に減り、将来的に必要が出てくる避難の際の複雑な問題点も減少する」と、ソロモン氏は指摘した。
また米国原子力学会などでは、「放射線ホルミシス」への関心も高まっている。低線量の放射線は寿命や健康に良い影響を与えることが確認されている。カナダ、アメリカでは、核物質によるテロの懸念が広がっている、「一般の人々や緊急対策機関が放射線ホルミシスを受け入れれば避難地域の範囲が狭まり、犯罪に走ろうとするテロリストの気もそがれるかもしれない」「汚い爆弾の爆発も原子炉破壊もその意味を失う」と、ソロモン氏は述べた。
FP紙のコラムの見解は近年の放射線医療や防護の学説を踏まえたもので、妥当である。利害関係のない海外の識者は、原発事故の失敗に加えて、現在進行形の日本の失敗も注視している。
リンク
リチャード・ウィルソン博士の論文
ジェリー・カトラー氏の論文
(アゴラ研究所フェロー 石井孝明)
(2012年10月15日掲載)
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