海外の論調から「安全のためにいくつ核兵器が必要なのか」 — 米紙ワシントンポスト掲載コラム
核兵器の現代化を進める米国
「米国は野心的な核兵器の現代化(modernization)を何兆ドルもかけて進めようとしている。これは意味があることなのだろうか」。
米国の安全保障政策のジャーナリストであるウォルター・ピンカス氏(Walter Pincus)米国の核政策に疑問を投げかけるコラムを米紙ワシントンポスト紙上で12月17日に掲載した。「How many nukes does it take to be safe?(安全のためにいくつ核兵器が必要なのか)」
コラムでは、コネティカット州の小学校で起こった銃乱射事件の悲劇を悲しむ一方で、「事件に使われた半自動ライフルより、はるかに破壊的な核兵器を、真剣に公の議論をすることなく、何兆ドルもの費用をかけて、現政権は更新しようとしている」と批判した。
コラムによると米国は、今後50年間使う新型戦略原子力潜水艦、爆撃機、大陸間弾道ミサイルといったコストがかかる核兵器システムの現代化を野心的に進めようとしている。例えば海軍は現在就航中の14隻のオハイオ級戦略原潜を12隻の新型艦に置き換えようとしている。米連邦議会調査局は12月に公開した報告で、海軍が一隻当たりの調達コスト49億ドル(約4000億円)の目標内にとどめることができるのか、また、それぞれの潜水艦が16または20のミサイルを搭載すべきなのか、疑問を示した。
潜水艦に搭載されるミサイルICBM(大陸間弾道弾)にはそれぞれに少なくとも4−5発の核弾頭があるが、その弾頭1発が広島のほとんどを破壊した原爆の8倍から20倍の破壊力を持つ。ちなみに米国の1946年の調査では、広島の原爆投下で大半が非戦闘員であった4万5000人が瞬時に死亡。そして4ヶ月の間に1万9000人が亡くなった。
「しかしながら、誰が敵なのか、その敵を阻止するためにはいくつ潜水艦が必要なのか?などのもっと基本的な問いであるべきではないだろうか」「歴史が参考になるとすれば、アメリカやその他の核装備国が核兵器の改新を進めるほど、その他の国がより核武装を進めたくなるだけである」と、コラムは指摘した。
米軍の核兵器システムの更新に8兆円もの経費
コラムの引用した資料によれば、米軍の核兵器システムを交換するのに、1000億ドル(8兆円)以上の費用、次の10年それを運用するのに3000億ドル(24兆円)の費用が必要になるという。そのために、合理的で長い視野に立った核政策の検証が必要だと訴えている。
米軍は冷戦後の「現代化」によって10年後には、核弾頭が一つの地上配備ICBMを400基、核弾頭を3−4個持つ潜水艦発射弾道ミサイルを240基、60の戦略爆撃機、そのほかに1600基もの備蓄弾頭や爆弾を配備することとなるかもしれない。しかし「今後50年、この規模の核兵器保有が必要か」という疑問をコラムは示した。
オバマ大統領は、2009年のノーベル平和賞受賞のきっかけになった同年のプラハでの演説で、「冷戦の思考を終わりにしよう。…そして私たちは国家安全保障政策における核兵器の役割を減らし、他国にもそれを呼びかける」と述べた。コラムは「この発言の約束を近く軍に提示される新しい大統領政策指令にどのように実行するか注目しようではないか」と呼びかけている。
日本の原発の将来とつながる米国の核
米国の核政策は日本の原発の将来にも影響している。日本の民主党政権が9月に掲げた「原発ゼロ」の方針は、同盟国である米国からの強い懸念が伝えられたことを一因に閣議決定と政策化が見送られたとされる。
原発を保有する日本の各電力会社は使用済核燃料の中に含まれ、核兵器の原料になり得るプルトニウムを現在44トン保有している。日本政府はこのプルトニウムを、再処理して原子力発電の燃料として使い、減らしていく政策を取っている。その手段となるのが、日本原燃の六ヶ所村再処理工場であり、MOX燃料の原発への使用、日本原子力研究開発機構の運営する高速増殖炉「もんじゅ」であった。
米国は他国への核兵器の拡散を抑える政策を行っており、民主党政権への懸念は「プルトニウムの処理をどうするか」というものだったとされている。原発ゼロ政策を主導した古川元久国家戦略担当大臣(当時)はこの論点についてまったく知識がなかったようだ。私たち日本人は原発の将来を考える際に、この核燃料サイクルとプルトニウムの処理をどうするかについて、見解をまとめる必要がある。
ところが、このコラムによれば、米国の核兵器政策も、その効果と費用を考えない、いい加減なところがあるようだ。ただし、米国は巨額の費用を使っても同国の持つ核戦力の圧倒的な優位性を維持する意思を強く持っている。米国の核兵器政策の動きも配慮しながら、日本は原発と核廃棄物、そしてエネルギー問題について考えていかなければならないだろう。
(アゴラ研究所フェロー ジャーナリスト 石井孝明)
(2012年12月25日掲載)

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