原子力規制委員会の見識を疑う — 民意で安全を決めるのか?
事後的に審査要件を一般募集
原子力規制委員会により昨年7月に制定された「新規制基準」に対する適合性審査が、先行する4社6原発についてようやく大詰めを迎えている。残されている大きな問題は地震と津波への適合性審査であり、夏までに原子力規制庁での審査が終わる見通しが出てきた。報道によれば、九州電力川内原発(鹿児島県)が優先審査の対象となっている。
規制庁内審査が終わると、それぞれの原発ごとに審査結果をまとめた「審査書案」が作られ、それを原子力規制委員会が承認し、審査書となった後、設置変更許可が出されることになる。昨年の内に第1号の審査が終了すると見込まれていたので、現時点でかなり遅れている。
ところが、2月12日の定例の原子力規制委員会の定例の委員会会合において田中規制委員長から唐突に、「第1号の審査書案ができた時点でそれに対する科学的・技術的意見を一般から募集したらどうか」との提案がなされた。(同日の会議議事録)
また、併せて「自治体からの要望が有れば公聴会も考えたいので、2月19日の定例委員会に具体案を出すように」と規制庁事務当局に指示が出された。
そして19日の委員会において、審査書案ができた段階で4週間程度の公募期間の設定と、要望に応じて公聴会を開くことが大した議論もなく了承された。(同日の会議議事録)
審査の混乱が重なる懸念
適合性判断に広く国民の科学的・技術的意見を入れようというのである。妥当と思われる意見があれば、審査書案を書き直すという。土台無理である。
適合性に係る会合は既に83回を数えており、時には1回の会合で10時間を超えている。このような議論に参加してこない人に科学的・技術的判断ができるとは考えられない。また、公聴会に関しては、規制委員の原子力災害対策指針が対象とするのは30キロメートル圏以内の自治体であり、多くの自治体から要望が出ることが予想される。
さらに、公平を期すためには、第2号審査書案以下に対しても同じことを企画する必要があり、6原発全部で240日を要することになる。第1号の審査書案だけに留めるのであれば、それに対する正当な理由付けが必要になる。
新規制基準を作るに当たっては1カ月間の意見公募を行っており、一般国民の意見はその中に反映されている。規制委員会委員は国民の代表たる国会の承認を得て委員に就任しており、粛々と新規制基準への適合性審査を終了させる義務と責任を負っている。
ただでさえ審査が長引き、再稼働が遅れ年間4兆円に近い外貨が余分に流出している現状では、一刻も早い真摯な審査が求められる。無為なプロセスを導入することで再稼働を遅らせるべきでない。この点についても、経済がどうなろうと関知せずという発言を繰り返す委員長の見識を疑う。
なお、審査書案は最終的に規制委員会の審議を経なければならない。専門性において規制委員会では全てをカバーすることはできない。それを補完するために、法律で設置を義務付けられている原子炉安全専門審査会(炉安審)の検討結果を規制委員会が見て判断する必要がある。炉安審は未だにメンバーも決まっていない。早急に決めるべきである。
(2014年3月17日)
関連記事
-
前回、環境白書の示すデータでは、豪雨が増えているとは言えない、述べたところ、いくつかコメントがあり、データや論文も寄せられた(心より感謝します)。 その中で、「気温が上昇するほど飽和水蒸気量が増加し、そのために降水量が増
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
マンハッタン研究所のマーク・ミルズが「すべての人に電気自動車を? 不可能な夢」というタイトル(原題:Electric Vehicles for Everyone? The Impossible Dream)を発表した。い
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告を見ると、産業革命前(1850年より前)は、
-
アゴラ研究所の運営するGEPRはサイトを更新しました。
-
原子力発電の先行きについて、コストが問題になっています。その資金を供給する金融界に、原発に反対する市民グループが意見を表明するようになっています。国際環境NGOのA SEED JAPANで活動する土谷和之さんに「原発への投融資をどう考えるか?--市民から金融機関への働きかけ」を寄稿いただきました。反原発運動というと、過激さなどが注目されがちです。しかし冷静な市民運動は、原発をめぐる議論の深化へ役立つかもしれません。
-
2022年にノーベル物理学賞を受賞したジョン・F・クラウザー博士が、「気候危機」を否定したことで話題になっている。 騒ぎの発端となったのは韓国で行われた短い講演だが、あまりビュー数は多くない。改めて見てみると、とても良い
-
4月15日、イーロン・マスク氏のインタビューのビデオが、『Die Welt』紙のオンライン版に上がった。 インタビュアーは、独メディア・コンツェルン「アクセル・スプリンガーSE」のCEO、マティアス・デップフナー氏。この
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間