原子力エネルギー、官による規制だけで安全は確保できない
(GEPR編集部より)グレゴリー・クラーク氏は、オーストラリアの外交官、国際コンサルタント、多摩大学での教育者など多彩な活動をしてきた。ITER(国際熱核融合実験炉プロジェクト)で、日本の協力、誘致にかかわる小委員会のメンバーを務めた。原子力の可能性については肯定しているが、これまでの日本の電力業界、エネルギー行政の閉鎖性については批判をしている。(個人ホームページ)
(以下本文)
東北電力女川原発のサバイバルに注目を
福島第一原子力発電所の災害が起きて、日本は将来の原子力エネルギーの役割について再考を迫られている。ところがなぜか、その近くにある女川(おながわ)原発(宮城県)が深刻な事故を起こさなかったことついては、あまり目が向けられていない。2011年3月11日の地震と津波の際に女川で何が起こらなかったのかは、福島で何が起こったかより以上に、重要だ。
海に面している女川原発は、東北海岸沖の震源地にかなり近かった。福島の180kmに対し、130kmである。地震と津波による破壊は、女川地域の方がはるかにひどかった。女川近辺の町と石巻市では4800人の死者行方不明者が出ている。だが、そこの原発と、その3基の原子炉は、実質的な損傷はなく生き延びることができた。それどころか、付近の村から災害を逃れてきた人々の避難の場所にさえなったのである。
女川のサバイバルは、基本的な良識の力による。そこでは、予想しうる最悪の津波に備えて、14.7メートルの海岸防壁が建てられていた。建築の基礎部分は頑強で、地震による1メートルの地盤沈下にも耐えた。地震後に訪れたIAEA調査団も、構造的損傷が見られないことに目を見張った。いくつかの電源の中には、全ての原子炉に冷却・停止用水を注入するのに支障のない程度に生き延びたものもあった。どういうわけか、地元仙台に本拠をおく東北電力株式会社が管轄するこの発電所は、エリート的東京電力が管轄する福島第一原発より見事に、災害を生き延びた。
東電は危険をなぜ認識しなかったのか
東京電力の欠陥は、3.11災害に関するいくつかの報告書ですでに指摘されている。特に、今回の事故の4年前に出された津波の危険性に対する警告を恣意的に退けたことは、その最たるものだ。地震による損傷説を唱える声もある。けれども、女川原発も同じ地震を経験し、生き延びたのだ。福島第二原発も同様だ。日本のエンジニアは、今では十分に耐震性のある原発をつくる技術を持っている。
津波の危険性への警告を跳ね返す東京電力の力の元は、官僚的自己満足と、天下りなどによる腐敗から来ているが、これは日本の大企業や政府機関の大半を蝕んでいると思われ、特に東京に本部を置く場合に顕著のようだ。ここ数年、東京電力の副社長の数人は原子力の知識に乏しい、中央省庁からの天下りだ。
女川の健在ぶりを調査したメディアの報道によると、これは元東北電力副社長の故平井弥之助の功績によるところが大きい。平井は、過去の津波記録を調査し、当初計画より高い海岸防壁を立てることを主張し、それを貫いた。それ以前には、彼は地盤の柔らかい土地の上に建てられた新潟火力発電所を、ケーソン基礎の上に建てることを主張し、1964年の新潟大地震による破壊から救っている。
官僚的規制だけでは安全は補償されない
平井の元部下はインタビューの中で、彼を、責任感が強く、官僚的規制だけでは安全は保証されない可能性をよく知っていた人という。彼は、岩手県の小さな漁村普代村の元村長故和村幸得を思わせる。和村幸得は、過去の津波の被害を記憶していて、官僚的な陣営や、支出削減を迫る反対派と戦い、15.5mの海岸堤防と津波防壁を立てた。その結果普代だけは、近辺の漁港を全て破壊した津波災害を生き残った。
一方、東京電力では何が起こっていたか。東北沿岸は数世紀にわたり、さらに近年でも、甚大な津波被害の記録があったにもかかわらず、福島第一原発は、海岸線の海抜レべルに近く僅か5.7mの海岸堤防に守られたところに置かれた。東京電力はそうすることでコスト削減を図った、と関係者エンジニアは打ち明けている。
平井は、原発の建設は、電力会社だけに任せておいてはいけないと指摘していた。彼らは必然的にコスト削減を図り、安全を犠牲にする。今日人々は、規制を強め、政府の監督を強化することを求めている。しかしこれで事態は改善しないだろう。日本の集団主義的社会では、取り締まる側が取り締まるべき対象側と馴れ合いになるのは避けがたい。
緊密な排他的な関係が生じ、外部の批判に耳を貸さず、超然とした存在になる。その上、平井も指摘しているが、取り締まる側は、不慮の事故を想定するより、ルール遵守にこだわってしまうのだ。
安全対策をどのように進めるべきか
仮に日本が原子力を排除しないと決めた場合、― そしてそうする理由は強いが― 非常にうまく行っているフランス電力公社の原子力部門の例を学ぶべきだろう。スタッフの選定、訓練などの点だ。
たしかに、フランス電力は、教育の高い円熟したエリート集団という特徴を持つ。そしてそれに加えて同社の成功のカギは、その自治性だ。彼らが持つ高い社会的地位は、バランスシートや官僚的な力によるものではなく、フランスの電力必要量の75%を安全に提供している実績から来るものだ。フランスはその電力を、原子力エネルギーを排除しているイタリアやドイツに提供することさえ可能になっている。
原子力エネルギーを排除することは、フランスや中国のような原子力エネルギーを推進する国々が享受する、その関連分野の技術的進歩や安全をめぐる進歩のチャンスの一部を手にすることができないことを意味する。
そればかりではない。科学者たちは、水素核融合プラントは将来安全な電源であるという点で一致している。世界初の水素核融合実験炉プラントの設置場所を決めるために設けられた国際核融合実験炉(ITER)の委員会で、日本はすでにフランスに敗北を喫している。
そしていま、福島災害事故の後、日本の民主党政権のいくつかの諮問委員会は、海外プロジェクト融資を全面ストップすべきだと政府に求めている。現在の日本の原子力アレルギーは理解できる。とはいえ、核融合エネルギー競争の戦列から脱落することがほんとうに必要か、検討の余地がある。
(2012年12月17日掲載)

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