原子力への恐怖は正しいのか?ー 映画「パンドラの約束」
映画サイトパンドラの約束(Pandora’s Promise)
福島から原子力を考える思索に満ちた映画
「原発事故に直面した福島のガンの増加の可能性は、仮にあるとして、0.0002%—0.0000の間。それなのに人々は避難を強制され、毎日表示されるガイガーカウンターの数値に囲まれ生活している」。ナレーションの後に原発と、福島の人々の姿、そして除染の光景が示される。これは必要なことなのだろうか
これはロバート・ストーン監督のドキュメンタリー映画『パンドラの約束』の冒頭部分だ。1月に開催されたアメリカの映画祭サンダンス映画祭で注目を集めた。
この映画は、福島原発事故の対応に疑問を示した後で、かつて原子力について反対活動を続けた、ジャーナリスト、科学者がその考えを改めて、原子力の推進、普及に考えを変えた経緯、そして原子力が必要なことを示す統計を紹介していく。監督によれば、「心変わりした人々の目を通して」問題を語らせたかったという。
ストーン監督は、かつてはエネルギー、兵器の双方で、原子力の利用に反対していた。ところが、AFP(フランス通信)の取材記事などによれば、今ではエネルギー利用では考えを変え、原子力を推進させる考えになっているという。
反核の映画監督の転向の道筋
サイトや取材記事によれば、ストーン監督の主張のポイントは次の通りだ。
第一に、多くの環境保護活動には、人類は滅びる運命にかのような諦観論、終末論があるようにストーン監督は感じている。「そういう考えはしたくない。未来を語りたい」ということでこの映画をつくった。そして、エネルギーの可能性を調べる中で、原子力の推進の考えにたどり着いたという。「パンドラの約束」というタイトルも、世の中の悪徳が詰まったパンドラの箱が開いた後に、最後に希望だけが残ったギリシャ神話にちなんで名付けられた。
第二にエネルギーの誤解を打ち破る必要があるという。「エネルギー消費を減らしながら、力強い経済成長を達成する」といった環境保護運動が支持する考えは成り立たない。「世界の人口は増えていく一方で、貧困から世界の人々を引き上げる道徳的責任もある。そうするためにはもっとエネルギーが必要だ。『風力と太陽光で世界のエネルギーをまかなおう』という幻想はなくさなければならない」。
そのためには原子力エネルギーの利用が最も効果的と、ストーン監督は主張する。放射能についても、事実に反する恐怖のみが先行している。原子力発電による汚染、環境破壊は他のエネルギーに比べで過度に悪いものではなく「最良のクリーンエネルギー」とまで、ストーン監督は言い切る。未来に安い大量のエネルギー供給を実現する唯一の方法は「19世紀に逆戻りすることではなく、われわれが持っている最良の技術を使うことだ」と語った。
第三に、人類は地球温暖化問題に直面している。「温室効果ガスの排出制限で全世界的な合意は得られないのではないか。非常に簡素で効果的な、先進的な原子炉を設計することで未来は拓けると思う」という。
第四に、原子力への恐怖を一つひとつ検証する事が必要と訴えている。ただし、映画は放射線障害などの原子力利用の暗部にも触れられている。
先入観から解放された原子力の検討が必要
原子力については多様な意見がある。誰もが最初は嫌悪感と再生可能エネルギーに注目する。特に広島と長崎の経験、そして2011年の福島第一原発事故に直面した日本では、なおさらその傾向が強い。
しかし化石燃料を使わず、大量に発電できる手段は、現在は原子力のみだろう。実際のところ米英では、地球温暖化問題への関心の高まりの中で、原子力への再評価が福島原発事故まで広がっていた。一方で原子力は、シェールガスという安い化石燃料の登場によって、その採算性の優位が揺らぐ可能性にも直面している。
私たちは先入観から離れ、公平な視点で、エネルギー源の選択を行う必要がある。
アゴラ研究所フェロー ジャーナリスト 石井孝明
(2013年1月28日掲載)

関連記事
-
日独エネルギー転換協議会(GJTEC)は日独の研究機関、シンクタンク、研究者が参加し、エネルギー転換に向けた政策フレームワーク、市場、インフラ、技術について意見交換を行うことを目的とするものであり、筆者も協議会メンバーの
-
はじめに 台湾政府は2017年1月、脱原発のために電気事業法に脱原発を規定する条項を盛り込んだ。 しかし、それに反発した原発推進を目指す若者が立ち上がって国民投票実施に持ち込み、2018年11月18日その国民投票に勝って
-
原発の停止により、化石燃料の使用増加で日本の温室効果ガスの削減とエネルギーコストの増加が起こっていることを指摘。再生可能エネルギーの急増の可能性も少なくエネルギー源として「原子力の維持を排除すべきではない」と見解を示す。翻訳は以下の通り。
-
米最高裁、発電所温暖化ガス排出の米政府規制制限 6月30日、米連邦最高裁は、「発電所の温暖化ガス排出について連邦政府による規制を制限する」判断を示した。 南部ウェストバージニア州など共和党の支持者が多い州の司
-
アメリカは現実路線で石炭火力シフト、日本は脳天気に再エネ重視 アメリカの研究機関、IER(エネルギー調査研究所)の記事「石炭はエネルギー需要を満たすには重要である」によると、「ドイツでは5兆ドル(750兆円)を費やし、電
-
脱炭素社会の実現に向けた新法、GX推進法注1)が5月12日に成立した。そこでは脱炭素に向けて今後10年間で20兆円に上るGX移行債を発行し、それを原資にGX(グリーントランスフォーメーション)に向けた研究開発や様々な施策
-
本年1月17日、ドイツ西部での炭鉱拡張工事に対する環境活動家の抗議行動にスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリが参加し、警察に一時身柄を拘束されたということがニュースになった。 ロシアからの天然ガスに大きく依存して
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間